重なる心と身体 2






イルカと付き合い始めて二ヶ月弱。
カカシはもうここまで待ったのだから、後少し待つくらいなら何とかなる。
だけど。

『まだ、かな・・・』

イルカはそうでもないようで。
卓袱台の側に座り、お気に入りのテレビ番組を見ているはずのイルカが、壁の側に座り、壁に凭れて愛読書を読むカカシをちらと伺いながらそんな事を考えている。
愛読書に集中している時は『声』が聞こえないと前にイルカに言った事があるから、今のカカシには心の『声』が聞こえていないと思っているのか、イルカが先ほどからまだかまだかと考えながら、カカシをちらちら見ているのだ。
(堪らない・・・)
演習場からイルカの家へ一緒に帰ってきた時から、イルカは既に期待し始めていた。
カカシが泊まると言ってからは特に。
夕飯を食べている時だって、風呂に入っている時だって。

『今日、するんだよな』
『体、綺麗に洗っておこう』
『少しだけ怖いな』

そんな事を考えているイルカに、カカシも煽られてばかりだ。
泊まると言ってイルカに期待させたのはカカシだが、まだ早い時間だし、イルカの楽しみにしている番組もあるからと、本を読み始めた時のカカシにイルカを焦らすつもりは全くなかった。
なかったのだが、夜が更けていくにつれ、どんどんイルカが焦れていくのが分かって。
イルカのカカシを求める『声』に、先ほどから堪らなく煽られている。
でも。
(もう少しだけ)
もう少しだけ待ってみてもいいだろうか。
イルカのカカシを見る瞳に、艶やかな色が含まれ始めている。
本を読むカカシを見て、はぁと小さく吐息を零すイルカが艶かしい。
もう少しだけ、イルカのカカシを求める『声』を聞いていたい。
それに。

『何か・・・、あつい・・・』

イルカの身体がどんどん火照り始めているのが、イルカの戸惑ったその『声』からも、微かに身じろぐ仕草からも分かって。
もう少しだけ。イルカにはもう少しだけ我慢してもらって。
(・・・我慢できなくなったらたくさん抱いてあげる)
イルカが焦れながらどんどん熟れていくのを、カカシは澄ました顔で本を読むフリをして、その内心では獣のように舌なめずりをしながら待った。


しばらくして。
卓袱台の側でお茶を飲みながらテレビを見ていたイルカが、湯飲みをそっと置いてゆっくりと立ち上がった。まだイルカのお気に入りの番組は続いているのに消してしまう。
壁に凭れて本を読んでいるカカシに近づき、その側にイルカもペタンと座る。
そうして、風呂上りで髪を下ろしている頭をカカシの肩にコツンと当てて。
きゅっとカカシの浴衣を摘んできた。
「・・・ん?どうしたの・・・?」
本から視線を外さず、肩の辺りにあるイルカの髪をヨシヨシと撫でてやりながらそう訊ねる。イルカの気持ちは痛いほどに分かっているくせに。
「あの・・・」

『カカシ先生・・・』

イルカの何かを言いたげなその二種類の声に、ようやくカカシが視線を本から外しイルカへと向けると。
すっかり潤みきった黒い瞳が、今にも泣きそうになりながら見つめてきて、カカシは意地悪しすぎたかと内心苦笑した。
「テレビ、見ないの?」
ちらと消されたテレビに視線を向けてイルカにそう聞くと。
イルカはふるふると首を振って、再びきゅっとカカシの浴衣を掴んできた。
もう自分ではどうしようもない所まで欲情しているのだろう。
イルカのうっすらと桜色に染まった頬が、カカシの欲をも煽り立てる。
だが。
カカシを切なそうな表情でじっと見つめてくるイルカを、ただ見つめ返す。ん?と小首を傾げても見せる。
分かっているくせに。

『・・・っ。・・・なんて言えば・・・っ』

見つめるカカシから視線を逸らしたイルカから聞こえてくる、困ったようなその『声』に、カカシはつい苦笑してしまった。
求める言葉を言ってくれるかと思って少し期待していたのだが、やはりイルカには言えないようだ。
(ここまで、かな)
あまり意地悪をしても可哀想だ。
「・・・欲しくなっちゃった?」
きゅっと眉を寄せて、本当に泣きそうになるくらい困っているイルカに代わって、カカシがイルカの心を代弁してあげる。
「身体が凄く熱くなってて欲情してる。・・・オレに触って欲しくて仕方がない?」
イルカから聞こえてくる『声』を、わざと口にすると。
肌という肌を真っ赤にさせたイルカが、それでも小さくこくんと頷いた。
カカシに隠し事は出来ないと知っているイルカは、カカシに言われた事が本当ならば、それがどれほど恥ずかしい内容であってもこうやって正直に頷いてみせる。
(かわいい)
そんなイルカがとても可愛いと思う。
カカシに自分の心を隠そうともしない素直なイルカが、とても愛おしいと思う。
手に持っていた用の無くなった本をパタンと閉じ、恥ずかしがりながら見つめてくるイルカに微かに笑みを返して。
「おいで。・・・たくさん抱いてあげる」
そう言って片手をイルカに差し出した。
ゆっくりとした動きで、イルカの少し震える手がカカシの掌に乗せられる。
(あぁ、やっと・・・)
やっとイルカを自分のものに出来る喜びで、カカシの顔が緩む。
だが、今のカカシの顔は笑顔といわれるものでは恐らくないのだろう。
きっと、卑猥に歪んでしまっている。
でも。
「カカシ、先生・・・」
イルカのカカシを欲する『声』が、その顔を見てさらに増す。手を繋いでいるだけでも、カカシに見つめられるだけでも感じるらしく、きゅっと眉を顰める。
そんなイルカの手を繋いだまま立ち上がり、イルカも立ち上がらせると。
カカシは、思う存分イルカを愛せる寝室へと足を向けた。