重なる心と身体 5 澄みきった青空が頭上に広がっている。 寄り添いながら小高い丘の頂上を目指す二人の背を、傾きかけた午後の太陽が暖かく照らす。 空気はひんやりと冷たいが背中がポカポカと温かいし、何より、こんなにすっきりと晴れてくれてよかった。 きっと、昨日カカシが見たよりも綺麗な景色が見れるだろう。 徐々に見え始める里の景色に、隣を歩くイルカがうずうずとしているのが分かる。 「走ったらダメだよ」 カカシのその言葉に、ぷぅと頬を膨らませて不満そうな顔を見せるイルカが可愛い。 『早く見たいのに・・・』 「景色は逃げません。それに、走ったりしたらまた転んじゃう」 まだ、腰がつらいんでしょ? イルカのその『声』に、カカシがイルカの腰を支えている手で、ポンポンとそこを軽く叩きながらそう返すと。 途端にイルカが「うっ」と詰まって真っ赤になった。 『さっきも、何もないところで転んだんだった・・・っ』 それに一つ苦笑して。 「ほら、もう見えてきた」 カカシが視線で促すと、それにつられるように視線を前に戻したイルカが、ほぅと感嘆の溜息を零した。 「凄く綺麗・・・」 二人揃って頂上に立ち、里を見渡す。 朱や橙、黄色に染まる里は、今日は空気が澄んでいる事もあって一段と綺麗だ。 凄い凄いと、心の中でだけ子供のようにはしゃいでいるイルカに笑みを浮かべる。 (これだけ喜んでくれてるし、連れてきて正解だったかな・・・) 本当は今日は止めておこうと思っていたし、実際、イルカにもまた今度と言ったのだ。 昨夜、際限なくイルカを求め、今日、イルカにアカデミーを休ませてしまった身としては、遠出させるわけにはいかなかったから。 だが。 イルカは、カカシの休みが今度はいつになるか分からないし、そんなに綺麗なら絶対に見に行きたいと言って聞かなかった。 声でも『声』でも、何度も懇願するイルカに絆され、午後になって少しは歩けるようになったイルカを、カカシが支えるようにしてここまでやってきたのだが。 これだけ喜んで貰えると、来て良かったと思う。 「・・・これから毎年、見に来ましょうね。二人で」 そう言ったイルカが、カカシのベストの背をきゅっと掴んでくる。そっと隣のカカシを伺ってくる。そして。 『ずっと一緒にいてくれますか・・・?』 そう『声』で訊ねてくる。 (それって・・・) まるでプロポーズのようだと、カカシは思った。 イルカから言われたその言葉が、幸せ過ぎて、泣きそうになるくらいに嬉しい。 「・・・ずっと?」 口元に笑みを浮かべてはいるが、眉尻が下がってしまいそうになりながらそう訊ね返すカカシに、イルカがきゅっと不安そうに眉を顰める。 「前に約束したじゃないですか。足が完治したら、一緒に住んでくれるって。俺、もう合鍵も作っちゃってるんですよ?」 ほら、とイルカがポケットから鍵を取り出し、カカシへと差し出してくる。 そんなイルカを、カカシは鍵を受け取る前に抱き締めてしまった。 嬉しかった。 これからずっと共に歩むのだと、イルカが言ってくれた。 考える時間なんてたくさんあったのに、それでもカカシを選んでくれた。 心だけじゃなく身体も、そして。 (未来さえも・・・) これからの人生もカカシと共にいてくれるというイルカが、愛おしくて仕方が無い。 「カカシ、先生?」 きつく抱き寄せるカカシに、イルカが『苦しいです』と訴えてくる。 けれど、カカシはイルカを抱き込む腕を緩める事が出来なかった。 「・・・イルカ先生」 イルカの耳元で、愛しいその名前を呼ぶ。 「今日から一緒に住んでもいい?」 カカシのその言葉に、イルカが「はいっ」と頷き、何度も『嬉しい』と思ってくれる。 (あぁ・・・) この能力のせいで愛する人から愛されなくなったカカシは、人を愛すことを止めた。 けれど、この能力があってもカカシを愛してくれる人を見つけてしまった。この能力ごと愛してくれる人を。 イルカの全てを手に入れた今なら言える。 イルカの心変わりが怖くて、今まで、眠っているイルカにしか言えなかった言葉。 「愛してる・・・」 腕の中のイルカが、カカシのその言葉を聞いた途端、『うわ、嬉しすぎて泣きそう・・・っ』と伝えてくる。 「愛してるよ、イルカ先生」 愛しさを込めて再度そう告げて。 きつく抱き締めていたイルカの体をそっと離してその漆黒の瞳を覗き込むと、既にポロポロと大粒の涙を零すイルカがいて、苦笑してしまった。 「嬉しい、です・・・っ」 愛してると初めて言ってくれた。 一緒に住むと言ってくれた。 泣きながら何度も何度も『嬉しい』を繰り返すイルカに、イルカの涙を指で拭っていたカカシも泣きそうになってしまう。 イルカを想う気持ちでいっぱいで、胸が苦しくなってくる。 「そんなに泣かないで、イルカ先生。嬉しすぎてオレまで泣いてしまいそう」 口布を下ろしてイルカの唇にそっとキスをする。 「・・・っ」 驚いたイルカの涙がピタリと止まったのを見て、笑みを浮かべて。 もう一度、今度はゆっくりと唇を合わせる。 「ん・・・っ」 少しだけ口付けを深くして。 『カカシ先生っ、俺も・・・っ。俺も愛してます・・・っ』 聞こえてくるイルカのそんな『声』を聞きながら、カカシはその身体をきつく抱き寄せた。 鍵を握っているイルカの手を、鍵ごとしっかりと握り締める。 (ありがとう・・・) イルカという愛しい存在を、カカシに与えてくれた事に感謝しよう。 これからの人生を、イルカと共に歩める事に感謝を。 そして。 カカシを愛してくれるイルカに、最大級の感謝を。 |
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