2008年カカ誕企画
心が聞こえる 1






心の中で何を考えているのか。
そんな事、誰だって知られたくない。

『聞かないで・・・っ』

当たり前だ。
(オレだって・・・)
知りたくない。
あなたが今、何を考えているのかなんて。
―――知りたく、ない。


カカシは他人の考えている事が『聞こえる』という自分の特殊な能力を、この時程捨てたいと強く思った事はなかった。







春の暖かい光が木々の合間から差し込む細い道。
普段は静かなその道に、ぎゃんぎゃんわめく声が響き渡る。
それを耳に集めたチャクラで極限まで聞こえないようにして、片手に持った本をおざなりに読んでいたカカシは、前を歩く子供たちに気づかれないよう小さく溜息をついた。
子供たちの中で唯一の女の子であるサクラがついにキレたのが、その『声』で分かったからだ。
耳のチャクラを開放すると、途端にサクラの声が聞こえてくる。
「いい加減にしなさいよ、ナルト!」
人通りの少ない道だから、サクラも遠慮無しに大声でナルトを怒鳴りつける。
(確かに、気持ちは分かるけどね・・・)
集合場所からここまで結構な距離があるのに、だ。
延々と、サスケをライバル視するナルトの声を聞かされていれば、サスケ命のサクラとしてはこのあたりが我慢の限界だろう。むしろ、今日はよくもった。

『サスケくんにあんたが張り合おうなんて百年早いんじゃあっ!しゃーっんなろーっ!』

でも、女の子なのにそんな言葉遣いはどうかとカカシは思う。サクラの心の『声』はいつも叫んでいて、それはそれで楽しいのだが。
「でもさ、でもさ!?サクラちゃん!こいつってばおれの事、またウスラトンカチって言った・・・ってば・・・よ・・・?」
サクラに向かって大声で言い訳をしていたナルトの語尾が、サクラの顔とぐぐぐぐと握られた拳を見てだんだんと小さくなっていく。

『サクラちゃん、めちゃくちゃ怖いってばよ・・・』

サクラを怒らせているのはナルトなのに、そんな事を考えているのには呆れたが、愛らしい顔が台無しになるほど目を吊り上げたサクラを見て、カカシもナルトに同意する。
「・・・フン。ウスラトンカチが」
やめておけばいいのに、そんな二人を一人冷めた目で見ていたサスケが、ナルトを再び煩くさせるような事をぼそりと呟く。

『本当の事を言って何が悪い』

少しは言葉を選べばナルトだって噛み付かないのに、わざとなのかなんなのか。
案の定、「なんだとーッ!?」と再び騒ぎ始めたナルトと、「やるのか?」と応戦しようとしたサスケの間に、大きく溜息をつきながら入ったカカシは、「はい、そこまでー」とストップをかけた。
「おまえら、これ以上喧嘩するなら今日の任務は中止にするぞー?」
「「「!!」」」

『それは嫌よ!サスケくんと一緒にいられなくなる!』
『それは嫌だ!今日こそはサスケのヤツにギャフンと言わせてやるんだってばよ!』
『それは困る。任務は修行の一環だからな』

カカシの言葉に、ぐっと黙り込んだ三人が三人とも。動機はどうあれ任務をやりたいと思っているのが分かり、カカシは口布の下でこっそりと笑みを浮かべた。
いつも喧嘩ばかりでチームワークなんて全くないと思える子供たちが、こういう所ではしっかりそれを発揮している。
それにだ。喧嘩はしても、それぞれが互いの事を認めて信頼している。その事は、普段の『声』でよく分かっている。
その成長は目を見張るものがあって、実戦でも、いざとなれば抜群のチームワークを発揮できるだろう。
(・・・楽しみだ)
初めて上忍師として受け持った子供たちの成長が、こんなにも楽しみになるとは思ってもいなかった。
さらに成長させる為にも、この子供たちには修行の一環である任務をより多く受けさせなければならない。
ぴたりと喧嘩を止めた可愛い子供たちに向かってニッコリと笑みを浮かべる。
「・・・よーし。じゃあさっさと今日の任務依頼書を貰いに受付所へ行きますか」
カカシがそう言うと、子供たちは一人を除いて揃って元気の良い返事をした。



『あれが写輪眼のカカシ・・・』
『写輪眼のカカシを捉まえれば、将来は安泰よねぇ』
『この前のSランク任務、殆どあいつ一人で片付けたって・・・凄すぎて怖えよ・・・』
『今度飲みに誘ってみようかしら』

人通りの多い大通りに出ると、すれ違う人たちがそんな『声』をカカシへと向けてくる。
(煩わしいねぇ・・・)
暗部に所属し、戦忍として戦地を転々としていたカカシが、三代目火影に上忍師となるよう呼び戻されてから数ヶ月。カカシは毎日こんな『声』を聞かされ続けている。
それらは大抵、カカシを畏怖するものや媚するものだ。
戦地にいた頃は殆ど聞こえてこなかった『声』は、里内ではまるで滝の側にでもいるようにゴオゴオと鳴り響いてカカシへと押し寄せて来ている。
『声』に対する防音手段である愛読書がなければ、きっと耐えられなかっただろう。
久しぶりの里での生活は、カカシが思っていた以上に居心地の悪いものだった。
それに。

『九尾だ・・・』
『あんなに笑って・・・。狐子のくせに』
『うちはの生き残りがあれか・・・』
『あんな平凡な子が忍になんて』

どこからか聞こえてきたそれらの『声』に、カカシは一瞬だけ眉間に皺を寄せた。
里の人間は、カカシだけではなく子供たちにも嫌な『声』を向けてくる。
自分の事だけならまだ耐えられるが、子供たちを貶すような『声』は聞きたくない。
そう思ったカカシが片手に持った本の世界へと意識を集中させようとしたところで、首の後ろで両手を組んだナルトがカカシを見上げてきた。
「なぁなぁ、カカシせんせー」
間延びした声でカカシに声を掛けてくるナルトに、本に視線を向けたまま「んー?」とこちらも間延びした声を返す。すると。
「今日もDランク任務なんかなぁ。いい加減おれが大活躍できるようなすっげえ任務がしたいってばよー」
なんていう、いつもの愚痴がナルトの口から出てきた。

『そして、サクラちゃんにいいところを見せてサスケをギャフンと言わせてやるってばよ!』
『活躍なんて出来ないだろうが、ドベ』
『ホント、ナルトってバカ』

それと殆ど同時に、三人の表情を裏切らない素直な『声』も聞こえてくる。
子供たちの『声』は聞いていて心地いい。
ふとそんな事を思ってしまい、カカシはつい苦笑してしまっていた。