心が聞こえる 2






「イルカ先生!」
受付所へと辿り着いてドアを開けると、真っ先にナルトが走り出した。他の二人もそんなナルトに続く。
向かう先にいるのは、ナルトの声を聞いてカウンター席で笑みを浮かべた男。子供たちの元担任のイルカだ。
カウンターに懐くナルトの頭を立ち上がって撫でていたイルカが、近付いてきたカカシに高く結わえた髪を揺らして頭を下げてくる。
「カカシ先生、お疲れ様です」
「ん。イルカ先生もお疲れ様」
笑みを浮かべてそう返すと、イルカもにっこりと笑い返した。
「今日の任務依頼書です」
そう言ってイルカが任務依頼書を差し出してくる。
カカシがそれを受け取ると、イルカはカウンターに懐いている子供たちに「今日も頑張れよ」と声を掛け始めた。
そんなイルカの様子を依頼書を見るフリをしながら盗み見て、カカシは聞こえてくる『声』に意識を傾けた。

『こいつら相変わらず喧嘩とかしてるのかな。カカシ先生に迷惑かけてないといいけど・・・』

子供たちに向けているその優しげな表情と同じく、心の中でも子供たちの事を気にかけているイルカに笑みが浮かびそうになる。
(ホントにあなたは裏表のない人だ)
普通、人には二面性がある。
表に出す顔と言葉、表には出さない考え。
顔で笑っていても、心の中では嫉妬や侮蔑なんて当たり前だ。他人の考えている事が『声』として聞こえてしまうカカシは、その事をよく知っていた。
忍なんてものを生業にしている人間は、特にその二面性が顕著に現れる。それが仕事だから当然だ。
だが、イルカは違った。
忍のくせに表情と考えている事が一致し過ぎるのだ。
イルカのまるで子供のような素直過ぎるその『声』は、出会ってすぐにカカシのお気に入りになった。
居心地の悪い里内で、子供たちの『声』とイルカの『声』だけがカカシの心に優しく響いていた。





中忍選抜試験を数日後に控えたその日。
カカシは火影の言葉を聞きながら、後ろから向けられるイルカの『声』を聞いていた。

『聞くまでもない。あいつらにはまだ早すぎる』

(・・・ごめんね、イルカ先生)
イルカのそんな『声』を聞いておきながら、カカシは三代目火影に向かって印を組み、自分が受け持っている子供たちを中忍試験に推薦した。
「ちょっと待って下さい!」
背後から聞こえてきたイルカのその声に、やはりなと思う。
イルカが止めに入るだろう事は、その性格から分かっていた。そして、反対する事も。
子供たちを心配するイルカの『声』を聞きながら、それでもカカシは、「早すぎる」というイルカの言葉に反論した。
「ナルトはあなたとは違う!」
激高したイルカの口から出たその言葉に、少しだけ悲しい気持ちが起こるのと同時に、この人はどこまでも子供たちに甘いのだなと思った。
「口出し無用!あいつらはもうあなたの生徒じゃない。今は・・・私の部下です」
厳しい言葉を発したのは気づいて欲しかったからだ。
慈しむ事も大切だが、それだけでは成長しない。時には厳しく突き放す事も大切なんだと。
イルカの口から発せられる声も、そして『声』も。
どちらも、カカシに対する怒りに満ちているのがとても辛いと思えた。


屋根の上でイルカを待ちながら、天に昇る月をぼんやり眺める。
(まだ怒ってるだろうねぇ・・・)
イルカのあの様子では、子供たちを中忍試験に推したカカシを、そう簡単に許すとは思えなかった。今までと同じように接してくれるとは考えられない。
もうイルカのあの素直な『声』は聞けなくなるのだろう。
いつものように笑って会話をしていても、心の中ではカカシに罵倒を浴びせるようにきっとなる。
(・・・そんなイルカ先生、見たくない・・・)
何故か胸がズキズキと痛みだし俯いていると、近づいてくる気配に気付いた。
と同時に、イルカの『声』も聞こえてくる。

『カカシ先生、怒ってるよな・・・きっと・・・』

怒っているのはイルカの方だろうに、そんな事を考えているイルカに驚いた。
もしかしたら、もう怒っていないのかもしれない。
また、あの素直な『声』を聞かせてくれるだろうか。
そんな僅かな期待をしながら、後ろに降り立ったイルカにカカシは振り返らないまま問いかけた。
「どうでした?」
「・・・確実に実力は伸びているようです」
子供たちの成長を認めてくれたイルカに、安堵の溜息が零れそうになる。
(これで少しは分かってくれるといいんだけど・・・)
後は、イルカが今までと同じように素直な『声』を聞かせてくれればと、そう思った時だった。

『中忍試験の事は正直、まだ納得できていない・・・』

聞こえてきたその『声』に内心苦笑した。子供たちの成長が分かったとしても心配は心配なのだろう。教え子たちの事を大切に思うイルカらしいなと思った。

『・・・でも、だからってあんな事言っていいはずない。俺は・・・、この人に酷い事を・・・』

続いて聞こえてきたその『声』に、カカシは急いで背後を振り返っていた。
振り返った先、沈痛な面持ちで佇むイルカがそこにいる。
「イルカ先生・・・?」
酷い事といっても、そんな顔をするほどの事ではない。もっと酷い事を言われた事だって、『声』で言われた事だってある。
それなのに。

『謝りたい』

「・・・すみません。先ほどは失礼な事を言いました」
『声』とほぼ同時にイルカが頭を下げて謝ってきた。
怒るどころか、カカシに酷い事を言ったと悔やんでいるイルカに、カカシはなんて人だと思った。
あんな大勢の人がいる前で言い争いをしたのに。カカシはもうイルカには嫌われただろうと思っていたのに。
(優しい人だね・・・)
カカシだって、感情的にならないようにと思っていたのに、イルカに「違う」と言われた事が余程堪えたのか、厳しく言い過ぎた部分があった。謝りたいのはカカシも同じだ。
「いや。こちらこそ、厳しく言い過ぎました。・・・ゴメンね?」
少し俯いてしまっているイルカを下から覗き込んで謝る。
すると、そんなカカシを見たイルカが目を見張った。

『怒って、ない・・・?』

(怒ってなんかいませんよ)
でも、それをイルカに言う事は出来ないから、カカシはせめてと、ふわりと柔らかな笑みを浮かべてみせた。
気にしないで欲しい。
あれは。あの言い争いは喧嘩などではなく、ただ単に意見の相違だったのだから。
今回の事で、カカシはイルカの素直な『声』を失いたくはないのだ。
そんな、どこか必死な思いを込めてイルカを見つめていたら、イルカもやっと微かに笑みを浮かべてくれた。
「・・・はい」

『・・・良かった・・・』

本当にホッとしたようなイルカの『声』が聞こえてくる。
イルカ同様、内心ホッと溜息を吐きながら同じ事を考えていたカカシは、浮かべていた笑みを深くしていた。