心が聞こえる 番外編 前編






ダメだと分かっている。
イルカは足を怪我していて、入院中なのだ。それなのに。

『好き・・・。凄く好き』

「カカシ先生・・・」
さっきまで泣いていたから、しっとりと潤んだ瞳が見つめてきて。
その闇の色を湛えた瞳に。頬をうっすら桜色に染めたイルカに。
理性がだんだんと追いやられていく。
イルカの『声』がカカシの頭と心に響き渡る。
今まで感じた事の無い高揚感を味あわされている。
(こんなに愛された事が今まで無かったって事だね・・・)
胸が苦しい。息がしづらい。
まるで海の中を漂っているかのよう。
周りの音が篭って、イルカの発する音だけがクリアになっていく。

『カカシ先生、好き・・・』

「そんなにオレの事ばかり考えないで・・・」
そう言って口付けを落とせば、イルカの『声』がまたカカシの事でいっぱいになる。
(あぁ、だから)
そこまで想われた事がないカカシにとっては、イルカの『声』はまるで麻薬だ。
与えられれば与えられるほど、高揚感が増していく。理性が奪われていく。鍛えたつもりの感情や欲情のコントロールが全くきかない。
強く拳を握り、その痛みで理性を手繰り寄せる。
「オレも好きですよ。でも、今は。お願いだからオレの事を考えないで」
それがイルカの為だからと、そう思って言ったのに、きゅっと眉を寄せたイルカが今にも泣きそうな顔をするから。
(・・・ダメだ・・・っ)
あっという間に、理性は彼方へと追いやられてしまった。
イルカの両頬を手で挟み、顔を寄せる。親指で軽く顎を引かせながら、ぴたりと唇を合わせ、少し開いた歯の隙間から舌を忍び込ませた。
「ん・・・っ」
歯列をざらりと舐めてから、奥で隠れていた舌を探り出し絡め取る。強く強く吸い上げる。
衝動のまま、少し乱暴に咥内を掻き回せば、イルカの手がきゅっとベストを掴んできて。
その可愛らしい仕草にも、そして。

『カカシ先生っ、カカシ、先生・・・っ』

イルカの『声』にも、カカシの心は掻き乱される。煽られる。
(少しだけだ)
そう自分にしっかりと言い聞かせて、そして、息を乱してカカシの舌の動きに懸命に応えてくれているイルカにも、約束をしなくては。そうしないと。
―――止まらなくなりそうだ。
「・・・少しだけ、触っても、いい・・・?」
口付けを解いて、囁くようにそう告げるとイルカがかぁと赤くなった。可愛らしいその表情に堪らなくなる。

『うわーっ、カカシ先生の声で囁かれると、何か凄く恥ずかしい・・・っ。って、触るって・・・俺の体・・・?』

「あなた以外に誰がいるの」
カカシの目の前にいるのはイルカしかいないというのに、そんな事を考えるから苦笑が浮かんでしまう。
「でも・・・」
少し困惑したような表情を浮かべたイルカが、視線を逸らす。

『カカシ先生が触りたいって言ってくれるのは凄く嬉しいけど・・・。でも、俺、男だし・・・、女の人とは違うから、触っても・・・』

続いて聞こえてきた『声』に、カカシはすっと表情を消した。
「イルカ先生。それ。また考えるような事があったら許しませんよ?」
どこか怒りを含ませるカカシのその声に、びくっと震えたイルカがおずおずとカカシを伺う。

『嘘・・・怒らせた・・・?』

こちらを伺うその表情と、カカシが怒るのを怖がっているようなその『声』に、先ほど湧き起こった怒りなんて飛んでいく。こんなイルカに怒り続けるなんて、カカシには無理だ。
ふっと口元を緩めると、目に愛しさを込めて見つめる。
「女と比べないの。オレはあなたがいいの。イルカ先生じゃないとダメなんです」
それとも、男のオレに触られるのはイヤ?
イルカが嫌がっていないのは『声』で分かっているくせに、そんな事を尋ねるカカシにイルカが少し恨めしそうな視線を向ける。その顔はとても赤い。

『・・・嫌じゃ、ないです』

恥ずかしくて声に出しては言えないのだろう。『声』で答えてくるイルカが愛おしい。
「じゃあ、少しだけ触りたい。・・・触らせて」
カカシのその言葉に、こくんと頷いてくれたイルカに安心させるように笑みを見せてから再び口付ける。
少しだけ、少しだけだと頭に叩き込みつつ。そのくせ、手は早く早くと忙しなく動き始める。
イルカが着ているのは、病院から支給された病衣だ。
上下が分かれていて、上衣は前を紐で結び、緩く合わされただけの無防備な服。
その裾から手を腰へと滑らせれば、しっとりとした肌が吸い付いてきて。そのあまりの肌触りの良さにカカシは内心焦りを覚えた。
(少しだけで止められるか・・・?)
いや、止めなければ。怪我を悪化させるような事だけは避けなければならない。
止めていた手を再び動かす。
「ん・・・っ」
口付けの合間に、イルカが甘い吐息を零す。

『何か・・・擽ったい・・・』

擽っているつもりはない。
男だから、いつもは服に隠された部分が感じる、なんて事はないのかもしれない。でも。
擽ったく感じるという事は、感度は凄くいい。
例えば、今触っている所。女と同じようにそっと触れているから擽ったく感じるのだ。これを、少し強めにすれば―――。
「んんっ」

『うわっ、何!?今の!』

カカシが少し強めに肌を擦ると、びくんと震えたイルカが驚いた『声』をあげた。
(やっぱり・・・)
男だから、物足りないのだ。強めに擦られるくらいが感じる。
要領を得たカカシが、イルカの感じる強さで背中を擦る。傷で引き攣れた部分には、指先でそっとなぞりながら擦りあげる。
「ん・・・っ、ふ・・・」
腰から肩にかけて、数度擦っただけなのに、息が上がって苦しそうなイルカをキスから解放してあげる。
最後にちゅっと軽い口付けを落として、力が抜け始めている体を抱き寄せ、肩に顎を預けさせると、イルカがほぅと溜息を吐いた。
「・・・気持ち良かった?」
その心地良さそうな溜息に、思わず笑みが浮かび感想を聞いてみると、「う・・・」と唸ったイルカが。

『・・・そんな事、聞かないで下さい』

と拗ねた『声』を返してきて。
(可愛い)
カカシは深まる笑みを抑えられなかった。