愛しき猫 9 穴があったら入りたいとはこの事だ。 わざわざ猫に変化してこんなところまでやってきて、さらには、カカシの腕に優しく抱かれた事で調子に乗って、媚びるように擦り寄ってもしまったのだ。 恥ずかしすぎて、カカシを見る事が出来ない。 「こんばんは、イルカ先生」 捉まれていた腕を引かれ、カカシの隣に座らされる。 真っ赤になって俯いてしまっているイルカの顔をそっと覗き込まれるが、イルカはカカシと視線を合わせる事が出来なかった。 暢気に挨拶なんて返している場合ではない。 謝らなくては。 「あのっ、ごめんなさい・・・っ、俺・・・っ」 カカシへの想いだけで突っ走り、こんな事をしでかすなんて、馬鹿な自分に泣けてくる。 じわりと目頭が熱くなり、涙が溢れそうになる。 (嫌われたらどうしよう・・・っ) 唇を噛み締め、懸命に涙を堪えていると。 「やっと会えた・・・」 呟くようにそう言ったカカシに、突然抱き寄せられた。 (え・・・) しっかりとその腕の中に囚われ、きつくきつく抱き締められる。 「凄く会いたかった。ゴメンね?忙しくてなかなか会いに行けなくて・・・」 耳元で聞こえるカカシのその言葉に、我慢していた涙が別な理由で溢れ出してしまう。 やっと会えた。 会いたかった。 さっきイルカも思った事を、カカシも思ってくれていた。それがとても嬉しい。 ふるふると首を振って、カカシの背に恐る恐る手を回した。 アンダーをきゅっと掴んでみたら、カカシにさらに強く抱き締められて、涙が次から次へと溢れて止まらなくなった。 「俺も・・・っ」 「うん」 「俺も、ずっと会いたかっ・・・っ!」 言ってる途中で、身体を離したカカシにそっと唇を塞がれた。 「・・・知ってます。手紙で何度も何度も会いたいって相談してくれてた」 驚きすぎて言葉が出てこない。あれほど止まらなかった涙も、いつの間にか止まってしまっていた。 「あなたからの手紙はいつもオレへの想いで溢れていて、早くこうやって抱き締めてあげたいと思ってた」 カカシの手が涙の残る頬に添えられ、そっと撫でられる。 「ゴメンね?凄くつらい思いをさせて・・・」 カカシの優しい眼差しとその言葉に、再びイルカの目から涙が溢れ出す。 つらかった。 会いたくて仕方がなくて。でも、会えなくて。 どうすればいいのか分からなくて、ここ最近のイルカはカカシへの想いを全て手紙の人にぶつけていたように思う。 カカシを想わせる手紙の人に、焦がれる恋心を伝えるかのように。 そんなイルカの手紙に、カカシは優しく慰める返事をくれていたのだ。 つらかったけれど、でも、その手紙でイルカは救われていた。 だから、ふると首を振る。何度も何度も。 そんなイルカの涙を、つらそうに眉を寄せたカカシが指でそっと拭ってくれる。 (応えてもらえてる・・・のかな・・・) 先ほどからのカカシの言葉といい、キスといい。 目の前のカカシの、カカシをじっと見つめているイルカとしっかり視線を絡ませてもなお、愛おしそうに細められる深い蒼の瞳といい。 イルカの気持ちはもう手紙でカカシに伝わってしまっているだろうに、カカシからは少しも嫌がる素振りは見えなくて。それどころか、カカシも同じ気持ちなのではないかと思えてくる。 「あの・・・、いつから俺が手紙の相手だって気づいてたんですか・・・?」 とりあえず、いつからイルカが手紙の相手だと知っていたのか聞きたくて、涙がやっと止まってくれたのを機に、イルカは再び抱き寄せられてしまったカカシの腕の中からそう問いかけてみた。 すると。 「出会ってすぐですよ」 と、思いもしない返事が返ってきて驚いた。 カカシの腕の中に囚われているのが恥ずかしくて、それまで伏せていた顔を急いで上げて驚いた表情で見つめるイルカに、カカシがふふと笑みを向けてくる。 「びっくりした?オレね、凄く鼻がいいんです。あなたからこの子と同じ匂いがして、あぁ、この人が手紙の人なんだってすぐに分かりました」 凄く嬉しかった。 そう言ったカカシが、イルカの髪に鼻先を埋めてすぅと匂いを嗅ぐ。 恥ずかしくて身じろぐイルカを再びぎゅっと腕の中に閉じ込めたカカシが、イルカにそっと語りかけてくる。 「あなたからの手紙に、オレがどれだけ癒されていたか分かる・・・?手紙のやり取りで、会ったこともないあなたが気になって仕方がなくて。実際にあなたに会えた時は、想像通りの人だったからとても嬉しかった」 イルカだってそうだ。 手紙のやり取りをするうちに、手紙の人の事が気になって仕方がなくて、カカシと出会ってからは、手紙の人がカカシなんじゃないか、そうだったらどんなにいいかと何度も思った。 「でもね。あなたはオレの事が気になって仕方ない素振りなのに、なかなか聞いてくれなくて。言い争いをして仲直りしないまま会えなくなっただけでも落ち込んでいたのに、あなたからの手紙にオレの事を『尊敬する上司』なんて書いてあった時には、もの凄く落ち込みましたよ?」 そう言って少し悲しそうな顔をしたカカシが、そっとイルカを覗き込んでくる。 「それは・・・っ」 カカシかもしれない手紙の人に、『大好きな人』なんて書けるはずがない。 慌てて言い訳しようとしたイルカに、カカシは少し笑みを浮かべて頷いてくれた。 「ん、いいですよ。だって、あなたはイブの日の今日、オレに会いに来てくれたもの。あんなに可愛らしい仕草でオレに擦り寄ってくれた」 カカシのその言葉に、イルカの頬がかぁと赤くなる。 それを見たカカシが、イルカの真っ赤に染まった頬をそっと撫でてくれる。 そして。 「ねぇ、イルカ先生。オレの事、・・・好き、なんだよね?」 じっと見つめるカカシからそう訊ねられたイルカは、顔中が熱くなるのを感じた。 告げてももいいだろうか。ずっと恋焦がれてきたカカシに自分の気持ちを。 先ほどからのカカシの言動は、イルカの恋心をとても擽っていて。 そうじゃないか、そうじゃないかと、イルカのカカシに恋する心が叫んでいる。 「・・・その、・・・手紙のやり取りをしていた頃から、ずっと・・・好き、です」 真っ赤になりながらも思い切ってそう告げたイルカに、カカシが嬉しそうに笑みを浮かべる。 いつまでも慣れないその綺麗な笑みに、つい、ぽぅと見惚れていると。 「オレも好きだよ、イルカ先生・・・」 カカシからやっと望む言葉を貰えて、さらには、再びそっと口付けされて。 嬉しくて笑みを浮かべたイルカの瞳から、再びポロポロと涙が零れ始めた。 恋人がいなくてずっと淋しかったイルカに、イブの夜、とても優しくて格好いい恋人が出来た。 そんな恋人に出会わせてくれたのは、イルカの髪と同じ漆黒の毛並みでカカシの瞳と同じ深い蒼の瞳を持つ猫。 黒猫は不吉だと言われるけれど、二人にとってこの黒猫は、二人を出会わせてくれたとても愛しい黒猫―――。 |
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