愛しき猫 8 多分、時間的には十数分だっただろう。 期待に高鳴る胸を抱えていたイルカには、数時間とも思える猫の後を追いかけた時間がやっと終わりを告げた。 塀の上を早足で歩いていた猫が、とある家の塀に飛び移った途端歩みを緩め、ついに足を止めたのだ。 (着いた・・・のか?) 猫に倣って飛び移った塀の上、少し息を乱しながら辺りをゆっくりと見回すイルカの視界に、カーテン越しに灯りの漏れる一軒の家が映る。 それに、広い庭も。 「おぉ、ご苦労さん」 塀の下、その広い庭から不意に聞こえてきたその声に驚いたイルカは、小さくなっているその身体を盛大に震わせてしまった。漆黒の毛が逆立ってしまっているのが自分でも分かる。 チャクラが乱れて危うく変化が解けかけ、かなり焦ったが、何とか変化を維持できてホッとする。 真っ暗な庭には誰もいないと思っていたのに。 そう思いながら恐る恐る声のした方向を見下ろすと。 (うそっ、忍犬・・・っ) へのへのもへじと書かれた服を着て寝そべっているたくさんの忍犬が、塀の上にいる猫とイルカを見上げていた。 「なんだ、今日は友達も一緒か?・・・って、お前さんは・・・」 先ほどと同じ声の主である一番小さな忍犬が、猫の隣にいるイルカを見止めた途端目を見開いた。 鼻のいい忍犬の事だから、変化して猫になっているイルカに気づいたのかもしれない。 不審者だと思われて、追い返されたらどうしよう。 忍犬がいる家に猫が連れてきてくれた時点で、手紙の人はカカシだと確定したようなものなのに。 すぐそこにいるだろうカカシに会わないまま追い返されたくない。 せめて一目だけでもいいから会いたい。 (少しでいい、見逃してくれ・・・っ) 見上げてくる忍犬のつぶらな瞳を、そんな必死な想いで見つめていたら。 「・・・よく来てくれたな。さっき帰ってきたばかりだ。手紙、持ってきてくれたんだろう?楽しみにしていたから早く持って行ってやってくれ」 意外にも、そんな言葉と共に笑みを向けられた。 猫がストンと塀から飛び降り、平然と忍犬の間をすり抜けて家へと向かう。 それに続いてイルカも塀から飛び降りると、笑みを浮かべている忍犬たちの間を恐る恐るすり抜けて後に続いた。 窓の側に寄った猫が、なぅ、とひとつ鳴く。 猫のその声に応えるようにカーテンに影が映ったと思ったら、カーテンが開けられて家の中から注ぐ眩しい灯りに照らされた。 (眩し・・・) 闇に慣れていたイルカの漆黒の瞳には、その灯りは眩しすぎて。 でも、カーテンに続いてからりと窓を開けたその人物が誰なのか早く確かめたくて、逆光の中、懸命に目を眇めて見上げていたら。 「・・・いらっしゃい」 ひゅっと息を呑んだような音が聞こえたと思ったら、しばらくして恋しくて恋しくて仕方の無かった人の、溜息のように掠れた声が聞こえてきた。 (やっぱりカカシ先生だ・・・っ) 早くカカシの姿が見たくて、パチパチと瞳を数度瞬かせて灯りに目を慣らしていると。 カカシなのだろう、力強い腕にひょいと身体を抱き上げられた。 「にゃっ!」 突然の事にびっくりして、猫になったイルカの口から小さく声が出てしまう。おまけに、カカシの腕に縋るように爪を立ててしまい、イルカの尖った爪先がカカシの忍服越し、柔らかい皮膚に食い込んだ。 「・・・っ」 痛かったのだろう、カカシの身体が途端にぴくりと震える。 いきなり爪を立てるなんて、叱られて放り出されても仕方が無いと覚悟したが。 「驚かせてゴメンね?」 でも、カカシはそんなイルカを放り出すことなく、それどころか、頭をそっと優しく撫でてくれた。 (ごめんなさい・・・っ) 急いで爪を引っ込めて、申し訳ない思いでいっぱいになりながら、やっと灯りに慣れてくれた瞳でそっと見上げると、アンダー姿のカカシのあの端正な素顔がすぐ近くにあって。 それを見たイルカの瞳にじわりと涙が浮かんだ。 やっと会えた。 会いたかった。 あれほど会いたかったカカシにやっと会えた喜びを、猫になったイルカの喉が勝手にゴロゴロと鳴り始め、カカシに伝えてしまう。 そんなイルカにふと笑みを浮かべていたカカシが、「お前も上がって」とイルカをここまで連れてきてくれた猫を中へと促し、冷たい冬の空気が入り込んでいた窓を閉める。 「寒かったでしょ。オレも今帰って来たばかりだから、まだ部屋が暖まってなくて・・・。寒くない?」 イルカをしっかりと抱きかかえたカカシに、顔を覗きこまれるようにしてそう言われたイルカは、黒くて長い尻尾をパタリパタリと振って平気ですと伝えた。 カカシの腕の中はとても暖かい。 (嬉しい・・・) カカシを騙しているような状態ではあるが、恋焦がれたカカシの身体に触れるなんて事、多分もうないだろうから。 今のイルカは猫だから分からないだろうと、イルカをしっかりと抱きかかえたままソファに腰を下ろしたカカシの胸元に、大胆にもすりと擦り寄ってもみる。 嬉しそうな笑みを浮かべたカカシによしよしと頭を撫でられて、イルカも嬉しくなる。 「なぁぅ」 (会いたかった) カカシを見上げて小さく声を掛けてみると、「ん?」と小首を傾げたカカシがイルカの耳元をそっと撫でてくれて。 優しいその手にイルカはすりすりと頬を擦りつけた。 そんな二人の側に猫が近寄ってきたと思ったら、ソファに乗り、なぅと一声鳴く。 「あぁ、手紙か。いつもありがとね」 イルカを膝の上に下ろしたカカシが、猫の頭をひと撫でして首の組紐から手紙を取り出し読み始めた。 「『いつも優しい手紙をくれるあなたに、素晴らしいプレゼントが届く事を私も祈っています。素敵なクリスマスをお過ごし下さい』・・・」 自分の書いた手紙を目の前で声に出して読まれるのが恥ずかしくて、手紙を読むカカシから視線を逸らしていた時。 「どうやら素敵なクリスマスを過ごせそうだ。・・・ね、イルカ先生?」 「・・・ッ!」 カカシに背中を撫でられながら不意に名前を呼ばれたイルカは、びくぅとあからさまに身体を震わせてしまった。 さらには、動揺した事でチャクラが乱れて変化が解けてしまう。 (どうしよう・・・っ) 煙に紛れて逃げ出そうとしたイルカだったのだが、カカシに腕をしっかりと捉まれて逃げられなくて。 ついに煙が収まって、イルカの本来の姿がカカシの前に晒されてしまった。 |
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