2009年イル誕企画
心からの祝福を 1






イルカには、誕生日を快晴で迎えたという記憶があまりない。
季節柄、誕生日が梅雨入り前だから仕方が無いと諦めていたが、今年は生まれて初めて晴れて欲しいと思った。
突き抜けるような青空で誕生日を迎えて、そして。
祝って欲しい。




四月が終わり、今日から五月というその日の夜。
就寝前に明日の準備をしていたイルカは、そういえばと、鞄の中に入れようとしていたペンを片手に立ち上がっていた。
カレンダーに今月の予定をまだ書き込んでいなかったのを思い出したのだ。
壁に掛けられたカレンダーに向かう。
そうして、四月のままだったカレンダーを一枚ペラと捲ったところで、イルカは小さく首を傾げた。付けた覚えの無い赤い丸印が、そこに一つだけある。
何の印だろうと少し考えて、あぁそうかと思い出す。
(俺の誕生日だ・・・)
今月はイルカの誕生日がある。
少し前までは覚えていたはずなのに、新年度に入って忙しかったからか、イルカはその事をすっかり忘れてしまっていた。
「・・・こらこら。本人が忘れちゃダメでしょ?」
くつくつと小さく笑う声が背後からしたと思ったら、優しくて力強い腕がイルカの身体に回った。
(ぅわ・・・っ)
肩に形良い顎が載せられ、耳元で聞こえたその声にイルカの頬が羞恥に染まる。
恋人であるカカシと共に生活をし始めてもう半年になるが、こういう触れ合いには未だに胸がどきどきするから困ってしまう。
照れ隠しに手に持っていたペンを慌てて走らせ、カレンダーに今月の予定を書き込んでいく。そうしながら、イルカは背後のカカシを見ないまま問いかけた。
「あの・・・。この丸印って、付けたのカカシさんですか?」
「そうですよ」
イルカの背後からカカシの節ばった手がカレンダーへと伸ばされ、イルカの誕生日である二十六の数字の上をその指先が愛おしそうにそっと撫でる。それを視界の端に捉えたイルカは、嬉しさから小さく笑みを浮かべていた。
「いつだったかな・・・。少し前にあなたの心の『声』で知りました。・・・あなたの恋人であるハズのオレとしては、直接教えて欲しかったところなんですが」
イルカを抱き込むカカシの腕が力を増す。
少し拗ねたようなカカシのその声を聞いたイルカは「あぁっ!」と慌てた声を上げていた。背後のカカシを急いで振り返る。
「ごめんなさいっ!俺、忙しくてすっかり忘れてて・・・っ」
恋人であれば絶対にお祝いしたいと思うだろう誕生日を、イルカはカカシに教えていなかった。カカシにお祝いして欲しくて、少し前まではそのうち伝えようと思っていたくせに、あまりの忙しさにそれをすっかり忘れてしまっていた。
直接教えて欲しかったというカカシのその言葉に申し訳なくなる。しゅんと落ち込んだイルカに、カカシがふと笑ってみせる。
「いいですよ。あなたの心の『声』が、オレに祝って欲しいって教えてくれましたから。・・・一緒にお祝いしましょうね」
そう言ってくれたカカシのその言葉が嬉しい。イルカの顔にぱぁと笑みが浮かぶ。
「はいっ」
勢い良くそう返事をすると、イルカのその仕草にさらに笑みを深くしたカカシの優しい口付けが降ってきた。
イルカの唇でちゅっと音がして、カカシの深い蒼の瞳がすぐ近くからじっと見つめてくる。視線が絡み、イルカの頬が一気に羞恥に染まった。
こういう甘い雰囲気にも未だに慣れない。それだけイルカがカカシの事を好きだという事なのだが、胸が凄くどきどきするから困ってしまう。
ふとカカシの瞳が細められ、それを見たイルカの胸の高鳴りが一際激しくなる。
(うー・・・っ)
カカシと見つめ合っているこの状況に耐えられなくなったイルカは、スッと視線を落とし、顔を真っ赤にさせたまま再びカレンダーへと向き直った。途中だった今月の予定を書き込んで行く。
すると、そんなイルカの身体に再びカカシの腕がするりと回された。笑い声は聞こえないが、背後にいるカカシが笑っている気がする。
いつまでも慣れない自分が恥ずかしい。
(笑わないで下さいっ)
イルカが心の中でそうなじってみると、やはり笑っていたのだろう。ふと笑う声がして「ごめんごめん」とカカシのイルカを抱き締める腕が強くなった。
イルカのちょっと拗ねていた心が少し浮上する。そして。
「・・・オレも好きだよ、イルカ先生」
耳元で愛おしそうに囁かれたその言葉は、イルカの心を完全に浮上させた。




真っ暗な寝室。
そこにある狭いベッドでカカシの腕の中にまたもや囚われたイルカは、うとうととしながら、もうすぐ来る誕生日に想いを馳せていた。
(誕生日かぁ・・・)
幼い頃に両親を失ってから、イルカは誕生日というものがどうにも苦手だった。
イルカが生まれた事を一番に喜んでくれていた人が居ない誕生日は淋しくて嫌で、誕生日なんてなくなればいいのにと思った事もある。
アカデミーの教師を始めてからは、受け持った子供たちにお祝いして貰えるようになり、「おめでとう」と子供たちに言って貰えるのがとても嬉しくて、誕生日が苦手ではなくなった。
けれど、ずっと恋人が居なかったイルカは、一番にお祝いして欲しいと思える人に祝って貰った事が無く、多くの人に「おめでとう」と祝って貰えていても、どこか淋しさを感じてしまっていた。
でも、今年の誕生日はいつもと違う。
(楽しみだなぁ・・・)
今年は、一番にお祝いして欲しい大好きなカカシと一緒に過ごせる。お祝いして貰える。
それがとても楽しみだし、嬉しい。
「オレも楽しみですよ」
不意に聞こえてきたカカシの小さな声。瞳を閉じて眠りに落ちそうになっていたイルカの顔に、ふと笑みが浮かぶ。
「オレの誕生日にはあなたの心を貰って、本当に嬉しかったからね・・・」
イルカの眠りを妨げないようにだろう。小さく告げられるその言葉が嬉しい。
低く囁くようなカカシの声がさらなる眠りを誘い、ぽかぽかと暖かくなり始めたイルカの身体。それを抱き込むカカシの腕の力が少しだけ強められる。
「それに、あなたが生まれてきてくれて一番喜んでいるのは今はオレだから。たくさんお祝いしなきゃ・・・」
そんなカカシの声を子守唄にして、イルカの意識がどんどん薄れていく。
(カカシさんがこうして側にいてくれるだけでも、俺は充分嬉しいです・・・)
眠くて声は出せそうに無い。だから、カカシにだけ届く『声』でそう告げる。
すると、ふと笑う気配と共に額に暖かいものが触れ、「いつもありがと」という優しい声が聞こえた気がした。