心からの祝福を 2






楽しみだった。
初めて恋人に祝って貰える誕生日だ。イルカも凄く楽しみにしていたけれど、カカシも随分と楽しみにしてくれているらしく、事あるごとに、嬉しそうな笑みと共に「もうすぐ誕生日だね」という言葉がカカシの口から出てきた。
大好きなカカシが、そうやって自分の誕生日を気にしてくれるのはとても嬉しかったけれど、少しだけ面映くもあった。
二人ともいい大人なのに、誕生日をこんなに楽しみにしてるなんて子供のようで。
「でも、オレの誕生日の時はイルカ先生がずっと気にしてくれてたでしょ?それこそ、二ヶ月も前から」
あまり考えないようにしようかなと思った矢先、意地の悪そうな笑みを浮かべたカカシからそんな事を言われた。
(そうだった・・・)
カカシの誕生日をお祝いしたくて、イルカはずっとカカシの誕生日を指折り数えて待っていたのだ。プレゼントを何にしようか凄く迷いながら。
その頃はまだ恋人同士ではなかったけれど、大好きなカカシへの誕生日プレゼントを考えている時間が、イルカにとっては凄く幸せだった。
「そんなあなたの気持ちが凄く嬉しかったんです。誕生日は特別な日なんだ、嬉しいものなんだって教えてもらいました。だから、オレもあなたの誕生日までその幸せな時間を味わいたいし、あなたにもその特別な日を楽しみにしてて欲しいんですよ」
カカシにそう言ってもらえて凄く嬉しかった。
そうやって、二人で過ごすイルカの誕生日を二人揃って指折り数えて待っていたある日、ちょっとやっかいな任務がカカシに舞い込んだ。
やっかいだと言っても、危険な任務だというわけではない。
ランクはAだが、依頼人の意向でこの任務に動員されている人数も多い。総隊長であるカカシに掛かる責任はその分大きいが、負担は軽減されるだろう。
けれど。
(間に合うかな・・・)
報告者の列が途切れた途端、イルカの視線がカウンターの上に置いてある帰還予定リストへと向かう。そこにあるカカシの名前を見つめる。
少し任地が遠い。カカシの帰還予定はイルカの誕生日ギリギリだ。動員人数が多いから移動に時間も掛かるだろうし、任務中には予定外の出来事なんて多々ある。
もしかすると、イルカの誕生日には間に合わないかもしれない。
そう考えるとついつい大きな溜息が零れそうになり、イルカは慌てた。
さっき同僚に溜息ばっかり吐いてるぞと指摘されたばかりだ。再び吐きそうになっていた溜息を何とか飲み込む。
―――あなたの誕生日までには必ず帰ります。
出立の前、そう言ってくれたカカシの言葉を思い浮かべながら、イルカは少し不安を感じていた。
イルカ同様、イルカの誕生日を楽しみにしてくれていたカカシだ。間に合わせようとして、無理をしたりしないか心配だった。
(・・・お願いですから、無理だけはしないで下さいね・・・)
心の中でカカシに願う。
遠く離れた地にいるカカシには聞こえないと分かっていても、イルカはそう願わずにはいられなかった。




イルカの誕生日を三日後に控えたその日の夕方。
いつものように受付所のカウンターに座ったイルカは、小さく溜息を吐いていた。いつもより元気が無い事は、本人であるイルカが一番よく分かっている。
(仕方ないよな・・・)
少々梃子摺っているらしく、カカシの隊の帰還予定が少し伸びそうだという情報が入ったのだ。
ただでさえギリギリの帰還予定だったのだから、それが少し伸びたという事は、イルカの誕生日には間に合わないだろう。
「お疲れ様です。お預かりします」
イルカの前にやってきた報告者へとそう告げる声も、いつもより元気がなくなってしまう。笑みだって、いつもの半分くらいだ。
仕事に私情を持ち込むなんて、大人としても忍としてもどうかとは自分でも思うが、イルカから零れる溜息は止まらない。
それくらい、イルカはカカシと過ごす誕生日を楽しみにしていたのだ。
誕生日に恋人であるカカシとやってみたいと思う事はたくさんあって、そんなイルカの考えを『声』で知るカカシは、それはそれは楽しそうな笑みを浮かべてイルカの考えに賛同してくれていた。甘いものが苦手なのに、カカシは「ケーキもちゃんと買いましょうね」とも言ってくれていた。
そんな優しいカカシと一緒に過ごす誕生日を、イルカは本当に楽しみにしていたのだ。
イルカから再び溜息が漏れる。
「・・・辛気臭い溜息ばっかり吐いてるんじゃないよ、イルカ」
隣から聞こえてきた呆れたようなその声にハッとした。慌てて振り向けば、五代目火影である綱手が声に違わぬ表情でイルカを見ていた。
「死線潜って帰ってきた奴らを笑顔で迎えてやるのも、ここの大事な務めだろう?」
「す、すみません・・・っ」
その言葉に、知らず丸まってしまっていたイルカの背筋がピンと伸びた。
そうだった。
受付所は、命を懸けて頑張ってきた仲間が帰還して一番にやってくる場所だ。こんな落ち込んだ顔をしていていい場所じゃない。
(しっかり仕事しなきゃ!)
パンパンと両頬を軽く叩き、顔を引き締める。
そうして、やってきた報告者へといつものように笑みを向けようとした時だった。
「イルカ」
「うわ・・・っ!」
手元から聞こえてきたその声に驚いた。カウンターの上に、カカシの忍犬であるパックンがいつの間にか座っていた。
「カカシがちと無理をしおった。少々怪我をしておる。アスマに抱えられてもうすぐ戻ってくるぞ」
「・・・ッ!」
パックンのその言葉に息を呑んだイルカは、その目を大きく見張っていた。ガタッと椅子を鳴らして立ち上がる。
「五代目ッ!」
叫ぶようにそう言って隣を見ると、厳しい表情を浮かべた綱手も立ち上がるところだった。
「治療の準備をしておく。おまえは迎えに行って、すぐに病院へ向かうよう伝えるんだ。いいね?」
「はいッ!」
綱手の指示に大きく頷いたイルカは、そこから走り出した。その肩にパックンが飛び乗る。
「西門に行け。そっちから戻るはずじゃ」
「分かったッ!」
受付所を転がる勢いで走り出て、パックンの指示通り西門を目指す。
(カカシさん!カカシさん・・・ッ!)
パックンをその肩に乗せて走りながら、イルカはカカシにだけ届く『声』で、その名を懸命に呼んでいた。