正しい犬のしつけ方 1 いつか、犬を飼いたいと思っていた。 今イルカが住んでいるアカデミーの職員寮は、動物を飼うのは禁止だから。 いつか、自分の家と明るい家庭を持って、自分の子供たちと、たくさんの教え子たちに囲まれて、そして犬を飼う。 それがイルカの夢だった。 ちらと視線を上げて、職員室の壁に掛けられた時計で時間を確認する。 その時間が、予定の時刻より30分も過ぎてしまっている事を知ると、イルカは机に頬杖をついてはぁと溜息を零した。 (・・・遅い) 遅れるだろうとは言われていたが、少しだけだろうと思っていたのに。 『あいつは遅刻癖があってな。遅れてくるだろうぜ』 アカデミーでも平然と煙草を吸おうとする上忍師にそう言われて、校内は禁煙ですとしっかり釘を刺しつつ、分かりましたとは言ってみたものの。 他の子供たちが次々と担当上忍師に連れられて行く中、残りは遅れている上忍師に預ける予定の三人の子供たちだけになっても、その人物は現れなくて。 とりあえず、子供たちには教室で待っているようにと告げて、授業が始まって誰もいなくなった職員室で担当上忍師が来るのををこうして待っているのだが。 教員なんてものをやっていると、いつも子供たちに時間厳守と口酸っぱく言っているからか、時間にだらしない人間は信用できないなんて思ってしまう。 (こんなんで大丈夫か・・・?) 遅れている上忍師に預ける子供たちは、どの子もイルカの大切な教え子たちだ。 その中でも、ナルトは特に思い入れのある特別な子で。 教員が特別なんて作ったらいけないとは思うけれど、ナルトの生い立ちやその後の出来事を知るイルカとしては、特別な思い入れを持ったとしても仕方がないだろう。 はぁともう一度溜息を吐いて。 もうその辺りに来てるかもしれないし、もしかすると、子供たちがどこにいるのか分からなくて迷っているのかもしれない。 そう思ったイルカが、ちょっと探しに行くかと座っていた椅子から立ち上がった時だった。 「あのー・・・」 と、間延びした声がドアの辺りから聞こえてきた。 そちらに顔を向けたイルカの視界に、いつの間にドアを開けたのか、不審者とも思える格好をした男が、少しだけ顔を覗きこませているのが映る。 その顔の殆どを口布と額当てで隠し、唯一見えている右目はとても眠たそう。それに、寝癖なのかぴんぴんと跳ねた銀色の髪を揺らしている。 「子供たちとの顔合わせに来たんですけど・・・」 胡散臭い格好だったが、その男の口から続いて出たその言葉と、のっそりとしているくせに全く気配と隙を感じさせない立ち姿に、イルカはこの男が遅れていた担当上忍師なのだとすぐに気づいた。 「あっ、はい!お待ちしてました!」 慌ててドアへと向かい、その男の前に立つ。 「はじめまして。俺、今回お預けする子供たちの担任をしておりました、うみのイルカといいます。子供たちのこと、よろしくお願いします」 上忍師に子供たちを預ける時には必ず言っている言葉を告げながら、手を差し出すと。 「あ、どーも、ハジメマシテ。はたけカカシです」 と、その男はぽりぽりと銀髪をかきつつ握り返してくれた。 (案外まとも・・・?) 遅刻は到底褒められたものじゃないが、イルカの過保護とも言えるその台詞に反発を抱かず、こうやってイルカが差し出した手を握り返してくれる上忍師は意外と少ない。 もちろん、『おう!』と白い歯を見せて笑顔で握り返してくれるガイや、『めんどくせえがな』と苦虫を潰したような顔で、それでも大きな手で握り返してくれるアスマ、それに、『あなたも大変ね』と綺麗な笑顔で労ってくれる紅など、イルカを懇意にしてくれる上忍師だっている。 目の前のカカシもそんな彼らと同じく、心優しく、強い意志を持つ素晴らしい忍なのかもしれない。 そう思ったら、胡散臭い格好をしているカカシに、ちょっとだけ眉間に皺が寄っていたイルカの顔に自然と笑みが浮かんだ。 「カカシ先生ですね。子供たちが待っています。ご案内しますね」 笑みを浮かべてそう言ったイルカがカカシの横を通り過ぎ、先に立って歩き始めようとしたら。 くん、とカカシに手を引かれた。 引かれた、というか、カカシがまだ手を離してくれていなかった。 (あれ?) どうして手を離してくれないのだろうと、振り返ると。 イルカのすぐそばに、カカシの殆ど隠れて見えていない胡散臭い顔があって驚いた。 「ぅわっ!な・・・、何ですか・・・?」 そのあまりの近さに、カカシから少しだけ身を引きつつそう訊ねると。 すん、とカカシが口布の下で鼻を鳴らした。 一度だけじゃなく、何度も。 おまけに、鼻を鳴らしながら身を引いているイルカにどんどん近づいてくる。 手を掴まれているから、どうにも逃げられなくて。 首筋のすぐ近くですんすんと何度も鼻を鳴らすカカシに、内心悲鳴をあげながら懸命に顔を逸らしていると。 「うわー、イルカ先生って何か・・・すっごい匂いがしますね・・・」 と、カカシが驚いたような声を上げた。 「え・・・?」 カカシのその台詞に、なんとかカカシから逃げようとしていたイルカが、ピタと動きを止める。 (匂い・・・?って、俺かっ!?) 何か匂うのかも、と慌てて自分の腕やら首元のアンダーやらを引っ張って嗅ぎながら、 「俺、何か臭いですかっ!?」 と、訊ねたイルカに、カカシは「ううん」と首を振った。 「クサいわけじゃないですよ。すっごい、いい匂い・・・」 さっきよりいい匂いがする。 そう言いながらイルカに再び顔を寄せ、うっとりと唯一見えている右目を閉じてすんと鼻を鳴らすカカシに、イルカはかぁと赤くなった。 カカシの言う『いい匂い』が何なのかは分からないが、イルカから何か匂いがするのは確かなようで。それをこんな風に露骨に嗅がれるのも恥ずかしかったが、カカシがあまりにもいい匂いを連発するからもっと恥ずかしくなった。 男の匂いなんて、臭いだけだろうに。 だが。 羞恥から赤くなったイルカのすぐ近くにいたカカシが、突然「うっ」と手で口元を押さえたと思ったら。 それまでガッチリと握って離さなかったイルカの手をパッと離して、それどころか、体さえも慌てた様子でズサッと後退きイルカから距離を取った。 「っ!やっぱり臭いんじゃ・・・っ」 カカシのその行動にガンッと衝撃を受けつつ、ちょっと涙目になりながら自分の忍服をくんくんと嗅いでいると。 「・・・いや、ホントにクサくないですって。今のは、あんまりイルカ先生がいい匂いすぎて、ちょっとびっくりしただけ・・・」 と、ちょっと引け腰なカカシが口元を押さえたままそう言ってきた。違う違うともう片方の手を振って。 「あーびっくりした」と小さく言いながらも、避けるように少しづつイルカから離れていくカカシのその姿にも、軽くショックを受けたのだが。 「そうですか・・・?あの、それじゃあ、ちょっと遅れているので、そろそろ子供たちの所へご案内します・・・」 「ん。お願いします・・・」 二人ともどこか疲れた声でそう言い合って、子供たちも待ってるし、いつまでもこんな問答をしていてもきりがないと、イルカは先に立って歩き出した。 |
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