いつも同じ場所で 1 本当は20000ですが、一個前の19999でしたリク がたがたと規則的に揺れる電車に合わせて、体が揺れる。 眠気の残る体には、銀色に光るポールはひんやりと心地よく感じて、それにこめかみを当てて寄りかかりながら、カカシは顔を照らす朝の光に右目を眇めた。 朝日は苦手だ。昨夜も遅くまで資料を纏めていたから、目がしょぼしょぼするし、着ているスーツにも朝日が当たり、ぽかぽかと春の暖かさを運んでくるから、ともすると心地よい揺れに眠ってしまいそうになる。 今眠ってしまったら、乗り過ごしてしまうのが目に見えていたカカシは、襲ってくる眠気に抵抗しようと手元の愛読書に視線を落とした。 本の世界は大好きで、暇さえあれば何かと手に取って読んでいる。 それは、研究対象である古文書から現代小説、さらには18禁と銘打ってあるものまで多岐にわたり。 昔からの友人には、お前は本の虫だなと言われる程。 自宅と、大学から助教授のカカシにと与えられている研究室には蔵書がたっぷりで、いつか本が雪崩を起こして圧死するぞと忠告されているが、当のカカシ本人がそれでも本望だと思っているのだから性質が悪い。 きっと死ぬまで本に囲まれて好きな研究を続けるのだろう。 変人と言われる程の本好きなカカシには、願っても無い人生だ。 もう何度も読み返した愛読書の好きなフレーズを眺めながら、くあ、と欠伸をかみ殺して目に浮かんだ涙を人差し指で拭った時だった。 横から強い視線を感じた。 (あぁ、またか・・・) 電車に乗ると、毎回必ず視線を感じる。それも多方向から。 人目を惹く容姿をしていると自覚はしているが、それが嬉しいなんて思ったことは一度も無い。 毎回、まるでパンダにでもなった気分を味あわされて、辟易している。 多分、銀髪と、整った顔と、閉じた左目に縦に走る傷が物珍しいのだろうとは思うが。 だいぶ前から、今感じている視線には気づいていた。 初めは控えめに向けられていた視線。 それがいつからか、じっと見つめてくるようになってきて。その強い視線に、毎日毎日晒されている。ちょっと恥ずかしくなってしまうほどに。 今日はまた一段と視線が強い。 (そんなに見ないでよ・・・) どうにも気になってしまって、本に集中できない。 また女性だろうか、とカカシは内心溜息をついた。 今までも何度もこんな事があって、何十回も人目の多い車内や駅のホームで告白された。 その度にお断りの言葉を告げているのだが、新年度に入ってからそれがかなりの頻度になっていて、相当煩わしい。 恋人なんて本だけで充分だし、結婚なんてしたくない。というか、もう既にカカシは本と結婚した気でいる。 これから先も一生、本と人生を共にしたいカカシにとっては、恋人も結婚も遠慮したい二文字である。 この視線だって本来なら無視したいところだが。 向けられる視線が強すぎて無視できない。気になってしまう。 はぁと小さく溜息をついて、カカシはちらと視線だけ向けてみた。混んだ車内で視線の主を探す。 少し離れた所から、つり革に掴まってこちらを見ている人物と視線が合った瞬間。 心臓がどくんと大きく脈打った。 そのあまりの目の強さに、真っ直ぐに見つめてくるその人の漆黒の瞳に、ちょっと見るだけのつもりだったのに、視線を逸らせなくなった。 だが、視線が合った途端。その人は、すっと恥ずかしそうに視線を逸らしてしまった。 (あ・・・) 残念だ、なんて。 その綺麗な瞳をもっと見ていたかったなんて。 思ってしまった自分に驚いた。 本の中の人物にしか興味を見せないはずの自分が、生身の人間に興味を持つなんて。 視線を逸らしてしまった彼の代わりに、今度はカカシが見つめてみる。もう一度視線を合わせてくれないかな、なんて思いながら。 そう。『彼』だ。 視線の主は意外にも男だった。 頭の高いところで長い髪を一つに括っていて、その髪の色は瞳と同じ艶やかな黒。 鼻頭に横に走るカカシと同じような傷はあるが、先ほどの恥ずかしそうな表情といい、何を考えているかよく分からないと言われるカカシと違って、感情表現のとても豊かな顔だ。 今はきっと、彼に向けているカカシの視線に困惑してるのだろう。少し困ったような表情を浮かべている。 カカシの口元が緩む。 (かわいい) 年齢も身長も同じくらいの男を捉まえて、かわいいも何もないと思うのだが。 そわそわと落ち着き無く視線を泳がせている彼に、あまり見つめるのも可哀想になってきたカカシは、再び視線を本へと戻した。 そうして本を読んでいるフリをしていると、再び彼のいる方向から今度は控えめな視線が向けられてくる。 (見てる) きっと、あの真っ直ぐな目でカカシを見ているのだろう。 その視線を受け止めたい、その瞳を再び見たいという思いはあるのだが。そうしたら多分、彼はさっきのように視線を逸らしてしまいそうな気がした。 彼の瞳をまた見たいけれど、今日は我慢しよう。 きっと明日の朝も会えるだろうから。 緩みそうになる口元を本で隠して、降りる駅に電車が止まるまで。横から感じる視線を、カカシはずっと楽しんでいた。 あれほど襲ってきていた眠気も、大好きな本を読む事すらすっかり忘れて。 それから数日間。 彼は相変わらずカカシを見ていて、それをどこか楽しみにしている自分がいることに、カカシは興味を持った。 どうして彼に見られるのがそんなに楽しいのか。 いつも視線を感じると煩わしいとしか思わなかったのに。どれほど、一般的に魅力的と言われる女性が視線を向けてきても、同じだったのに。 (何でだろう) 気になることはとことん突き詰めたい性分のカカシは、今の、視線がちょっと合うだけの関係から、彼にもう少し近づいてみたら分かるかもしれないと思った。 相変わらず視線が合うと、彼が恥ずかしそうに視線を逸らしてしまうから、その前に笑みを向けてみよう。 そんな事を計画しながら、いつものように電車に揺られていると、いつもの彼の視線を感じてカカシは口元に笑みを浮かべた。 そのまま視線を彼に向けてみる。 ぱちっと視線が合った途端、彼がかぁと赤くなった。恥ずかしいのか、その表情がとてもかわいい。 それに、いつもより視線が絡むのが長い。 (あれ?) ずっと彼の瞳を見られるのはいいのだが、こちらを見つめたまま固まってしまっている彼に、少し首を傾げて、「ん?」という表情を浮かべてみる。 途端、彼がハッと我に返り慌てた表情を浮かべると、ぺこと少しだけ頭を下げて俯いてしまった。 変わらず顔は赤いまま。 (やっぱりかわいい) どうして同じ男である彼がこんなにかわいく見えてしまうのか。 他の、例えば友人の一人である髭面を思い浮かべて、さらに、ヤツが恥ずかしそうに俯く顔を想像する。 かわいくない。全然、かわいくない。 気色の悪いモノを想像してしまったカカシは、ふると頭を一回振って、想像したものを頭から追い出すと、俯くかわいい彼を見直して胸のむかつきを治めた。 |
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