幸せな時をいつまでも 4 イルカの黒耀のように輝く瞳を真っ直ぐに見つめる。 「背中の傷、見せて・・・?」 「・・・っ」 そうして告げたカカシのその言葉に、小さく息を呑んだイルカが、傷を見せて欲しいと願うカカシから視線を逸らそうとする。 だが、カカシはそれを許さなかった。 イルカの不安の原因を、ここで取り除いておかなければ駄目だ。でなければ、カカシとの情交がイルカの中で負担になってしまう。 カカシがイルカの事を愛していると最も雄弁に伝えてくれるだろう手段。それが、イルカの負担になるなんて事だけは避けなければ。 イルカの視線を追って身体を傾けたカカシは、イルカの瞳から視線を逸らさないまま、膝の上できつく握られているイルカの手をそっと握った。優しく励ます。 「大丈夫だから。オレを信じて。・・・ね?」 それでもしばらく躊躇っていたイルカだが、決して視線を逸らそうとしないカカシに身体を見せる決心をしてくれたのだろう。小さく頷き、ゆっくりとカカシに背を向けた。 イルカの手がパジャマのボタンを外す気配がし、その肩からパジャマが滑り落ちる。 (・・・これは・・・) そうして現れたのは、良くぞ生きていてくれたと思う程に大きな傷跡だった。 イルカの背の引き攣れた傷跡。 それを見たカカシの眉根がきつく引き絞られる。 伸ばした指先で傷跡をそっと撫でると、イルカの身体がピクンと震えた。カカシの動きが止まる。 「まだ痛い・・・?」 小さくそう訊ねてみると、カカシが心配していると分かったのだろう。イルカがふと笑う気配がした。 「もう痛みは無いんです」 ふると一つ首を振って、そう言ったイルカにホッとする。再びそっと触れたイルカの背は温かく、イルカが今確かに生きている事をカカシに教えてくれた。 この傷跡は誇りであり戒めだとイルカは言っていた。何があったのかは聞いていないが、これがイルカにとって大切な傷跡である事には違いないのだろう。 その大切な傷跡を、怖がりながらも見せてくれたイルカが愛しい。 傷跡を撫でていた指先の動きを愛撫に変える。カカシの動きに合わせ、ピクンピクンと震えるイルカの背に残されている傷跡が、ほんのりと染まり始める。 (可愛い・・・) 新しく生まれ変わった肌は、他とは違い綺麗なベビーピンク色だ。 愛撫の手を止めないまま、イルカの背へそっと身体を寄せる。そうしてカカシは、黒髪に隠れるイルカの耳元に唇を寄せた。 「気持ちイイ・・・?」 「ん・・・っ」 声が出せなくなっているのだろう。カカシの問いに答える代わりに、首を竦めるイルカに小さく苦笑する。 「イルカ先生、この傷跡をオレに見られるの怖がってたけど・・・」 そう言いながら、カカシはイルカの肩にそっと口付けた。続けていくつも口付けを落としながら、そのまま体重を掛け、イルカの身体をベッドへと押し倒していく。 「ピンク色に染まって凄く綺麗ですよ・・・?」 押し倒されて前に付いた肘を、肩口をきつく吸われた事でカクンと崩れさせたイルカが、ふるふると黒髪を揺らして首を振る。 「そ・・・んな事、ない・・・っ」 小さな声で、だが、はっきりと否定するイルカに、カカシはイルカの背を見つめる深蒼の瞳を切なく眇め、その口元に小さく苦笑を浮かべていた。 イルカは知らないのだ。 カカシに見られるのが怖いと言ったこの傷跡が。 綺麗じゃないと言うこの傷跡が、カカシにとって、どれだけ綺麗で愛しいものになっているのかを。 「見せてあげられないのが残念・・・。あぁでも・・・」 「ん・・・っ」 知らないのなら教えてあげればいい。 カカシがどれだけイルカの事を愛しているのか、時間を掛けて教えてあげればいい。 「・・・コレはオレの独り占めがいいかな・・・」 傷跡をねっとりと舐め上げながら告げたカカシの独占欲は、ほんの序章に過ぎないのだから。 ―――大学に行きたくない。 朝、束の間の眠りから目覚めたカカシが、腕の中ですやすやと眠るイルカの姿を見て一番に考えた事だ。 いっその事、風邪でも引いたと言って休むかとまで考えたのだが、カカシのその企みは、それからすぐに起き出したイルカが、「今日は終業式なんです」と言った事で掻き消えてしまった。 子供たちに通知表を渡さなければならない大事な日だ。 そんな日を控えていたのに無理をさせてしまったのかと思うと、週末まで待てなかった自分の余裕の無さが情けなくなってしまったが、カカシが少々落ち込んでいる事に気付いたのだろう。 「その、嬉しかったし、そんなに身体も辛くないですから気にしないで下さい」 朝食の際、イルカから、徐々に小さくなる声で恥ずかしそうにそう告げられたカカシは、だらしなく緩みそうになる顔を引き締めるのに苦労した。 その頬を真っ赤に染めたイルカに、せめてネクタイだけでもと言われて借りたネクタイを締め、イルカがハンガーに掛けてくれていた昨日と同じスーツを着る。 クリスマスイブだったのだ。目ざとい学生たちに、昨日と同じスーツだとからかわれるかもしれないが、今のカカシは、そんなからかいすら嬉しいと思えてしまうだろう。 「これ、今日からして行きますね」 カカシと同じく出勤の準備をしていたイルカが、そう言いながらコタツの上にあった小さな箱から取り出したのは、カカシが贈った黒の腕時計。 それを見たカカシは、小さく笑みを浮かべ「じゃあ、オレも」と、隣に置いてあった小さな箱から、イルカから贈られた銀の腕時計を取り出した。 二人揃って腕時計をして、互いの腕にあるそれを見て、二人揃って笑みを浮かべる。 「そろそろ電車の時間ですから出ましょうか。カカシ先生」 「ん」 イルカにそう促され、置いておいた鞄を手に玄関へと向かう。 共に靴を履いたところで、外へ出ようとしていたイルカの腕を掴んで引き止めたカカシは、振り返ったイルカのその唇にそっと口付けを落とした。 突然キスされて驚いたのだろう。その瞳を大きく見開いていたイルカが、続いて、その顔を真っ赤に染める。 「いってらっしゃいと、いってきますのキス」 可愛らしいイルカにふと瞳を細めながらそう告げ、もう一度ちゅっと口付ける。 そうして玄関の扉を開けたカカシは、背後から聞こえてくるイルカの「恥ずかしい事しないで下さい」という声に笑みを浮かべながら、朝の冷たい空気が満ちる外へと足を踏み出した。 |
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