新妻イルカ観察日記 5
嫉妬は甘い媚薬 前編






今日はホワイトデーというその日の夕方。
上忍待機所を出たカカシは、そろそろ受付業務が終わるだろうイルカの元へと向かっていた。
バレンタインデーの際、いつ帰るか分からなかったカカシをいつもの酒を用意して待ってくれていたイルカに、お返しとして少しだけ高い食事の席を用意したのだ。
いつも家事一切を引き受けてくれているイルカだ。カカシとしては、一番高い席を用意したい所だったのだが、二人の将来の事も考えてくれている堅実な奥さんは、あまり高い食事だと嫌がるだろう。
イルカを驚かせようと今日まで黙っていたカカシは、その事を告げる為、愛しい奥さんであるイルカの元へと向かっている。
(喜んでくれるかな・・・)
少し口元を緩めながら、受付所に続く廊下を曲がる。すると、曲がった先。受付所のドアが開き、カカシもよく見知っているイルカの同僚の男がちょうど出てきた。
「・・・あ」
カカシの姿を見止めた途端、その彼が何故か固まる。
その事を不思議に思い小さく首を傾げながらも、カカシは、固まったままカカシを見ている彼に近付き、声を掛けた。
「こんにちは。中にイルカ先生いる?」
「ああっ!ちょっと待って下さいっ」
そう言いながら受付所のドアに手を掛けようとしたカカシの前に、それまで固まっていた彼が慌てた様子で入り込んでくる。
そうして。
「今は駄目ですっ」
後ろに回した手でガッチリとドアを押さえたその彼が、彼の突然の行動に驚いた表情を浮かべているカカシへとそう告げてきた。
「・・・何で?」
「・・・ちょっと」
ドアに掛けようとした手をそのままに、首を傾げたカカシがそう訊ねると、彼はその頬を引き攣らせ、笑みらしき表情を浮かべながら曖昧にそう答えた。
何かやましい事がこの中にあるらしい。
しかも。
彼の言動からして、それはイルカ絡み。
「ふぅん・・・」
少し前に傾けていた身体を起こす。カカシよりも少しだけ背が小さい彼を、瞳を眇めて見つめる。
彼の階級はイルカと同じ中忍だ。そして、カカシは上忍。
可哀想だとは思ったが、上忍の威圧感を少しだけ出させて貰う。
「・・・っ」
途端に彼がビクッと身体を震わせる。
「・・・どいてくれる?」
ニッコリと笑みを浮かべてそう告げる。
すると、ドアの前に立ち塞がっていた彼は、カカシの静かなその言葉に操られるかのように、そろそろと横に移動してくれた。すぐに威圧感を消してやる。
「・・・ありがと。ゴメンね」
ホッと安堵の溜息を吐いている彼に、どいてくれた礼と怖がらせてしまった事を謝り、カカシは受付所のドアを音もさせずに開けた。
「これはありがたく受け取るけど。・・・覚えておいて。私は諦めたりしないんだから」
途端、カカシの目に入ってきた光景と聞こえてきた女のその言葉に、カカシは一瞬、動く事を忘れた。その隙に、女が瞬身で消えてしまう。
(な、に・・・?)
イルカが、女にプレゼントらしき包みを渡していた。
今日はホワイトデーだ。男が女に渡すものなんて、バレンタインデーのお返しに決まっている。
それに、今の女の台詞。諦めないと言っていた。
カカシとイルカが結婚した事は周知の事実だと思っていたのだが、どうやらまだイルカを諦めていない女が居たらしい。
先ほどの彼が隠したかったのはこれかと大きく溜息を吐く。
「・・・イルカ先生」
ドアの入り口に片手を付いてイルカの名を呼ぶと、イルカは余程やましい事があるのか大きく身体を震わせた。視線がゆっくりとカカシへ向けられる。
「っ!カカシ様・・・っ、いつからそこに・・・っ」
「ちょっとおいで」
その質問には答えず、カカシはイルカをしっかり見つめたまま静かにそう告げた。




誰も居ない資料室にイルカを連れ込み、あの女は誰だ、バレンタインデーにあの女からチョコを貰ったのかと訊ねたが、イルカは頑として答えようとしなかった。
普段、カカシに対して従順過ぎる程のイルカが、カカシを拒絶する。
義理だと分かってはいても、律儀にお返しを渡していた事と、女を庇うような真似をするイルカに多少の怒りが沸いた。
「ん・・・っ」
身体が熱を持っているのか、カカシの口付けを受けるイルカが、先ほどからしきりに身を捩っている。
両膝の間に食い込ませた足をグイと押し付け、カカシはその中心で高ぶっているイルカの欲望を太腿で刺激する。
「んぁ・・・っ」
口付けを解いて仰け反ったイルカの首筋に舌を這わせ、イルカの腰がもっとと強請るように押し付けられ始めた所で、カカシはあっさり身体を離した。
「あっ、ぃや・・・っ」
イルカがすっかり潤んでいる瞳をカカシに向け、強請るような声をあげる。
それはそうだろう。イルカはもう何回もこれを繰り返されているのだ。
抱き付いて強請りたいだろうに、カカシの手がイルカの両手を棚に押し付けており、それを許していない。
「・・・誰に貰ったのか言う気になった?」
自分でも狡いとは思うが、イルカの口は相当堅いのだ。これくらいしなければ絶対に口を割らない。
だが、まだ理性が残っているらしいイルカがくっと唇を噛む様を見たカカシは、イルカの真っ赤に染まった耳元に唇を寄せた。
「言わないと、もっと苛めますよ・・・?」
囁くようにそう言いながら、カカシはイルカが弱い耳を苛め始めた。柔らかい耳朶を食み、耳殻に舌を這わせる。
「も・・・っ、ゃだ・・・っ」
顔を逸らしふるふると震えるイルカが、涙を零し始める。それを見たカカシは、苛め過ぎたかと小さく苦笑した。
「・・・あぁもう。泣かないの。誰に貰ったか言えばいいだけでしょ?」
涙が零れるイルカの頬に、宥めるようにちゅっちゅっと口付ける。
すると、そんなカカシにイルカはむぅと唇を尖らせ、涙の浮かぶ瞳でキッと睨みつけてきた。
「あれは・・・っ、俺じゃなくて、カカシ様宛てに貰ったチョコのお返しなんです・・・っ」
「・・・え、オレ?」
思わぬイルカの言葉に、つい聞き返してしまう。
「そうですっ!バレンタインデーに、カカシ様にって女の人からいっぱいチョコを渡されて、俺悔しくて・・・っ。彼女たちへの牽制の為に、妻である俺が!お返しを渡してたんですっ」
イルカがきゅっと眉根を寄せてそう言いながら、ボロボロと涙を零し始める。
「カカシ様はもう俺のものなんだから・・・っ。だから、誰から貰ったなんて絶対に言わないっ!」
イルカから涙ながらにそう宣言された事で、カカシは自分の勘違いにようやく思い至った。
カカシは今年、バレンタインデー当日まで任務で里を離れていた。
毎年、断っても押し付けてくる女たちからのチョコを、今年は貰わずに済んだとホッとしていたのだが、女たちはどうやら、里に居ないカカシの代わりにイルカに渡していたらしい。
(あの女・・・っ)
あの女が諦めないと言っていたのは、イルカの事をではなく、カカシの事をだったのだ。
それを堂々と、カカシの愛するイルカに向かって宣言していたあの女。今更ながら、取り逃がした自分が腹立たしい。
拘束していたイルカの両手を解放してやる。途端に抱きついてくるイルカをきつく抱き締め返しながら、カカシは勘違いでイルカを苛めた自分を責めていた。
「ゴメンね・・・?勘違いして苛めちゃった・・・」
小さな声でそう謝ると、イルカは小さく震えながらも、ふるふると首を振ってくれた。
「俺の方こそ・・・、チョコ預かってたのに、黙っててすみません・・・」
その言葉に苦笑する。イルカは嫉妬してくれたのだ。それがとても嬉しい。
「いいですよ。ゴメンね?イヤな思いさせて・・・」
再度そう謝ると、イルカは再度ふるふると首を振ってくれた。その事にホッとする。
「・・・今日ね。実は、イルカ先生へのお返しに料亭を押さえてあるんですけど・・・。受け取って貰えますか・・・?」
勘違いでこんな事をしたカカシのお返しを受け取ってくれるだろうか。恐る恐るそう訊ねてみると、イルカは少し躊躇った後ふるふると首を振った。
やはり怒っているのだろうかと不安になったのは一瞬だった。
躊躇いがちに押し付けられるイルカの身体。その中心は硬く高ぶったままだ。
こんな状態で料亭なんて行ける筈がない。
「・・・ゴメン。責任取ります」
カカシはそう言いながら、料亭へとキャンセルの式を飛ばし、それから、二人の愛の巣へ瞬身で飛んだ。