繋いだこの手を離さない 番外編 前編
本編16話と17話の間のお話です。





上忍寮にあるカカシの部屋。
その前に辿り着いたカカシの手が、鍵を取り出す為だろう。繋がれていたイルカの手から離れていく。
「・・・どうぞ。入って」
イルカがカカシの部屋を訪れるのは二度目だ。
だが、最初に訪れた時は精神的にいっぱいいっぱいだったからだろうか。まるで初めて訪れるような緊張感に包まれるイルカは、「お邪魔します」と小さな声でそう告げ、カカシが開けてくれた扉の中へと一歩足を踏み入れる。
もう沈む寸前なのか部屋の窓には茜色に染まる空が映し出されており、その窓際。
(・・・っ)
置かれたベッドが視界に入った途端、カカシに抱かれたあの夜の事を思い出したイルカは、その顔をかぁと赤らめていた。
あの夜。
苦しい胸の内を全て吐き出したイルカは、ここでカカシに抱かれ、そして―――。
「・・・イルカ先生」
「・・・っ」
すぐ真後ろからカカシの声が聞こえ、それと同時に背後からふわりと抱き込まれる。しなやかな腕に身体を絡め取られ、ぎゅっときつく抱き締められたイルカは小さく息を呑んだ。
「イルカ先生」
耳元から聞こえてくるカカシの囁くようなその声に堪らなくなる。
もう聞けなくなると思っていたのだ。あの夜、一生覚えていようと懸命に耳を澄ませたカカシの声が、伴侶となった今、これからもずっと聞けると思うと切なくなる程に嬉しい。
漆黒の瞳を眇めるイルカの手が、身体に絡むカカシの腕へと添えられ、それを機に腕の力を緩めたカカシの手が、僅かに俯くイルカをそっと振り返らせる。
(あ・・・)
いつの間に素顔を晒したのだろうか。振り返った先、カカシの端正な顔を見止めたイルカの頬が赤みを増す。
そんなイルカを見て、ふと柔らかく細められるカカシの深蒼の瞳。
カカシの色白な手がイルカの額当てへと伸び、口付けられるのだと予感したイルカは、その漆黒の瞳をそっと閉じた。
「・・・ん・・・っ」
優しい触れるだけの口付けの後、角度を変えてイルカの唇を柔らかく塞いだカカシの舌先が、イルカの口腔内へと忍び込んで来る。
それを嬉々として迎えるイルカは、カカシの舌に深く浅く口腔内を探られ、その身体を歓喜に震わせていた。
あの夜に与えられた口付けは激しかったが、今日の口付けはとても甘くて優しい。じわりじわりとイルカの官能が刺激されていく。
舌先を軽く、何度も吸われるイルカから甘い吐息が零れ落ち、身体から徐々に力が抜けて行くのを感じたイルカは、手に触れるカカシのベストを縋るようにぎゅっと掴み締めた。
「ぁふ・・・っ、ン、ん・・・っ」
途端、カカシの力強い腕に腰をぐっと引き寄せられ、身体を支えて貰って安堵したのだろう。より深く口付けられるイルカの身体から一気に力が抜けて行き、自力で立っていられなくなったイルカの膝が、不意にかくんと崩れ落ちる。
「・・・っと、大丈夫?イルカ先生」
耳元でそう囁かれた途端、寒気とは違うものが背筋を駆け上がって行ったイルカは、ぶるりと身体を震わせた。しっかりと支えてくれているカカシの力強い腕に縋りながら、ふるふると小さく首を振る。
最初に抱かれた時も思ったが、経験値の差があり過ぎる。
それに、カカシのその声は反則だ。
「も・・・少し、手加減して下さい・・・」
荒い息の下で小さくそう抗議すると、イルカがカカシの経験値の高さに少々嫉妬している事に気付いたのだろう。そんなイルカへと向けられていたカカシの深蒼の瞳が愛おしそうに眇められ、その口元にふと小さく苦笑が浮かんだ。
「ゴメンね。でも、これでも手加減してるんですよ」
だが、カカシの顔に苦笑が浮かんでいたのは僅かな間だった。そう言いながらイルカの濡れた唇を指先で拭うカカシの顔に、続いて申し訳なさそうな表情が浮かぶ。
「・・・この前は全然手加減出来なかったから」
カカシとの情交の後、イルカが高熱を出してしまった事をカカシは悔やんでいるのだろう。イルカの頬を愛おしそうに撫でるカカシからそう告げられたイルカは内心苦笑する。
カカシが悔やむ必要などどこにも無い。
穏やかな表情しか見た事の無かったカカシから、あんなにも激しく求められ、イルカは例えようも無く幸せで嬉しかったのだから。
整い出した息をゆっくりと吐き出しながら、気にしないで欲しいと小さく首を振るイルカは、目の前にあるカカシの肩へ片頬を押し当てる。
「その、手加減されなくて嬉しかった・・・です」
少し恥ずかしいが、カカシ曰く『夫婦』となったのだ。自分の気持ちはちゃんと伝えた方が良いだろう。
そう思ったイルカが小さな声でそう告げると、耳に聞こえるカカシの心拍数が一気に跳ね上がった気がした。その事を不思議に思ったイルカが顔を上げようとするその前に、背中に回されていたカカシの腕に力が込められ、痛い程にきつく抱き締められてしまう。
「・・・ありがと、イルカ先生」
そうして、イルカの首筋に顔を埋めるカカシから小さく告げられたのは感謝の言葉。
それを聞いたイルカの瞳が切なく眇められる。
感謝するのはこちらの方だ。
里長である火影ですら覆せなかったイルカの蓮の国行きを、その身を呈して阻止してくれたカカシのお陰で、イルカは以前とほぼ変わらない生活を送れている。
きつく抱き締めて来るカカシの背へそっと腕を回し、イルカも感謝を込めてぎゅっと抱き付くと、苦笑したのだろうか。イルカの耳元でカカシが小さく笑った。
「・・・でも、あんまり煽らないで?手加減するの結構大変なんですから」
冗談のようにそう言うカカシであるが、その言葉は本心なのだろう。
火影の前ですら落ち着いた雰囲気を崩さなかったカカシが、イルカを前にすると簡単に激情する。
それだけでも十分に嬉しいというのに、激情に任せて思うがまま求める事をせず、自らの欲を懸命に抑えてくれているカカシの想いが凄く嬉しい。
あの夜と変わらず、イルカは今もカカシに深く深く愛されている。
その事を改めて思い知り、面映い笑みを小さく浮かべるイルカがそっと顔を上げると、カカシの熱い眼差しと視線がぶつかった。
(あ・・・)
火傷しそうな程に熱を孕んだその視線に晒され、キスの続きを望まれているのだと気付いたイルカの顔が羞恥に染まる。
大好きなカカシに望まれて嫌なはずが無い。
僅かに俯きながらも拒絶する様子を見せないでいると、イルカの気持ちを推し量ってくれたのだろう。腰に回されていたカカシの手に力が込められ、すぐ側にあるベッドへと誘われた。
ベッドの上。
ゆっくりと押し倒されたイルカの視界に、見慣れない天井が映ったのは短い間だった。
ベストを脱ぎ去ったアンダー姿のカカシですぐに塞がれた視界の中、近付くカカシとの距離に胸を高鳴らせながら、潤む瞳をそっと閉じたイルカの下唇が柔らかく食まれ、それと同時に、自らのベストにカカシの手が掛かるのを感じたイルカは、ただでさえ早くなっていた鼓動を跳ね上がらせた。
「・・・緊張してる?」
ベストを脱がせる手は休めぬまま、耳元へと移動したカカシから囁くようにそう問われ、擽ったさに首を竦めるイルカは、ぎゅっと閉じていた瞳を僅かに開いた。見下ろすカカシへ小さく頷いて見せる。
「少しだけ・・・」
あの夜とは状況が違うのだ。
カカシに抱かれるのは初めてではないが、初めて抱かれるような緊張感に襲われるイルカは、その傍ら。シーツに付かれているカカシの手を探った。探り当てたカカシの手を、その上からきゅっと縋るように握り締める。
「・・・また繋いでてあげますから。気持ちイイ事だけ考えてて?」
緊張からだろう。僅かに震えるイルカの手を、あの夜と同じくしっかりと繋いでくれたカカシから、小さな笑みと共にそう告げられ、ほぅと安堵の溜息を零すイルカは小さく笑みを浮かべて「はい」と頷く。
「ん、イイ子」
そんなイルカを褒めるように落とされる口付け。
甘く蕩けるような深い深い口付けは、緊張で凝り固まっていたイルカの身体をも蕩けさせてくれた。