きっとまた手を繋ぐ 番外編 1
きっとまた手を繋ぐ 7話と8話の間にあったお話です。





大蛇丸による木の葉崩しから約一ヶ月。
壊滅的な被害を受けた木の葉の里は、少しずつではあるが、復興の兆しを見せ始めている。
だが、戦力は未だ衰えたままだ。
戦忍はもちろんの事、内勤であるイルカも任務を兼任する慌しい日々が続いている。
暑い夏の日差しが和らぎ始め、風に秋の香りが混ざり始めた九月のある日の午後。
ようやく休憩に入る事が出来たイルカが受付所から出た所で、交代要員としてやって来たのだろう。アカデミー校舎の修復を手伝っていたはずのヤナギと遭遇した。
「休憩か?イルカ」
「おぅ。今日は報告書多いぞ」
イルカと入れ替わるように受付所の扉へと手を掛けていたヤナギが、イルカのその言葉を聞いて小さく苦笑する。
「いつもの事だろ?」
里が請け負う任務数は以前と殆ど変わっていないが、以前より格段に少ない人員で、受付所の業務をこなさなければならない状態が続いている。
そう返したヤナギに「だな」と苦笑して見せたイルカが、ヤナギに背を向け、明るい日差し差し込む廊下を歩き出そうとした時。
「・・・あまり無理するなよ、イルカ」
背後に居るヤナギから、そんな言葉がイルカへと掛けられた。
それ程多くを語らないヤナギであるが、ヤナギとは長い付き合いだ。何に対する気遣いか分かってしまい、イルカは小さく苦笑する。
「俺が丈夫なのは知ってるだろ?」
そう返すイルカが僅かに振り返ると、随分と心配を掛けているらしい。心配そうな表情を浮かべて見つめて来るヤナギが居た。
そんなヤナギの姿を見止めたイルカの漆黒の瞳が僅かに見開かれ、続いて、ふと柔らかく細められる。
「お前の方こそ、たまには休めよ。蓮の国から帰って来て早々仕事続きで、まともに休んでないだろ」
苦笑を深めながらヤナギの肩を軽く叩いたイルカは、そう言い置き、まだ何か言おうとするヤナギに背を向けた。止めていた足を前へと進める。
(・・・心配掛けてごめんな、ヤナギ・・・)
ヤナギの視線を背に感じるイルカは、心の中でそう謝罪しながら、廊下を見つめる漆黒の瞳を切なく眇めていた。




ヤナギにはああ言ったイルカだが、現状は厳しい。
アカデミー校舎の修復や受付業務、さらには任務にも借り出され、その上にこの残暑だ。体力にだけは自信のあるイルカも、そろそろバテてしまいそうだった。
(・・・しっかりしろ。何を弱気になってるんだ)
どれだけ忙しくとも、倒れる訳にはいかない理由がイルカにはある。
小さく吐いた溜息を吐き切り、少々弱気になっている自分に喝を入れながらやって来た木の葉病院の一角。
面会謝絶の札が掛かる白い扉の前に立ったイルカは、扉の両脇を固める暗部たちに「お疲れ様です」と軽く頭を下げて見せた。取っ手に手を掛け、扉を開ける。
開けた先。
「・・・こんにちは、カカシ様」
笑みを浮かべて見せるイルカの視線の先にあったのは、ベッドの上で昏々と眠るカカシの姿だった。
里の弱体化を狙っていたかのように侵入したイタチの瞳術を受け、カカシが昏倒したとイルカが聞いたのは十日ほど前だっただろうか。
それまで自覚が無いまま一部の記憶を失くしていたイルカは、だが、カカシが倒れたと聞いた途端、激しい頭痛に襲われ、忘れてしまっていた全ての事を思い出していた。
幼い頃に銀髪の神様に助けられた事や、その銀髪の神様がカカシであった事。そして、カカシと生涯を共にすると誓った事も―――。
「少しの間だけカーテン閉めますね」
眠るカカシへとそう声を掛けながら、明るい日差しが差し込む窓際へと歩み寄るイルカは、開け放たれていたカーテンを次々と閉めていく。
かなりの無理を言ってさせて貰っているカカシの清拭を行う為だ。
少し痩せて来ただろうか。ベッドの上で眠るカカシの顔色は悪く、そして、イルカを柔らかく見つめて来ていた深蒼の瞳は閉じられたままだった。
そんなカカシの脇。ベッドの端に片膝を乗せたイルカは、カカシが身に纏う病衣をそっと肌蹴させた。熱い湯に浸した後、きつく絞ったタオルでカカシの身を丁寧に清めていく。
「・・・熱くないですか・・・?」
強くなり過ぎない力加減でカカシの肌を拭いながら、イルカは小さくそう声を掛ける。
昏睡状態に陥っているカカシに意識は無い。声を掛けても何の反応も返って来ないが、耳は聞こえている可能性があると医療忍が言っていた。
カカシに届いていると良いと願いながら、その日あった出来事や里の復興具合を語っているのだが、掛けても掛けても、昏々と眠り続けるカカシから応えが返って来る気配は一向に無かった。
カカシの肌を拭うイルカの瞳に徐々に涙が浮かび始める。
「・・・カカシさま・・・。起きて下さい、カカシ様・・・」
肩を拭っていた手を止めたイルカは、震える声でそう言いながらカカシの胸元に顔を埋めた。カカシが生きている証である心臓の音を聞きながら、ゆっくりと瞳を閉じるイルカは嗚咽する。
(・・・どうして・・・っ)
どうして自分は、あれだけ愛し愛されていたカカシの事を忘れてしまったのだろう。
―――ナルトはあなたとは違う!
記憶を失くしていたとはいえ、どうして自分は、幼い頃から戦忍として過酷な人生を送って来たカカシに、あんなに酷い事を言ってしまったのだろう。
「・・・カカシ様・・・っ」
今更後悔してみても遅い。
二人の教え子であるナルトが自来也と共に、医療スペシャリストである綱手を探しに行ってくれているが、深い眠りの淵に堕ちているカカシは、もう二度と目覚めないかもしれない。
―――・・・心変わりなんてされたら困っちゃいますよ。
イルカの気持ちが変わらない限り、手を離す事は無いと言ってくれていたカカシを、イルカは失ってしまうのかもしれない。
否。
もしかすると、イルカが記憶を失くしてしまった事で、カカシは既にイルカの手を離してしまったのかもしれない。
(・・・それでも・・・っ)
たとえカカシの気持ちが変わってしまっていたとしても、失っていた記憶を取り戻した今、イルカのカカシを愛する気持ちに変わりは無い。
涙を纏う瞳をゆっくりと開いたイルカは、カーテン越しに差し込む午後の日差しに照らされるカカシの端正な顔を見つめた。震える指先を伸ばし、生気が失われているカカシの頬をそっと撫でる。
「・・・お誕生日おめでとうございます、カカシ様・・・」
涙で滲む視界の中。小さく笑みを浮かべてカカシの誕生日を祝うイルカは、来年は祝えないかもしれない現状を憂い、切なく眇めたその瞳から大量の涙を溢れさせた。