情けは人の為ならず 5 2015年イル誕 そうして迎えてしまった誕生日当日。 イルカの仕事が終わる頃に迎えに来たカカシと共に向かったのは、当初の予定通り、何度かカカシと呑みに来た事のある居酒屋だった。 デートだと宣言されていたからだろう。変更があるのではと心配していたイルカは、内心ホッと安堵しながら座敷に腰を下ろす。 そんなイルカの前に腰を落ち着けるカカシの態度は以前と全く変わらず、告白などまるで無かったかのようだ。 酒と肴を一通り頼み、店員が下がった途端、カカシが相変わらず端整な顔を晒す。 「誕生日おめでと、イルカ先生」 そうして、乾杯の合図と共に告げられた祝いの言葉は、イルカを照れさせるのに充分な破壊力を持っていた。 (何か凄い、何か凄い・・・っ) 何がどう凄いのか自分でも良く分からないが、カカシに好きだと告白されたからだろうか。カカシの優男振りを目の当たりにした途端、ゴロゴロと辺りを転げ回りたい衝動に襲われたのだ。 「あ、ありがとうございます・・・」 辛うじて感謝の言葉は伝えられたが、ニコニコと笑みを浮かべているカカシの顔を直視出来ずに困ってしまう。 「食べましょうか」 そんなイルカに気付いたのだろう。ふと小さく苦笑するカカシが、そう言って視線を外してくれる。 焼き魚の身を解すカカシを盗み見ながら、これ以上無い程に気遣ってくれているとイルカは改めて思い知る。 追い出されたはずのアパートにしてもそうだ。 借金が無くなったとしても、搾取された金は戻らない。 イルカに金が無いのに変わりは無く、部屋を新しく借りるには少し時間が掛かるかと思われたが、イルカの部屋をカカシが借りてくれており、住み慣れた住居にすぐ戻る事が出来たのだ。 ここまであれこれとしてもらったのだ。カカシには一生頭が上がらない状態だと分かっているはずなのに、カカシはイルカにデートしてくれとは言ったが付き合ってくれとは言わなかった。 強要はしたくないというカカシの気遣いなのだろうと思う。 これだけ気遣いが出来るなら女性が放っておかないだろうし、実際に今まで何度も女性との噂話を聞いているのに何故自分なのか。 その事をカカシに聞いてみると、苦笑と共に「女性にはいつもフラれてしまうんです」と、にわかには信じがたい言葉が返って来た。 「ホラ、オレって割とそつなく何でもこなしちゃうでしょ?それがダメみたい」 そう続けられ、イルカはあぁと納得する。 以前のイルカなら厭味と捉えただろうが、しばらく同居していたから分かる。 何事も器用過ぎるのだ。 掃除にしろ洗濯にしろ食事にしろ、イルカよりもカカシの方が断然上手い。 断然上手いが、カカシはいつもイルカに主導権を握らせてくれていた。多少失敗しても気にせず、それどころか毎回ありがとうと感謝の言葉をくれていたのだ。 単純なイルカはカカシの言葉を言葉通り受け止めていたが、女性はそうではないのだろう。 「イルカ先生は出会いが出会いでしたからね」 思い出したのだろう。ふふと笑い声を上げるカカシからそう言われ、失態を晒したという自覚のあるイルカの顔が羞恥に染まる。 「目が離せなくなって、でもソレは、イルカ先生があまりにもお人好しで危なっかしいからだと最初は思っていたんです」 でも違ったのだとカカシは言った。 「・・・引かないで下さいね?」 そう前置きしたカカシがふんわりと纏ったのは、色気というものだったのだろう。 「同居初日、あなたがお風呂に入っている時にタオルを持って行ったでしょ?あの時、擦りガラス越しに映るあなたを見て、あぁ欲しいなって思ったんです」 「・・・っ」 どういう意味なのか、恋愛事に疎いイルカでも分かった。というより、疎いイルカにも分かり易いようカカシが態度に出したのだ。 かぁと一気に赤面するイルカを見て、やり過ぎたと思ったのだろう。苦笑するカカシが「ゴメンね」と謝罪する。 「勘違いかもしれないと思って花街に行ったりもしたんですけど・・・」 その言葉を聞いた途端、イルカの胸が息が出来なくなる程に締め付けられる。 だが、それは一瞬だった。 「でも、出来なかった」 締め付けた本人によってすぐさま解除され、ホッと安堵している自分に気付いたイルカは戸惑い始める。 「イルカ先生の事が好きなんだって認めてからは大変だったんですよ?自分の理性がこんなに脆弱だとは思いませんでした」 そんなイルカに気付いているのかいないのか。苦笑するカカシからそんな事を言われるも、そんな事を言われるのは初めてなイルカは何と返して良いか分からない。 「あの男の素性を調べて、イルカ先生の借金を無かった事にしたまでは良かった。でも、一緒に暮らせなくなると思ったら、その事をあなたに言い出せなくなった」 ふと小さく笑うカカシが憂いの表情を浮かべ、それを見たイルカの胸が擽られる。 カカシの術か何かだろうか。 先程までカカシを直視出来なかったというのに、今はカカシの表情一つ一つが気になってしまう。 「せめてあなたの誕生日まではとズルイ事を考えていたからでしょうね。その前にあなたにバレちゃいました」 眉尻を下げるカカシから告白されたのは、少しでも長くイルカと一緒に居たかったという想い。 「黙っててゴメンね、イルカ先生」 小さく首を傾げるカカシから謝罪されるも、何の不利益も被っていないイルカはふるふると首を振る。 「あなたがオレの頼みを断れない事は分かっています。無理強いしたくはないから付き合って欲しいとは言いません」 カカシのその言葉はイルカの想像していた通りだったが、続けられた言葉は違った。 「しばらく距離を置きますから、その間に考えてみて下さい」 その言葉で初めて、カカシがしばらく自分に会わないつもりでいる事を知る。 「しばらくって・・・?」 どれくらいの期間かと問うも、「ソレはイルカ先生次第かな」と返されてしまった。 色々とあり過ぎて頭の中がぐちゃぐちゃだ。自分はどう思っているのか、自分の気持ちすら良く分からない。 上手く纏められないが、これだけは言える。 カカシに会えなくなるのは嫌だ。 その事を伝えると、深蒼の瞳を大きく見開いたカカシが、続いて愛おしそうに眇めた。 「じゃあ、これからも食事とか誘ってイイ?」 カカシには返さなければならない恩義もある。それは構わないと頷くと、カカシは「良かった」と安堵の笑みを浮かべて見せた。 「今回の件では色々とお世話になりましたし、今度何かお礼させて下さい」 だが、イルカがそう言った途端、「あー」と苦笑する。 「オレにあまりそういうコト言わない方がイイですよ。『情けは人の為ならず、巡り巡って己が為』って言うでしょ?オレの場合は下心満載なんですから、付け込まれちゃいますよ」 付け込むと言ってはいるが、カカシに付け込む気はさらさら無いのではないだろうか。 イルカのカカシに対する恩義の念が無くならない限り、カカシは先程のように自分を抑え、イルカに選択肢を与えるのだろうと思う。 恋愛事に疎いイルカにとっては、かなり難しい選択肢だ。それに、そう何度も与えて貰ってはいけないだろう選択肢でもある。 中途半端な状態でいつまでも待たせてはいけないという事はイルカでも分かるからだ。 カカシとの事を真剣に考える為にも、カカシが出してくれていた家賃分くらいは返していきたい。 「カカシ先生」 そう目標を立てたイルカが名を呼ぶと、カカシが「ん?」と小さく首を傾げて見せる。 「俺、色々頑張りますね」 気合たっぷりにそう宣言すると、カカシにはそれだけで通じたらしい。 「ん、応援してます」 そう言って、蕩けそうな程に嬉しそうな笑みを見せてくれた。 |
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