2012年カカ誕 例えばあなたが恋人になってくれたなら 例えばあなたに恋人が出来たならの続編だったり。 残暑が厳しいながらも、爽やかな風が吹き始めた九月中旬。 任務を無事完遂して里へと戻って来たカカシは、報告書を提出する為、数名の部下と共に受付所へと向かっていた。 日が暮れるのも随分と早くなった。 これから向かう受付所には、しばらく会わないと約束している相手が勤務しているが、この時間であればもう帰宅しているだろう。 そんな事を思いながら、蛍光灯に照らされ伸びる自らの影に視線を落とすカカシの深蒼の瞳が、ふと切なく眇められる。 友人だったイルカに告白めいた言葉を告げてから、約一ヶ月が過ぎようとしている。 すなわち、カカシがイルカを避け始めて約一ヶ月になる。 階級差がある事もあり、受付所さえ気を付けていればイルカを避ける事は容易いが、そろそろ覚悟を―――。 「・・・・・・」 受付所へと向かっていたカカシの足が不意に止まる。 シフトが変わったのだろうか。向かおうとしている受付所にイルカの気配がある事に気付いたからだ。 「はたけ隊長?」 急に立ち止まったカカシを、共に受付所へと向かっていた部下たちが訝しそうに窺う。 「・・・あー・・・。報告書頼んでもイイ?ちょっと用事思い出しちゃった」 銀髪をガシガシと掻きながら小さく苦笑して見せたカカシは、自らのズボンのポケットから報告書を取り出した。「いいですよ」と快く引き受けてくれた部下の一人へと差し出す。 「頼んだよ」 そう言い置いて踵を返したカカの顔から、それまで浮かんでいた笑みがスッと消える。 受付所へと向かうのだろうか。イルカに告白したという男が、こちらへと向かって歩いて来ているのが視界に入ったからだ。 カカシにとっての、いわゆる恋敵だ。 イルカに会いに行くのかもしれない。 この時間までイルカが受付所に残っているのはもしかして、この男との約束があったからなのだろうか。 ―――まずはお茶をと誘われたんですが・・・。 そう言っていたイルカの面映そうな表情を思い出し、どうしても気になってしまったからだろう。男と擦れ違ったカカシは、そのまま手近にあった資料室へと身を隠していた。 身を隠してからハッと我に返る。 (何やってるのよ・・・) これではストーカーと同じだ。 薄暗い資料室の中で壁に凭れながら、カカシはガシガシと銀髪を掻く。 我ながら呆れ返るが、二人の動向が気になってしまうのは仕方の無い事だろう。 男だけでもイルカだけでもいい。 二人一緒にだけは出て来ないでくれよと願いながら、ふと小さく溜息を吐いていたカカシの動きがピタリと止まる。 「お待たせしてすみません」 聞き間違えるはずもないイルカの声が聞こえて来たからだ。 「構わないさ」 続いて聞こえて来たその声で、カカシの願い空しく、男も一緒なのだと知る。 「・・・今日はオレの行き付けの店を予約してあるんだ。気に入ってくれるといいんだが」 面映そうな男のその言葉を聞いて笑ったのだろう。柔らかく綻ぶイルカの気配。 それに否応無く気付かされたカカシは、薄暗い資料室の中でゆっくりと俯き、その深蒼の瞳を切なく眇めていた。 仲良さそうに肩を並べる二人が、小さな居酒屋へと入って行く。 もう止めておけ、帰れと忠告して来る自分が居たが、それを無視して二人の後を付けて来たカカシは、居酒屋を望める建物の軒先へと降り立つ。 二人とも良い大人だ。呑むのならしばらく出て来ないだろうと分かっていたが、カカシがその場を立ち去る事は無かった。むしろ、呑むのだろうと分かっているからこそ、イルカが帰宅するのを見届けるまでは立ち去る事など出来そうになかった。 (・・・何をやってるんだか・・・) 側にある建物へと身を預けるカカシが、ゆっくりと見上げた先には中秋の名月。 どことなく物悲しく見える月を眺めながら、カカシはふと小さく溜息を吐く。 その脳裏に思い浮かぶのは、男から告白されたと面映そうに言っていたイルカの表情だ。 あれから早くも一ヶ月が経とうとしている。 もし二人が既に付き合い始めているのなら、カカシの今の行動は迷惑行為以外の何ものでもないだろう。 けれど―――。 (まだそうと決まった訳じゃない・・・) 決定的な場面を見た訳ではないのだ。まだ希望はある。 今にも奈落の底へと堕ちて行きそうな自分にそう言い聞かせていると、そんなカカシの視界の隅。 「・・・っ」 何かあったのだろうか。イルカが一人、慌てた様子で居酒屋から出て来た。 それを見て急いで建物の影に身を潜めるカカシの視線の先。きょろきょろと辺りを見回していたイルカが、ゆっくりと大きく息を吸う。 「カカシ先生ッ!」 そうして、近所迷惑な程に大きな声で告げられたのは自分の名。それを聞いたカカシの深蒼の瞳が大きく見開かれる。 尾行に気付いていたのだろうか。それとも、張り込んでいるのを気付かれたのだろうか。 カカシはこれでも上忍だ。気付いたのだとしたら、カカシと同じ上忍であるあの男の方だろう。 必要以上に近付き過ぎたかと内心動揺するカカシの耳に、イルカの大きな声が続けざまに飛び込んで来る。 「カカシ先生にしばらく会わないって言われてから、俺ずっと考えてました!」 カカシが近くに居ると確信しているのか、自分へと向けられるイルカの言葉を聞くカカシの胸が痛い程に高鳴り始める。 イルカは何を言おうとしているのだろうかと、続く言葉を固唾を呑んで待つカカシの視線の先。 「いつまでですか・・・ッ!」 カカシの姿を探し求めているのだろう。視線を彷徨わせながら叫ぶようにそう告げたイルカが、その漆黒の瞳を潤ませ始める。 「しばらく会わないって、いつまでですか・・・っ」 「・・・っ」 今にも泣き出しそうな表情を浮かべるイルカからそう問われたカカシは、次の瞬間、さらに続けようとしていたイルカの身体をきつく抱き締めていた。 「・・・カカシせんせ・・・っ」 耳元で小さく告げられた自分の名が、背中に縋るように回された手が堪らなく愛おしい。イルカの身体を抱く腕の力を強めるカカシの深蒼の瞳が切なく眇められる。 穏やかだった二人の関係に一石を投じておきながら、この約一ヶ月間イルカを避け続けていたのだ。会わない間に、イルカが自分に対して恋心を抱いてくれたのだとしたら、不安になって当然だろう。 「・・・ん。ゴメンね、イルカ先生」 なかなか覚悟が決まらず避け続けていた事、不安にさせた事を詫びると、イルカはふるふると首を振ってカカシを許してくれた。 自分の想いもイルカの想いも充分過ぎる程に伝わってはいるが、言葉でもきちんと伝えたい。 「イルカ先生」 抱き締めていた身体をゆっくりと離したカカシは、僅かに俯いているイルカの顔をそっと覗き込んでみる。 少し泣いてしまったのが恥ずかしいのだろう。カカシの視線から逃れるように顔を逸らすイルカが可愛らしい。 そんなイルカを見るカカシの深蒼の瞳が、ふと柔らかく細められる。 こんなにも可愛らしいイルカが恋人になってくれるのなら、もう決して泣かせないと誓おう。生涯大事にすると誓おう。 「オレの恋人になってくれる・・・?」 ほんのりと染まるイルカの片頬に手を添えながら告げたカカシのその願いを、くしゃりと顔を歪ませたイルカは、何度も何度も頷く事で快く了承してくれた。 |