I want you, you want me 5






日差しは暖かいが、髪を撫でる風はまだまだ冷たい。
パンを買いに行くついでにと辺りを少し散策しているのだが、薄手のコートを着ていても少し肌寒さを感じている。
「寒くありませんか?」
少し前を行く彼にそう声を掛ける。すると、羽織ったジャケットを風に靡かせながら僅かに振り返った彼は、中に着ている白いハイネックのセーターが少し厚手だからだろう。寒くはないのか、その顔に小さく笑みを浮かべて見せた。
「あぁ。大丈夫」
この辺りは緑豊かな庭を有する家が多い。
道路にまで伸びた木々の枝の下。モノトーンを身に付けた彼は、随分と落ち着いた雰囲気を纏って見せており、高級住宅街を歩いていても違和感が無かった。
そんな彼に直江も笑みを返しながら、少し傾斜のある細い道の先。緑色のパラソルが風にはためくパン屋を目指し、彼と共にゆっくりと歩いていく。
パン屋まであと少し。という所で、不意に彼が「なぁ」と振り向いた。
「はい?」
「ソレ、癖?」
そう訊ねられ、直江は小さく首を傾げた。ソレとはどれの事だろうか。
「・・・数歩下がって歩くってヤツ」
彼にそう言われ、直江は「あぁ」と苦笑した。
「癖、というか、職業病ですね。エスコートするのが私の仕事なんですよ」
そう言いながら少し歩みを速め、彼よりも先にパン屋のガラス製の扉を開ける。途端にパンの香ばしい香りが中から漂い、彼の顔が僅かに綻んだ。
「どうぞ」
少々大仰な仕草で彼を中へと促す。すると、扉の前で立ち止まった彼が、そんな直江を胡散臭そうな表情を浮かべて見上げてきた。
「お前・・・もしかして、ホストか?」
言われるだろうとは思っていたが、思っていた通りの言葉が返ってきた事に、直江から小さく笑みが零れる。
どうやら直江に興味を持ってくれたらしい。
多くを語らず、多くを尋ねようとしない彼からの質問が少し嬉しかった。
「よく言われますが、残念ながら違いますよ。秘書をやっているんです」
そう答えながら彼の背を軽く押す。そうして直江は、彼と共にパンの香りが満ちる店内へと入った。




いつものバケットと、明日の朝食用に食パンを買って店を出てすぐ。
直江の腕の中、パンの良い香りを漂わせている紙袋を覗き込んだ彼が、パンに紛れて中に入っている小さな瓶を見つけたのだろう。途端に顔を顰めた。
「おい。ジャムは要らないって言っただろ?」
そんな彼に苦笑してみせる。
確かに要らないとは言われた。だが、それは遠慮から出た言葉だろう。
甘いものが好きなのか、彼は色とりどりのジャムが並ぶショーケースの前で、しばらく動かなかったのだ。
そんな子供のような彼の姿を見て、買ってやりたいと思わない人間が居たら見てみたい。
「美味しそうでしたから、少し食べてみたかったんですよ。でも、私一人ではこんなには食べられませんから、あなたも一緒に食べてもらえませんか?」
甘いものは苦手な直江だが、少々苦味のあるマーマレードくらいなら何とか食べられる。
直江にこれ以上甘えるわけにはいかないと思っているのか、何かと遠慮する彼の負担にならないようにとそう告げると、それを聞いた彼が盛大な溜息を吐いてみせた。
「・・・買っちまったモンは仕方ねぇからな。食ってやるよ」
仕方ないという表情をして見せているが、嬉しいのだろう。ジャムの瓶を袋から取り出した彼の口元が緩んでいる。
「ありがとうございます」
そんな彼に礼を言いながら、直江はその瞳を柔らかく細めていた。
多くを語らない彼だが、少しずつ彼の人となりが見えてきている。
口調はぶっきらぼうだが、照れもあるのだろう。少し強情だが、それは遠慮を知っているからだ。過度に甘える事を良しとしない。
今時珍しい程、性格の良い好青年だ。
それに。
彼が時折見せる大人びた表情にドキリとさせられる。憂いている姿を見せられると、どうにかしてやりたいと思ってしまう。
そうやって様々な表情を見せる彼を知れば知るほど惹かれていく。そんな自分を、直江は止めることが出来ずにいた。
手にした瓶を日の光に翳し、嬉しそうな表情を見せている彼に声を掛ける。
「もうすぐお昼ですし、このままランチに行きましょうか。和食と洋食、どちらがいいですか?」
「・・・和食」
直江の問い掛けにそう答えた彼が、ガサガサと音をさせて瓶を袋に戻す。
「今度は奢らせねぇからな」
パン屋で会計する際、金を出すと言った彼を押し留めて奢らせて貰ったのだが、どうやらそれが気に入らなかったらしい。先ほどまでとは違い、ムスッとした表情を浮かべている彼に苦笑する。
「それでは、今度は割り勘で」
そう告げると、彼は満足そうに「よし」と頷いた。
「それならさっさと行こうぜ。歩いたら腹減った」
昼食にはまだ早い時間なのだが、若いからだろう。そんな事を彼が言う。
「大丈夫。店はすぐそこですよ」
笑みを浮かべながらそう告げる。そうして直江は、彼の背に手を沿え促しながら、店の方向へと歩き出した。
「あぁ、そうだ。魚介類が美味しいと評判の店なんですが、大丈夫ですか?」
嫌いだったりアレルギーでもあったら大変だと、隣を歩く彼にそう尋ねる。すると、彼がその瞳を輝かせながら見上げてきた。
「大丈夫どころか、すっげぇ好き」
本当に好きなのだろう。嬉しそうな表情を浮かべる彼を見た直江の顔に、自然と笑みが浮かんだ。
「それは良かった」
彼と過ごす時間が長くなれば長くなるほど、彼を知る機会が増えていく。それが堪らなく嬉しい。
もっと彼の事が知りたい。近付きたい。
そんな事を思う自分に内心苦笑する。
(相当入れあげてるな・・・)
これまで特定の人間に興味を持つ事の無かった直江だが、彼に関しては興味が尽きない。いつまでも見ていたいと思う。
彼がいつまでも側に居てくれたらいい。
余程腹が減っているのか、早くと急かす彼に瞳を眇めながら、直江はそんな事を思っていた。