泣きじゃくるあなたを、カカシが優しく慰めます 4.二人で映画を見て お付き合いを始めたといっても、二人の間で何かが変わるわけではなく。 以前と同じく、話をしたり、途中まで一緒に帰ったり、飲みに行ったりという関係が続いていた。 でも。 カカシから誘うことが多かった飲みに、イルカから誘われるようになった。 イルカがカカシに、嬉しそうな笑みをたくさん見せてくれるようになった。 堂々とイルカに触れるカカシに、恥ずかしそうに、でも嬉しそうにしてくれる。 それだけでカカシは充分だった。 そんな関係がしばらく続いたある日。 任務を終えて受付所にやって来たカカシが、カウンターに座りカカシを見つけて笑みを浮かべたイルカへといつものように報告書を差し出すと、イルカから「映画を一緒に見ませんか?」と誘われた。 「映画、ですか?」 カカシのその言葉に、恥ずかしそうに顔を赤らめたイルカがこくんと頷く。 イルカの可愛らしいその仕草と、初めて恋人らしいデートに誘われた事が嬉しくて。 「いいですよ」 カカシはにっこりと笑みを浮かべてそう返した。 その時のカカシは映画館に映画を見に行くのだと思っていた。 だけど。 (確かに『映画館に』とは言われなかったな・・・) 恥ずかしそうに笑みを浮かべたイルカを目の前にして、カカシは少し困っていた。 イルカと約束した時間にイルカの家に迎えに行くと、寛いだアンダー姿のイルカが出迎えてくれて、「どうぞ」と家に招き入れられた。 あれ?と思っている間に居間へと案内され、イルカがテレビの前に座り込みビデオを手にしたところで、ようやく自分の勘違いに思い至った。 ビデオをセットし終わったイルカが振り返る。 「座って待っていて下さい。飲み物持ってきますけど、お茶でもいいですか?」 その嬉しそうな、どこか恥ずかしそうな笑みを浮かべたイルカに、勘違いしていましたとは言えなくなって。 でも。 思いがけず、ずっと来てみたかったイルカの家に招かれた事に、そして、イルカの家でこうして二人きりになっている事に、カカシは嬉しさと同時に照れを感じてしまった。 「はい。ありがとうございます」 笑みを浮かべてそう言ったカカシに、同じように笑みを返したイルカが台所へと向かうのを見送って。 (まだ口布してて良かった・・・) ベストを脱いで額当てと口布を取り去ると、カカシは火照った頬と緩みきった口元を片手で押さえた。 赤くなった頬をイルカに見られなくて良かった。 こんなに緩みきった顔をイルカに見られなくて良かった。 はぁと安堵のため息を吐くと、カカシはテレビから少し離れた場所、壁の側に二つ並んで置かれていた座布団のうちの一つに胡坐をかいて座った。 側に脱いだベストと額当てを置くカカシのその顔にはもう、さっきまでの赤みはない。 感情をしっかりコントロール出来る忍で本当に良かったと、しみじみ思っていると。 イルカが湯飲みを二つ載せた盆を手に、台所から戻ってきた。 「粗茶ですが・・・」 そんな事を言うイルカに笑みが浮かぶ。 カカシの前、少し日焼けた畳に二人分のお茶を載せた盆を置くと、イルカはテレビの側に行き、リモコンを手にしてカカシの隣にちょこんと正座した。 でも、カカシが手を伸ばしてやっと届くくらいの離れた所。 しかも、わざわざイルカの分の座布団をそこまで移動させて。 「どうしてそんな離れた所に座るの?」 「え・・・っ?いえ、その・・・」 カカシが首を傾げてそう訊ねると、イルカが真っ赤になって俯いた。 「ちょっと近すぎるかな・・・と、思って・・・」 イルカの恥ずかしそうなその表情に、カカシの顔に苦笑が浮かぶ。 「そんな事ないでしょ?ほら、・・・おいで?」 そう言って隣をポンポンと叩くと、イルカがおずおずと近寄ってくる。 「もう少し」 そう言って、カカシは少しだけ近づいてきていたイルカの腰を座布団ごと自分の方へと引き寄せ、互いの身体を密着させた。 途端に、イルカが慌てて離れようとする。 「どうして逃げるの?」 「だってっ、近すぎます・・・っ」 恥ずかしいのか、真っ赤になって、おまけにちょっと涙目にもなってしまっているイルカが、少し可哀想ではあったが。 「だぁめ。恋人でしょ?」 そう言ってイルカの腰にしっかり腕を回し、逃げられないようにした。 「カカシ先生っ」 「ほら、映画見るんでしょ?何見るの?」 涙目で睨んでくるイルカを綺麗に無視し、にっこりと笑みを浮かべてそう訊ねると。 「っ!・・・わんにゃん物語、ですっ」 かぁと赤くなったイルカが、俯きながら悔しそうな声でそう言ってきた。 (ごめんね?) イルカは、カカシが素顔を見せるだけでも見惚れるくらいなのに、笑顔を載せるともっと弱いという事を知っていて、わざと笑みを見せた自分はかなり卑怯だと思う。 卑怯だとは思うが、イルカとの甘い時間を手に入れる為ならどんな卑怯な手でも使いたい。 (せっかく二人きりなんだからね) しっかり腰に腕を回されて、カカシから離れるのを諦めたのか、イルカがリモコンでビデオを再生する。 イルカの腰を抱いたまま流れ始めた映像を見ながら、カカシは少し心配していた。 わんにゃん物語は有名な映画だ。 カカシも見たことはないが、大まかなあらすじは知っていて。 (イルカ先生、泣いたりしないかな・・・) 途中、動物たちが飼い主から引き離されて、何百キロも彷徨い、飼い主を探し求める場面がある。 かなり泣けると有名な映画だから、涙もろいイルカが泣いてしまわないか心配していたら。 動物たちが飼い主から引き離された場面で、隣のイルカが早くもひんと鼻を啜った。 (やっぱり・・・) 横にちらと視線を向ければ、瞳からぽろぽろと零れる涙を、テレビから視線を逸らさず、じっと見つめながら袖で何度も拭うイルカがいて。 側に置いておいた自分のポーチからハンカチを取り出すと、カカシはイルカの手にそれを握らせた。 イルカがカカシをちらと見遣って軽く頭を下げ、カカシのハンカチで涙を拭く。 それを見ながら、カカシはイルカの腰に回していた手を肩に移動させて引き寄せ、自分の体へと凭れさせた。 されるがまま、カカシの肩に素直にこてんと頭を乗せたイルカの髪をよしよしと撫でて、再び映画を見ながら、カカシは幸せを感じていた。 (幸せだ・・・) イルカとこんなに密着したのは初めてで、カカシは今までにない幸せを感じていた。 イルカから伝わるイルカの体温が、カカシの心を暖めていく。 映画が進むにつれてぐずぐずとイルカが鼻を啜る。 そのたびに震えるイルカの肩を優しく擦って慰める。 そんな何気ない事が、カカシには嬉しく思えた。 そして。 涙、涙の映画が終わり、エンドロールが流れ始めると、ハンカチで涙を拭ったイルカがそっとカカシを伺ってきた。 恥ずかしそうに頬を染めて。 それも、カカシのすぐ近くで。 (キス、してもいいかな・・・) イルカの、まだ涙に潤んでいるその瞳に引き寄せられるように顔を寄せると。 少し涙の味がするその唇に、そっとキスをした。 唇を離すと、驚いたような顔でイルカがカカシを見つめてくる。 「イヤだった・・・?」 囁くように訊ねると、真っ赤になったイルカが俯いてしまった。 でも、俯くイルカの結った髪が小さく揺れ、カカシの言葉を否定してくれる。 (あぁ・・・) すごく幸せで。 カカシはふっと笑みを浮かべると。 「イルカ先生・・・?」 愛しい名前を呼んで、俯くイルカの頬に手を沿えそっと上げさせて。 見つめてくる漆黒の瞳を見つめ返しながら。 再びその唇に、今度は少しだけ長いキスをした。 |
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