忍犬は好きですか? 2 その日の夕方。 忙しい時間帯が一段落し、閑散とし始めた受付所のカウンターに頬杖を付いたイルカは、目の前にある書類をぼんやりと眺めながら、はぁと小さく溜息を吐いていた。 今朝のパックンの爆弾発言のお陰で、今日のイルカはずっとこんな状態だ。 その頭の中では、パックンに告げられた事と、パックンたち忍犬の事と、それに、その主人であるカカシの事がぐるぐると回っている。 『カカシがな、おまえさんの事が気になって仕方が無いらしい』 パックンの台詞と共に、カカシの姿を思い浮かべてしまったイルカは、書類を見つめたまま、かぁと赤くなってしまった。 (うわわ・・・っ) 慌てて自分の火照った頬を両手で押さえて、机の上に突っ伏す。 そのままコテンと顔を横に倒して、イルカは火照ったその頬を冷たい机に押し当てた。 そうして考えるのは、もうそろそろ七班の報告書を提出しにやってくるだろうカカシの事だ。 (好き、って事・・・なのかな・・・) カカシが、イルカの事が気になって仕方が無いというのは、カカシが、イルカの事を好きだという事なのだろうか。 カカシの忍犬であるパックンが言うのだから、カカシがイルカの事を気にしているというのは本当なのだろう。 だが、それまでカカシからそんな素振りを見せられた事の無かったイルカは、戸惑ってしまった。 カカシが唯一見せている深い蒼色の瞳は、イルカに興味を持っているような雰囲気を全く見せていなかったからだ。 ともすれば、見る者に冷たい印象を与えるカカシの蒼い瞳。 あの瞳が細められる時、イルカの胸はいつもドキドキと高鳴っていた。 子供たちの事をイルカに話して聞かせてくれる時、カカシの瞳は慈しむように柔らかく変化する。 子供たちの事を大切に思ってくれているのだろう。 それだけじゃない。 その子供たちからの話や、忍犬たちからの話を聞く限り、カカシは子供たちの事を考えて任務内容を組み、その成長をしっかり促してもくれている。 カカシの上忍としての任務内容を見てもとても素晴らしい忍だと分かるから、イルカはそんなカカシをとても尊敬していた。 尊敬に値するその人が、好きな本が手に入らないと里中の本屋をはしごしただとか、寝起きでぼんやりとしている時、箪笥の角で足の指をぶつけてしばらく動かなかっただとか。 そんな、少し微笑ましい部分を毎日聞かされていたら、イルカの中のカカシを尊敬する気持ちが徐々に恋心に変わってしまったとしても、それは仕方のない事だろうとイルカは思う。 カカシの事を思い浮かべたイルカの顔が再度、かぁと真っ赤に染まる。 凄く嬉しいと思った。 好きとまではいかなくても、カカシが自分の事を気にしてくれているというだけでも、イルカは充分嬉しかった。 カカシとそれほど会話は無くても、他人が知らないカカシの事を忍犬たちのお陰で知る事が出来るだけで、イルカは嬉しいと思っていたのだから。 嬉しさから、くふくふと怪しい笑みを小さく浮かべて、熱くなった頬を冷ましていたイルカの首筋に、不意に何か冷たいものが触れる。 「ひゃ・・・っ」 ビクリと身体を揺らし、懐いていた机から慌てて身体を起こすと、イルカの視界に少し眉間に皺を寄せたカカシの姿が入ってきた。 「カカシ先生・・・っ」 「ん。こんにちは、イルカ先生」 「こ、こんにちはっ」 つい先ほどまで考えていたカカシの突然の登場に驚いた。顔が再度真っ赤に染まる。 驚き過ぎて、そのまま動けずにいたイルカだったが、カカシの手に報告書があるのに気付き、 「すみませんっ。お預かりしますっ」 慌ててそう言って、カカシへと手を差し出した。 カカシの報告書を持っていない方の手が、ゆっくりとイルカへ伸ばされる。 (あれ・・・?) 手を差し出した格好のまま少し首を傾げて、自分へと伸ばされるカカシの手をぼんやりと眺めていたイルカは、その手が自らの首筋にヒタと当てられたのを感じた途端。 「・・・ッ!」 その瞳を見開き、ピシリと固まってしまった。 「・・・イルカ先生、もしかして熱があるんじゃないですか?こんな所まで真っ赤だ・・・」 カカシがイルカの首筋に指先を当てている。 先ほど感じた冷たいものはカカシの手だったのだと理解すると同時に、カカシに触れられている部分が、火傷しそうな程に熱くなってくる。 「やっぱり少し熱がある・・・。顔も赤いし、帰った方がいいですよ。・・・ね?」 これ以上ないだろうという程顔を真っ赤に染めたイルカに、カカシが小首を傾げてそう言ってくる。 熱があるなんて気付いていなかった。 言われてみれば、今日のイルカは一日ぼんやりとしていたように思う。 パックンに言われた事やカカシの事をぐるぐると考えているからだと思っていたのだが、どうやらそれだけではなかったようで。 「・・・ねぇ。この人熱があるみたいなんだけど、このまま帰らせちゃってもいいかな?」 固まったままのイルカを余所に、イルカに触れていた手を戻したカカシが、その視線をスイとイルカの隣に座る同僚へと滑らせる。 「は、はいっ。大丈夫ですっ。・・・イルカ、もう帰っていいぞ。後はおれがやっておくから。・・・お前、本当に顔真っ赤だけど大丈夫か・・・?」 同僚から小さな声でそう心配されて、ゆっくりとその同僚を振り向いたイルカは、コクコクと頷いた。 熱は大丈夫だ。元々イルカは身体が丈夫な方だし、多分、熱もそれほど高くはない。 熱は大丈夫なのだが、胸がドキドキし過ぎて痛い。 でも、カカシが心配そうに見つめてくるから、大丈夫だと頷いた。 それなのに。 「・・・ちょっと心配だから、家まで送りますよ。イルカ先生」 カカシからそんな提案をされてしまったイルカは、泣きそうになってしまった。 これ以上カカシと一緒に居たりしたら、イルカの心臓は持たないのではないかと思うくらいに胸が高鳴っている。 でも。 持っていた報告書を同僚へと渡していたカカシが、受理の合間に、まだ固まっているイルカの顔を覗き込んでくる。 「ホントに大丈夫・・・?」 心配そうな表情を浮かべて。 カカシに心配を掛けているのが申し訳ないとは思ったが、心配して貰えてとても嬉しかった。 カカシを見上げてコクンと頷く。 胸は高鳴り過ぎて痛いが、カカシと一緒に帰れる事がイルカには泣きそうなくらいに嬉しかった。 |
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