忍犬は好きですか? 3 早朝の清々しい空気を、肺一杯に吸い込む。ついでにふふと笑みなんかも浮かべてみる。 今朝のイルカはもの凄く機嫌が良い。 昨日カカシに家まで送ってもらう道すがら、カカシとたくさん会話が出来たからだ。 イルカが家に入る直前まで、カカシがイルカに見せていた心配そうな表情を思い出す。 イルカの顔から自然と笑みが消え、その眉尻が少し下がる。 (心配掛けちゃったな・・・) 少しだるさを感じる程度の軽い発熱だったのに、カカシに心配を掛けてしまったのが申し訳なくて、イルカは何度か「もう大丈夫ですから」と伝えようと思ったのだが。 カカシに心配して貰えて一緒に帰れるのが嬉しくて、とうとう最後までそれを言い出す事は出来なかった。 でも、そのお陰でカカシと色んな事を話せた。 子供たちの話が中心だったが、カカシがいつも以上に詳しく話して聞かせてくれて、とても嬉しかったし、楽しかった。 「・・・何じゃ。元気そうじゃないか」 「うわっ」 スッキリとした青空を見上げて、笑ったり落ち込んだりと百面相をしていたイルカは、不意に聞こえてきたその声に驚き、上空に向けていた視線を慌てて足元に向けた。 いつの間にやって来たのか、イルカの足元でパックンが呆れたような顔で見上げてきていた。 忍犬は足音や気配をさせないよう訓練されているから、急に声を掛けられると驚いてしまう。そんなイルカを、毎回、忍犬たちは呆れたように見上げてきたりするのだが。 「あっ、おはよう。・・・って、あれ?今日もパックンなのか?」 「・・・のん気に挨拶なんぞしおって。おまえさんが熱を出したとカカシが言っておったから、心配になって来てみたというのに・・・」 ハァと溜息を吐いていたパックンが、その眉間にいつも以上にくっきりと皺を寄せて見上げてくる。 「・・・熱はどうした」 「あ・・・っと。そんなに高くなかったし、もう大丈夫」 心配掛けてごめんな、と小さく笑みを浮かべて謝ると、そんなイルカにパックンは呆れたような顔で再度溜息を吐いてみせた。 「・・・拙者は構わんが、カカシにあまり心配を掛けるな。おまえさんの事になると煩くてかなわん」 「え・・・っ、そんなに心配してくれてたのか?」 驚いてそう訊ねたイルカに、パックンは「当たり前じゃ」と即答した。 「言ったじゃろうが。カカシは、おまえさんの事が気になって仕方がないんじゃぞ?そのおまえさんが熱なんぞ出した日には、心配で大騒ぎするに決まっておるじゃろうが」 グッタリしてただの、顔が真っ赤だっただのと大騒ぎで大変じゃった。 パックンにうんざりだと言わんばかりの表情でそう言われたイルカは、申し訳ないと思うと同時に、カカシにそんなに心配して貰えていたと思うと嬉しくなった。 (嬉しい・・・) ヘラリと笑みを浮かべてしまったイルカを見て、パックンが盛大な溜息を吐く。 「取り越し苦労じゃったか・・・」 ボソリと呟かれたその台詞の意味がよく分からなくて、「ん?」と訊ね返したイルカに、パックンは「何でもないわい」と、何故か自棄になったような言葉を返した。 その日の午後。 アカデミーでの授業が終わり、受付所にやってきたイルカは、昨日も一緒だった同僚から「熱はもういいのか?」と、開口一番に心配された。 「あぁ、もう大丈夫。そんなに高くなかったしな」 「そうか。頑丈だけが取り得のお前が熱を出すなんて、珍しい事もあるもんだな」 「・・・お前にだけは言われたくないぞ。皆勤のくせに」 互いに軽口を叩き、笑い合いながら同僚の隣に座る。 引継ぎの書類を確認し始めたイルカをもう見る事もせず、書類を纏めていた同僚が「しかし・・・」と口を開いた。 「はたけ上忍、お前に熱があるってよく気付いたよな」 「えっ?」 「結構長い付き合いのおれでさえお前の熱に気付かなかったのに、はたけ上忍、受付所に入って机に懐いてたお前を見た途端、真っ直ぐお前の側に行って熱計ってたから、お前の熱にすぐ気付いたんだろうな」 同僚にそんな事を言われたイルカは、かぁと頬を真っ赤に染めてしまった。 慌てて顔を俯かせ、書類を見ていてそれに気付かなかったらしい同僚にホッとする。 (嬉しい) カカシがイルカの事を気にしてくれている。 その事を他人から改めて教えられて、イルカの胸は幸せな疼きに満たされた。 口元を少し緩めながら受付の準備を始める。 そうして、やってきた報告者へとイルカはいつも以上の笑みを浮かべて見せた。 それから数時間後。 七班の報告書を手にしたカカシが、受付所へとやってきた。 「お疲れ様です、カカシ先生」 「ん。イルカ先生もお疲れ様。・・・もう熱は大丈夫?」 報告書を差し出され、それを受け取りながら見上げるイルカに、カカシが少しだけ心配そうな表情を浮かべてみせる。 そうやってまたカカシが気に掛けてくれたのが嬉しくて、イルカの顔に自然と笑みが浮かんだ。 「はいっ。もう元気です。昨日はありがとうございました」 そう言って深々と頭を下げてみせたイルカに、カカシは「それは良かった」と、安心したような笑みをふわりと浮かべてくれた。 (飲みに誘いたい・・・) 受け取った報告書を受理しながら、そんな事を考える。この機会に、もっとカカシと近付きたいと思った。 もうすぐ交代の時間だし、昨日、家まで送ってもらったお礼と称して、夕飯をというのはどうだろうか。 忍犬たちから聞かされていたカカシの好物である秋刀魚を、美味しく食べさせてくれる定食屋を知っている。そこなら、イルカの給料でも奢る事が出来るし、秋刀魚好きなカカシはきっと喜んでくれる。 「あのっ」 報告書の受理が終わり、いつもなら「結構ですよ」と言って終わりなのだが、終わりにしたくなかったイルカは、勢い込んでカカシを見上げた。 「ん?」 「その・・・。これから、お暇でしたら夕飯を一緒にいかがですか?秋刀魚が美味しい店を知ってるんですが、昨日送ってもらったお礼に俺に奢らせて下さいっ」 「え・・・?」 一気にそう言ったイルカに、カカシが驚いた表情を浮かべてみせる。 (あ・・・っ) その顔を見て、イルカは今更ながらに思い出した。カカシが素顔を隠している人だという事を。 すっかり忘れていた。 食事を共にという事は、素顔を晒さなければならない。 いくらなんでも、それ程親しくないイルカに素顔を晒すのは躊躇うだろう。 そう思ったイルカが、慌てて「すみませんっ」と謝ろうとしたら、その前にカカシがふわりと笑みを浮かべた。 「いいですね。オレ、秋刀魚が大好きなんですよ。・・・でも」 続く言葉は断りの言葉かもしれないと思ったイルカの考えは、杞憂に終わった。 「・・・奢りはナシですよ?昨日のはオレが勝手にやった事なんですから」 ね?と小首を傾げたカカシにそう言われて、イルカはぱぁと顔を綻ばせた。 「はいっ」 カカシと一緒に食事が出来ると思うと、とても嬉しかった。 |
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