夏祭り 4 楽しい時間は過ぎるのが早い。 もう祭りも終わりの時間が近くなり、的屋が撤収し始めた。 「そろそろ終わりですね。境内を見回りして子供達が残っていないか確認したら、監督任務は終了ですから」 子供達に「早く帰れよー」と声をかけて回るイルカにそう言われて、カカシは残念だなと思いながらも頷いた時だった。 「カカシさんじゃありません?」 名前を呼ばれて振り返ると、そこには昔、馴染みだった遊女お付きの芸子がいた。 「雛菊の・・・」 「まぁ。覚えていらしたんですね。しばらく店に来られてないから、私の事なんてもう忘れてるかと。雛菊さんもたいそう淋しがっておいでですよ?」 「あー・・・うん」 媚びるように笑みを浮かべる芸子の言葉に曖昧に答えながら、カカシはちらと後ろにいるイルカを伺った。 少し離れたところからこちらを見ているその顔は無表情で、何を考えているのかは分からない。 何もイルカと一緒の時に、昔の女の知り合いに会わなくてもと思う。 また女にだらしない男だと思われていそうで怖い。 「あんなに通っていらしたのに・・・」 お願いだから、そんな事を今ここで暴露しないで欲しい。通っていたのは確かだが、それは昔の話で、イルカを好きになってからは花街にも行っていないのに。 「身請けされるんじゃないかって噂まであったのに」 続いて出てきた芸子のその言葉に、カカシは突っ伏しそうになった。 身請けなんて話、雛菊の口からも自分の口からも出た覚えは無い。だいたい、雛菊にはカカシの他にも馴染みの客はたくさんいたのだ。 互いに割り切った間柄で、カカシはただ遊んでいただけだというのに、そんな事実と全く違う噂話なんて、今ここで言わなくても。 (アレですかっ。オレが今まで散々女を食いものにしてたから、その罰ですかっ) 本気で好きな人の前で過去の女の話をされて、過去の自分を罵倒してやりたくなってきた。 「雛菊さんの他にいいお人が出来たんじゃないかって噂ですけど、本当ですか?」 本当です。とは言えない。 イルカ本人の前で。 「え・・・っと、まぁ」 笑って誤魔化していると、それまで黙っていたイルカが「カカシ先生」と声をかけてきた。その硬い声に急いで振り返る。 「俺、先に行って見回りをしてきますので」 先ほどと変わらない無表情でそう言って、さっさと歩き始めるイルカに慌てた。 「え、ちょ・・・待って!イルカ先生!」 「カカシさん?」 慌てて追いかけようとするカカシを、芸子が不思議そうに呼び止める。その間にも、イルカは小走りに去っていってしまっている。 「ゴメンね。もう雛菊の所へは行かないって伝えておいて。オレ、好きな人が出来たから」 芸子にそう言い捨てると、イルカの後を追った。 「ちょっと、待って!」 境内の奥にある、人気の無い林の方へと足早に向かうイルカに声をかけるが、止まらないし振り返らない。 「待ってって、イルカ先生!」 イルカの手を掴んだら、「離して下さい!」と振り払われた。 もしかしたら、イルカはカカシの事を嫌ってしまったのかもしれない。そうなのだとしたら、弁解をしなければ。 嫌われるのだけは避けたい。 イルカの手を今度は振り払われないよう強く掴む。途端に「離せ!」と暴れだすイルカの掴んだ手を引いて、こちらを向かせた。 「待ってって言ってるでしょ!」 「俺なんて放っておけばいいでしょうが!さっさと、その身請けしたいくらい惚れてる女の所にでも行けばいいでしょう!?」 ギンと強く睨んで、そう怒鳴るイルカの目に涙が浮かんでいる。それを見たカカシは驚いた。イルカのその言葉にも。 「ちょっ・・・、泣いてるんですか?」 「泣いてませんッ!」 慌てたように浴衣の袖で目を擦るイルカを、カカシは呆然と見つめた。 (なに) イルカのこの反応は一体何なのだろう。 涙を浮かべて、カカシの昔の女に嫉妬しているような台詞。 まるで。 (オレの事、好き、みたいな・・・) まさかと思う。 今まで、イルカがそんな態度を見せた事なんて一度も―――。 「イルカ先生ー。まるでオレの昔の女に嫉妬してるみたいですよ?もしかして、オレに惚れちゃってたりしてー・・・」 からかうように笑みすら浮かべて、絶対にありえないだろう冗談を言ってみたのに。 イルカの事だから、すぐに否定されるだろうと思って言ったのに。 そのイルカが、かぁと赤くなったと思うと、俯いてしまった。カカシの顔から笑みが消える。 うそだろう? 「うそ・・・、ホントに?」 信じられなくて、俯くイルカを覗き込んで尋ねる。 そんなカカシを見て、イルカがきゅっと眉を寄せたと思ったら、ぽろぽろと涙を零し始めた。 「分かってますっ。カカシ先生がいつも俺に可愛いとか言うのは冗談だって!分かってますけど!アンタがいっつも俺を構ってくれるから!冗談でもそんな事言うから!好きになっちゃったんですよ・・・っ!」 その言葉を聞いた時のカカシは、相当間抜けな顔をしていたと思う。 全然相手にされていないと思っていた相手に。 ―――あろうことか、好かれていたなんて。 |
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