終わりなき世の始まりに喜びを 2





ストーブの上に置かれたヤカンが湯気を上げている。
提げて来た酒をイルカへ渡しながら居間へ入ってみると、イルカ愛用の炬燵の上は、さながら正月のようだった。
数の子に昆布巻き、それから、蒲鉾や煮しめ。
少しずつではあるが、小さな炬燵の上に所狭しと置かれたそれらは、おせち料理と言って充分なほどの華やかさを見せており、それを見たカカシの瞳が僅かに見開かれる。
正月らしいのは雑煮だけだろうと思っていたから驚いた。
(もしかして・・・)
早々に帰宅していた事からも窺える。イルカは、カカシからの帰還を知らせる式が届いてすぐ、カカシと共に正月らしい事をしようと、これらの物を急いで準備してくれたのではないだろうか。
「どうぞ。座ってて下さい」
炬燵の上を見つめたまま動きを止めたカカシへと、照れ臭そうに小さく苦笑して見せたイルカがそう言い置き、居間の隣にある台所へと足を向ける。
暖かいストーブに炬燵。おせち料理に、台所でイルカが準備してくれている美味しそうな雑煮。
年末年始の任務の間、雪深い山道を移動する事の多かったカカシが、本当なら今頃と幾度か思い浮かべた光景だ。
まさかこんなにも早く現実になろうとは思っておらず、ベストを脱ぎ、言われた通り炬燵に入るカカシから感慨深い溜息が零れてしまう。
「カカシさん、酒はどうしますか?」
暖かい炬燵布団を首の辺りまで引き上げるカカシへと、台所に居るイルカから声が掛けられる。
「冷えてる方が美味いから。そのままでいいですよ」
「分かりました」
炬燵布団にすっぽりと包まり、普段から丸い背をさらに丸めながらそう答えたカカシの姿が可笑しかったのだろう。酒を準備するイルカが一つ頷いて見せながら、抑えきれないといったような小さな笑みを浮かべた。
盆に二人分の雑煮と酒を載せたイルカが、居間へと戻ってくる。
そうして食事と酒の準備が整った所で、手に持っていた盆を脇に置き、炬燵の側に正座するイルカに深々と頭を下げられた。
「・・・改めて。明けましておめでとうございます、カカシさん。今年も宜しくお願いします」
「・・・っと、おめでとうございます。今年も宜しくお願いします」
イルカらしいキッチリとした挨拶に、慌てて正座し、イルカに習って頭を下げるカカシの口元が僅かに緩む。
正月はとうの昔に過ぎているというのに、新年の挨拶を交わすのは少々面映い。
そう思ったのはカカシだけではなかったのだろう。ゆっくりと顔を上げてみると、イルカの口元にも面映そうな笑みが小さく浮かんでおり、それを見たカカシは、ふと笑みを浮かべていた。
「食べましょうか」
「ん」
ひとしきり笑い合い、イルカのその言葉を合図に再度炬燵へ入る。そうして、炬燵の上に置かれていた箸を取ろうとしたのだが、その途中でカカシの手がピタリと止まった。
(え・・・?)
いつものように向かいに座ると思われていたイルカが、何故かカカシのすぐ隣に座ったのだ。
小さな炬燵だ。足を一本挟んでいるとはいえ、少し身動きするだけでイルカの膝に触れてしまう。
そして、ふわりと漂ってくるのはイルカの甘い香り。
「・・・イルカ先生?」
「はい?」
少々顔を引き攣らせながら、隣のイルカを窺う。
すると、小さく首を傾げたイルカから銚子を差し出された。それを見て、あぁと納得する。
(なんだ・・・)
どうやら少々勘違いしてしまったらしい。
口元に小さく苦笑を浮かべたカカシは、何でもないと一つ首を振った。取ろうとしていた箸ではなく、杯を手に取り、イルカへそれを差し出す。
するとイルカは、掌に収まる小さな杯になみなみと酒を注いでくれた。
イルカが注ぎ終えたところで、手に持っていた杯をひとまず置いたカカシは、イルカが持つ銚子を貸すよう仕草で促した。
「イルカ先生もどうぞ」
「ありがとうございます。いただきます」
受け取った銚子を傾け、カカシも差し出されたイルカの杯になみなみと酒を注いでやる。
イルカ自ら、こんなに近くに座る事なんて滅多に無いから、誘われているのだろうかなんて思ってしまったが、イルカが隣に座ったのは、こうして酒を酌み交わし易いようになのだろう。
(欲求不満だな・・・)
その自覚はある。
任務に向かう前は、三日と空けずイルカを抱き、蜜月を過ごしていたのだ。欲求不満にならない方がおかしいが、それでも、イルカに誘われていると思うなんてどうかしている。
その手の事に関して、イルカはかなりの奥手なのに。
酒を注ぎ終えた銚子を炬燵の上に置き、自らの杯を手に取る。それを掲げて乾杯の合図にしたカカシは、口元に浮かんだ小さな苦笑を隠すように杯を口元に運んだ。




炬燵の上の料理が粗方無くなり、銚子が二本目になった頃。
ふぅと満悦の溜息を小さく吐きながら、手にしていた箸を炬燵の上に置き、代わりに杯を取ろうとしていたカカシの手がピタリと止まった。
「・・・」
視界の端。隣で杯を傾けているイルカが、何も言わず、じぃっとカカシを見つめている事に気付いたからだ。
火傷しそうな程に熱を孕んだ視線だが、まさかと内心苦笑しながら視線を横に滑らせてみると、視線が絡み合った途端、ピクンと肩を震わせたイルカの酒に濡れた唇が僅かに開いた。
口付けて欲しいと言わんばかりに物欲しそうに。
それを見たカカシの深蒼の瞳が僅かに見開かれ、続いて、ふと愛おしそうに細められる。
口元に小さく苦笑を浮かべたカカシは、杯を取ろうとしていた手をイルカへと伸ばした。
「・・・キス、して欲しいの・・・?」
「・・・っ」
イルカの濡れた唇を拭いながら、小さく首を傾けてそう訊ねてみる。すると、物欲しそうな顔をしていると気付いていなかったらしいイルカが、かぁと頬を染めた。見つめるカカシから隠すように急いで顔を俯かせる。
だが、口付けて欲しいと思っていたのは事実だったのだろう。イルカがカカシの問いに対し首を振る事は無かった。
「イルカ先生」
そんなイルカに苦笑を深めたカカシは、イルカの名を呼びながら、暖かいその頬に手を添えた。
「あ・・・」
俯かせている顔を上げさせ、イルカの望み通り、その唇にそっと口付ける。
(やわらかい・・・)
久しぶりに口付けるイルカの唇は柔らかく、そして、欲求不満を抱えるカカシが軽い口付けだけで済ませられる筈も無く。
カカシは、歓迎するかのように薄く開かれていたイルカの唇の中へ、その舌先を忍び込ませていた。