嵐と共に 2





職員室にやってきてすぐ。
電灯のスイッチを数度動かしていたイルカが困った表情を浮かべた。激しい風雨に、どうやら停電になってしまったらしい。
「・・・どうしましょう。点きません」
背後に居るカカシを振り返りそう告げてくるイルカに、カカシは苦笑して見せた。
「停電しちゃったかな。でも大丈夫ですよ。懐中電灯もあるし、暗くても目は利くでしょ?」
カカシがそう告げると、イルカは「そうですね」とホッとしたような笑みを浮かべた。止めていた足を進め、整然と並べられた机の脇を通り抜ける。
それらの机の上には教本などが置かれてあり、アカデミーでの授業を殆ど経験した事のないカカシには物珍しかった。
「どうぞ。こちらです」
先に立って歩いていたイルカが、そう言って振り返る。
職員室の奥。案内されたその更衣室は、中央に長椅子が置かれ、周囲の壁を細長い棚でぐるりと囲まれていた。
その棚の一つから、大き目のタオルと忍服一式を取り出したイルカが、それをカカシへと差し出してくる。
「着替えはこれを」
「ありがと」
礼を言って受け取ったカカシは、さっそく着替えようと中央の長椅子にそれを置いた。水を吸ってしまっている口布を無造作に引き下ろす。
すると、共に着替えるのだろうと思っていたイルカから、思わぬ言葉を告げられた。
「じゃあ、俺は外で待っていますね。着替えが終わったら声を掛けて下さい」
長椅子に懐中電灯を置くイルカがそんな事を言う。それを聞いたカカシは、小さく首を傾げていた。
「どうして?一緒に着替えればいいでしょ?イルカ先生も早く着替えないと、風邪をひいちゃう」
「でも・・・」
階級差を気にしているのだろうか。カカシがそう告げた途端、イルカが躊躇う仕草を見せる。それを見たカカシは、その眉間にくっきりと皺を寄せていた。
イルカの事は、階級を越えた友人だとカカシは思っていたのだが、イルカはそうではないのだろうか。
「階級差を気にしているのなら、それは必要ありませんよ?オレは、あなたの事は友人だと思っていますから」
だが、カカシがそう告げた途端、イルカの顔が辛そうに歪んだ。僅かに唇を噛むイルカが、カカシから隠すように顔を俯かせる。
(え・・・?)
傷付いたような表情を見せるイルカに当惑する。俯いてしまったイルカをそっと覗き込む。
「イルカ先生・・・?」
カカシがそう声を掛けると、慌てたように顔を上げたイルカは、何でもなかったかのように笑みを浮かべて見せた。
「いえっ、何でもありません。・・・そうですね。じゃあ、お言葉に甘えて俺も一緒に」
先ほどの表情と、いつもよりも元気の無いその笑みが気になったが、いつまでも話をしていると本当に風邪を引いてしまう。先に着替えた方がいいだろうと、カカシはもうその事には触れず、自らのベストを脱ぎ始めた。着替え辛いからと手甲も外す。
そうしてアンダーを脱いだ所で、ふと視線を感じたカカシはその手を止めた。
見れば、アンダー姿になったイルカが、顔を拭いていたのかタオルを口元に当てたまま、上半身裸になったカカシをぼんやりと見つめている。
「・・・ん?」
鍛錬を怠った事は無いから身体に自信はあるが、そんなに見つめられるとさすがに恥ずかしい。小さく笑みを浮かべて軽く首を傾げる。
すると、見つめている事に気付いていなかったらしいイルカが、そんなカカシから慌てたように視線を逸らした。
「すみません・・・っ」
そう謝ってくるイルカのその顔が羞恥に染まっている。それに気付いたカカシは、ふと笑みを浮かべていた。
イルカは時折、とてつもなく可愛らしい表情を見せるとカカシは思う。男性であるイルカには失礼な話だろうが、そう見えてしまうのだから仕方が無い。
カカシの中でイルカという存在は、友人と言うよりも、弟か何かに近いのかもしれない。
イルカを見つめながらそんな事を考えていると、そのイルカの頬に張り付いていた黒髪から、新たな水滴が流れ落ちた。
それに気付いたイルカが、手にしたタオルで濡れた首筋を拭う。首を僅かに傾げたイルカの尻尾が揺れ、その先端から次から次へと水が滴り落ちる。
長椅子の上に置かれた懐中電灯の淡い灯りに照らされるイルカのその姿に、しばし視線を奪われる。
あまり見つめているのもおかしいだろうと視線を逸らそうとしたカカシの視界の隅で、イルカの手が動いた。脱ぐつもりなのだろう。その手がアンダーに掛けられ、僅かに引き上げられる。
淡い灯りに浮かび上がったイルカの雨に濡れた肌が見えた瞬間、カカシはその瞳を大きく見開いていた。
(・・・っ)
咄嗟に大股でイルカへと歩み寄り、アンダーを掴んでいるイルカのその手を掴む。それ以上肌が露出しないよう止める。
だが、イルカの雨に濡れてなお温かいその手を掴んだカカシは、イルカの手を掴んだ事を早くも後悔していた。
「・・・あの、カカシさん?」
突然のカカシの行動に驚いたのだろう。体温が上がったのか、雨で消されていたイルカの体臭が強くなり始める。鼻を擽る芳しいその香りに堪らなくなる。
カカシの眉根がきつく引き絞られ、それに気付いたイルカが困惑しているのが分かるが、カカシはそれどころではなかった。
(どういう事だ・・・)
イルカは友人ではなかったのか。弟のような存在ではなかったのか。
そんな相手の肌をほんの少し見ただけで、こんなにも激しい劣情を抱くなど、常軌を逸している。
身の内で湧き起こる劣情を懸命に抑えようとするが、一気に膨れ上がったそれは既に、カカシでさえも抑え切れないほどに大きくなっていた。
(どういう事だ・・・っ)
カカシは今、イルカを抱きたいという衝動に襲われていた。