嵐と共に 3





友人だと、弟のようなものだと思っていたイルカに欲情してしまった。
奥歯を鳴らし、イルカの身体を引き寄せたい衝動を懸命に抑える。だが。
「・・・カカシさん?」
カカシに手を掴まれたままのイルカの瞳が、不安そうに揺れるのを見てしまったカカシは、掴んだその手を引き、その身体を抱き寄せていた。
「カカ・・・っ」
「イヤなら突き飛ばして」
「・・・っ」
驚いた声を上げるイルカを遮り、カカシが短くそう告げた途端、カカシの胸元にイルカの手が置かれた。
そのまま突き飛ばすかと思われたその手は、だが、そうはしなかった。その代わり、カカシの腕の中から逃げ出そうとイルカがその身を捩る。
「止めて下さい・・・っ。俺は友人じゃなかったんですか・・・っ」
イルカのその言葉にカカシは瞳を眇めていた。
確かに、イルカは友人だとカカシは思っていた。つい先ほどまでだ。
だが、カカシはイルカに欲情してしまっている。欲情するなら話は別だ。
カカシはイルカに対し友人として好意を持っているのではなく、そういう対象として好意を持っているのだと、今、この瞬間に初めて気付いた。
今だって。
カカシを突き飛ばす事をしないイルカを、このまま抱いてしまいたい衝動にカカシは襲われている。
突き飛ばさないという事は、イルカはカカシに抱き締められても嫌ではないのだ。抱こうと思えば、抱いてしまえるだろう。
だが、カカシはそれをしたくはなかった。気持ちが通じ合わないうちにそれをしたくはない。身体が目的だなんて思われたくない。
身の内から湧き起こる衝動を鍛えた理性で捻じ込め、カカシは静かに口を開いた。
「・・・ん。さっきまでそう思っていました。でもね・・・?友人だと思っていたあなたに、オレは欲情してしまったんです」
「・・・っ」
正直にそう告げると、カカシのその言葉に息を呑んだイルカの動きが止まった。
「オレを突き飛ばさないあなたを、オレはこのまま抱いてしまいたいと思ってる」
「それは・・・っ」
「分かってます。あなたは優しいから、今のオレとの関係を崩したくないと思ってくれている。そこに付け込む気はありません」
そう言いながら、カカシは腕の中のイルカを見つめた。その瞳を柔らかく細める。
自覚してしまえば、こうして見るイルカの何と可愛らしい事か。
「イルカ先生、オレはどうやらあなたの事が好きらしい。だから、あなたがオレを好きになってくれるまで待ちますよ」
小さく笑みを浮かべてそう告げる。すると、カカシのその告白を聞いたイルカが、きゅっと顔を顰めた。
「そんな・・・っ、そんなの困ります・・・っ」
友人だと思っていた人物から急にそんな告白をされたら、誰だって戸惑うだろう。だが、カカシはもう、イルカを友人として見る事は出来なかった。友人には戻れない。
「ゴメンね?ゆっくりでいいから、オレを好きになって・・・?」
俯いてしまったイルカを抱き締め、その耳元で囁くようにそう願う。すると、イルカがぶんぶんと首を振った。
それは、好きにはなれないという返事かと思ったが、そうではなかった。思いも寄らない言葉がカカシの耳に聞こえてくる。
「これ以上、どうやって好きになれって言うんですか・・・っ」
「え・・・?」
搾り出すようにそう告げたイルカが、カカシの裸の背に手を回す。痛いほどに抱きついてくるイルカの身体が小さく震えている。
「俺はっ!カカシさんの事を友人だと思った事は一度もありません・・・っ」
叫ぶようにそう告げられ、カカシはその瞳を見開いていた。イルカのその言葉が信じられなかった。恋心を自覚した途端、その相手から告白されるなんて。そんな都合の良い事があるだろうか。
だが。
「ずっと・・・っ。ずっとカカシさんの事が好きだったんです・・・っ」
そう言ったイルカが顔をあげ、カカシを見つめてくる。今にも泣き出しそうなその顔を見たカカシは、きつく眉根を寄せ、イルカの雨に濡れた身体を抱き締めていた。
知らなかった。気付いていなかった。
イルカは一体どれだけの間、カカシを好きでいてくれたのだろう。明るいイルカがあんな顔をするくらいだ。かなり苦しんでいたに違いない。
もっと早く伝えてくれていたらと言いかけ、カカシはそれを止めた。
イルカがカカシに恋心を伝えられなかったのは、カカシがイルカの事を友人としてしか見ていなかったからだろう。ただでさえ階級差があるのに、自分の事を友人としてしか見ていない相手に恋心を伝えるのには多大な勇気を必要とする。
イルカに恋心を伝えさせなかったのはカカシだ。
「気付けなくてゴメンね・・・?」
イルカの恋心を気付けなかった事を詫びると、イルカはカカシの肩に目元を当て、小さく首を振ってくれた。そんなイルカが堪らなく愛おしい。
「好きですよ、イルカ先生」
心から告げたカカシのその言葉に、イルカがゆっくりと顔を上げる。
「・・・それに関しては、カカシさんに負ける気がしません」
そんな事を言ったイルカが浮かべた嬉しそうなその笑みは、暗闇の中でもカカシの目にはっきりと映し出された。カカシの顔にふと笑みが浮かぶ。愛おしさから、雨に濡れたままのイルカの黒髪を優しく撫でる。
濡れた忍服を早く着替えさせた方がいい。いくら夏だと言っても風邪をひいてしまう。
そう思うのに、潤んだ瞳で見つめてくるイルカから視線を逸らせない。僅かに開かれているその唇に貪りつきたくて堪らない。
カカシは、イルカの髪を撫でていた手をその頬へと滑らせた。