喧嘩しました 後編 (苦しい・・・) 何だか腹の辺りが重苦しくてイルカは目を覚ました。 「う・・・っく、うぇ・・・っ」 それに、誰かがすすり泣く声も聞こえてきて、その聞き覚えのある声に目を少しだけ開ける。 「ぅ・・・ん・・・?」 辺りは真っ暗で、まだ夜なのだと分かる。 深い眠りに入ったばかりのところを起こされて、頭が働かない。 ごしごしとなかなか開かない目を擦りながら、頭を少し起こして腹を見ると、そこにはふさふさした銀色の髪がゆらゆらと揺れていた。 (カカシ・・・さん?) さっきから聞こえてくるすすり泣く声の主はどうもカカシらしい。 しゃくりあげるたびに揺れる髪にそっと手を伸ばして触れると、びくぅっとカカシの体が震えた。 「イ・・・ルカ、せんせ・・・?」 そろそろと顔を上げたカカシは凄かった。 目には涙をいっぱい溜めて、いつから泣いていたのか目は充血してるし目じりも赤い。 いつもの端正な顔は台無しで、子供のような泣き顔を見せるカカシにイルカは驚くよりも先に、苦笑が浮かんだ。 そんなイルカを見たカカシがくしゃりと顔を歪ませて、新しい涙をその目に浮かべる。 「ごめ・・・なさ・・・っ。ごめ・・・っ」 ひっくひっくと言いながら謝るカカシに、イルカはその頬にそっと手を伸ばして優しく涙を拭う。 だが、拭っても拭っても溢れてくる涙に困ってしまった。綺麗な白い肌が涙で赤くなってしまっている。 「・・・そんなに泣かないで下さい」 「でも・・・っ、オレ・・・がっ悪・・・っ」 「・・・確かにそうですけど。俺も大人気なかったですから、おあいこです」 微笑んで言うイルカに、カカシはぐっと詰まるとその腹にぎゅっと抱きついた。 もう怒ってなさそうなイルカにホッとすると同時に、その優しさにまた涙が出そうになってしまったからだ。 あまり泣くとイルカを困らせてしまう。 一生懸命感情をコントロールして涙を無理やり止めると、その間に体を起こしたイルカをそっと上目遣いで伺う。 「・・・お帰りなさい、カカシさん」 優しく髪を撫でられながら優しい声でそう言われて、カカシの視界に映る3日ぶりに見た、後光さえ射していそうなイルカの笑顔は再び涙で滲んだ。 イルカによしよしと頭を撫でられて、やっとカカシが落ち着いた頃。 「あの・・・イルカせんせ?」 カカシがおずおずとイルカに声をかけた。 「何ですか?」 優しい声に励まされて、怒られるかもしれない事を尋ねる。 「その・・・。何を・・・、怒っていたの?」 その言葉にイルカの眉間に皺が寄る。のと同時にカカシの眉もへにょと下がった。 「ごめんなさい・・・っ」 怒られる前に謝るカカシにイルカははぁと溜息をついた。 その溜息にもびくっと震えるカカシに、怒りが消えてしまう。 上忍で、しかも里一番の技師なんて言われてるカカシが、中忍で、内勤のイルカの言動にびくびくしてるなんて。 そんな姿を見せられて怒り続けられる人がいたら見てみたい。 「俺が何で怒ってたのか分かってないのに謝っていたんですか、あなたは」 「う」 わざと少し低い声で怒ったように言うと、ただでさえ縮こまっているカカシが猫背を丸めてさらに小さくなった。 ぎゅっとイルカの膝の上に乗っている布団を握り締めて泣きそうな顔をしているカカシが、可愛いだなんて。 そう思ってしまう自分はきっと末期なのだろうと、イルカは思う。 医者でも治せない恋の病。 (・・・まぁ、治す気ないけど) 泣きそうな目をしてイルカを伺うカカシをじっと見つめてみる。 すると、そわそわと落ち着きなく視線を泳がせるカカシ。 (可愛いなぁ) 可愛いカカシをもっと見ていたい気もするけど、あまり苛めるのはかわいそうだからこのあたりで勘弁してやろう。 「・・・もう怒ってませんよ」 笑みを浮かべて布団を握り締めるカカシの手に手を添えながら言うと、カカシが「でも・・・っ」と顔を上げた。 「でも!あんなに怒ってた!あんなにあなたを怒らせたオレを・・・、オレは許せないんです」 悪い所は直しますから、ちゃんと教えて下さい。 そう言われて苦笑した。 怒っていた理由は簡単だ。 「おめえ、毎日いってらっしゃいとおかえりなさいのちゅーしてるんだって?」 「・・・はい?」 受付所で半笑いのアスマにそう言われて、イルカは引き攣った笑顔を見せた。 そんな事誰から、なんて聞くのは愚問だろう。 「カカシさん、ですか・・・」 脱力したイルカに、「あたり」と人の悪そうな笑みを浮かべたアスマがさらに言う。 「あいつ、待機所で惚気まくってるぜ」 惚気るのは別にいいのだ。 それだけイルカに惚れてるとカカシが公言しているおかげで、変な虫がカカシに近寄らなくていい。 ただ。 カカシの惚気には、イルカが隠しておきたい恥ずかしい内容も含まれていたから性質が悪い。 だいたい、「いってらっしゃいとおかえりなさいのちゅー」なんてイルカのキャラじゃないのだ。 普段の真面目な聖職者なんていう顔を、カカシの前でだけ頑張って取り外して。 恥ずかしくてもカカシが喜ぶからと、毎日「ちゅー」していたというのに。 秘めておきたい2人の事を、待機所なんて人の多い所で喋ったというのにまず腹が立った。 続いて。 帰ってきたカカシに一言言っておこうとするイルカを無視して「おかえりのちゅー」をせがむカカシに腹が立ち。 怒って拒否したイルカを無理やり押さえつけて、いつもより激しい「ちゅー」をしたうえに、息のあがったイルカを見て「可愛い」なんて言ったカカシにぶち切れた。 カカシがイルカとの事をべらべらと喋らなければ。 イルカの話をちゃんと聞いてくれていれば。 無理やりキスして宥めようとしなければ。 イルカだってカカシを追い出したりしなかったのだ。 そう言ったイルカに、カカシは項垂れた。 やはり全て自分が悪いのだと改めて思う。 イルカが言った事もそうだが、それ以外にも。 居間の卓袱台の上にあったモノ。 それを見た瞬間、カカシは死ぬほど後悔した。 喧嘩をした事ではなく、喧嘩した後、イルカの怒りが収まるまではと今日まで一度も帰ってこなかった事をだ。 卓袱台に乗せられていたものは。 カカシの大好物の秋刀魚の塩焼きに、茄子の味噌汁が一人分ラップされたものだった。 きっとイルカはカカシと喧嘩してからも、こうして毎日カカシの食事を用意してくれていたに違いない。 きっと帰ってくると信じて。 カカシの大好物を用意して仲直りしようとしてくれていたのだ。 しかも。 謝ろうと寝室に飛び込んだカカシの目に入ったものは、カカシの枕を抱えて一人分のスペースを空けて眠るイルカの姿だった。 これが泣かずにいられようか。 馬鹿な自分が情けなくて。こんなにもカカシの事を愛してくれているイルカが愛おし過ぎて。 泣きじゃくるカカシを、イルカは優しく慰めてくれた。 おまけにもう怒ってないなんて何も言わずに許してくれようとした。 「ごめんね・・・?ホントにごめんなさい」 何度だって謝る。自分のした事に対して。イルカの優しさと愛情をこの3日間無碍にしてしまった事に対して。 そして。 「もう謝らないで下さい」 笑ってそう言ってくれるイルカの無償の愛に精一杯の感謝の言葉を伝える。 「ありがとう・・・。許してくれてありがとう。愛してるよ、イルカ先生。愛してる」 ベッドの上に上がり愛おしい体を胸に抱きこんで愛の言葉を告げる。 今回の事で、カカシはさらに深く恋に落ちたのだった。 |
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