寄り添う心 1

2008年カカ誕企画、心が聞こえるの続きになっております。
読まれていない方は、そちらをお読みになってからご覧下さいませ。






イルカには、最近付き合い始めた人がいる。
名をはたけカカシといって、木の葉の里のある火の国どころか、遠くの国にも名を知られた優秀な忍。
1000の技をコピーしたコピー忍者と呼ばれ、左目に写輪眼を宿す最強の忍。
次期火影候補、天才忍者。
色んな言葉で評価されているそんな彼にはもう一つ。
あまり知られてはいないが、人の考えている事が『聞こえる』という特殊な能力がある。


久しぶりにアカデミーに出勤したイルカは、ちょっとつまらないな、なんて思っていた。
やっとアカデミーの子供たちと会えると思って来たのに、その子供たちと一緒に過ごせなくて。
数日前に退院したばかりのイルカは、足が完治していないこともあって、教壇にはまだ立たせられないと教務主任から言われてしまった。
でも、教壇に立つ以外の仕事は、1週間以上休んでいたせいでたっぷりと溜まっていて。
職員室で、テスト用紙を作ったり、答案を採点したり、授業で使うプリントをホチキスで留めたりと、足を使わないで済む仕事をしていた。
(もう歩くくらいなら大丈夫なのに・・・)
まだ走る事は出来ないが、歩くくらいなら痛みは殆ど感じない。
だから、少しくらい授業をしたかった。
イルカはちょっとだけ唇を尖らせて行儀悪く頬杖を付くと、机の上に置いた日誌を開いて目を走らせた。
(楽しそう・・・)
数人の係りの子供たちが帰る前に持ってきたその日誌には、子供たちが今日の出来事をイルカの為にとたくさん書いてくれていて。その楽しそうな内容に、自分がその場にいなかった事がますますつまらないなと思ってしまう。
でも、先生の怒鳴り声がないとさみしいよなんて、隅っこに小さく書いてあるのを見つけたイルカは、ふふと笑みを浮かべた。
それだけで、イルカのちょっと拗ねた心が浮き上がってくる。
(『良く出来ました』のハンコと、花丸までつけちゃおう)
ぺったんとハンコを押して、大サービスにくるくるっと花丸を赤ペンで書くと、イルカも日誌の隅に小さく、先生も怒鳴れなくてさみしいよと書いた。
そうしてぱたんと日誌を閉じたイルカは、ふぅと溜息を一つついて椅子の背もたれに凭れた。
「んんーっ」
さらにひとつ伸びをして、今日一日のデスクワークで凝り固まった肩を解す。
(ちょっと疲れたな・・・)
久しぶりに外出したし、入院中はずっとベッドから降りられなかったから、体が鈍ってしまっているのかもしれない。それに、一日中慣れないデスクワークをしたからか、滅多に感じない疲れを感じてしまった。
もう仕事もこれで終わりだし、そろそろ帰るかと片付けをしていた時だった。
がらりと職員室のドアが開いた。
子供たちはもう帰ってしまっている時間だが、職員はまだ残っているから誰か戻ってきたのだろう。
何故かざわつきだした職員室の中、早く帰りたくて視線も向けなかったイルカの耳に、
「イルカ先生」
と、カカシの声が聞こえてきて驚いた。
慌てて視線をドアに向ければ、そこからひょこと顔を覗かせたカカシがいて。
「カカシ先生っ」
カカシに会えて嬉しくて、イルカの顔に笑みが浮かぶ。
「ちょっといい?話があるんだけど」
どこか真面目な顔をしたカカシに、何かあったのだろうかと笑みを消したイルカは慌てて立ち上がった。
「あ、ゆっくりでいいよ。急ぎじゃないから」
そう言われても、カカシを待たせるわけにはいかないから痛む足を庇いながら、小走りになってしまう。
急いでカカシの元へと行く間、職員室にいた他の先生たちがちらちらと視線をカカシに向けているのが分かって。
(カカシ先生、有名だもんな・・・)
そんなカカシと自分が付き合っていると思うと嬉しくて、にやけそうになる顔をしっかりと引き締めつつカカシの側に行くと、
「走ったらダメでしょ?」
と、真面目な顔をしたままのカカシに小さな声で叱られた。
そのまま廊下へと連れ出されて、人気の無い階段の脇まで連れて行かれる。
「あの、カカシ先生?お話って・・・」
さっきのカカシの真面目な様子から、何か大事な話があるのかもしれないと思ったイルカは、廊下から少し外れた階段の脇の暗い所に入ってやっと立ち止まったカカシに声をかけた。
「大丈夫。そんなに真面目な話じゃありませんよ」
そう言って振り返ったカカシは、口布を下ろしていて。
その端正な顔に笑みも浮かんでいたから、いきなり大好きなその顔を見せられたイルカは、真っ赤になってしまった。
「オレにとっては、とても大事な話ではあるけどね?」
そう言ったカカシが、イルカの赤くなった頬にちゅっと口付けてくる。
「ちょ・・・っ、ここじゃ・・・っ」
ここは校舎内で、今いる場所だって廊下からちょっと入っただけだから、誰が通るか分からなくて。見られたらと思うと恥ずかしくてそう言ったイルカに、カカシは笑みを深くした。
「ん。分かってる。だから、ここでのキスはおしまい」
後でまた、ね?
大好きなカカシにそう言われてしまったイルカは、後でまたと言われたのが嬉しくて。どきどきと高鳴ってきた胸を、きゅっと片手で押さえた。
そんなイルカを見たカカシが苦笑する。
「仕事が終わったって聞こえたから、イルカ先生を迎えに来たんです。疲れただろうし、まだ歩く時痛むでしょ?オレが家まで送ってあげるから」
一緒に帰ろう?
そんな嬉しい事を言ってくれたカカシに、イルカはぱぁと笑みを浮かべて、「はい!」と元気よく返事をすると、帰る準備をするために急いで職員室に戻ろうと踵を返した。
走ろうとしたイルカの手を、カカシの手が取り引き止める。
「こら。走ったらダメだって言ったでしょ?ここでちゃんと待ってるから、ゆっくり準備しておいで」
ね?と心配そうな顔で言われて、反省したイルカはゆっくりと足に負担がかからないよう、でも出来るだけ急いで職員室に戻った。
ドアを開けた途端に、中にいた先生たちが近寄ってくる。特に女性が。
「はたけ上忍、何の用事だったんですか?」
「格好いいわよねー。顔は分からなくても、雰囲気が大人の男って感じで・・・」
「イルカ先生を助けた時も、たった一人で敵を殲滅したって本当?」
口々にカカシの事を訊ねられて、イルカは内心ちょっとだけむっとした。
たぶん、醜い嫉妬心。
カカシへ近づきたいと考えているだろう彼女たちへの嫉妬心。
(カカシ先生は俺のなのっ!)
心の中でそう叫んで、でも、そんな思いは全く顔に出さずに、イルカは興味津々な先生たちに、にっこりと笑みを浮かべて見せた。
「すみません。ちょっと急いでいますので」
そう言って先生たちの輪から抜け出すと、さっさと片付けを済ませて、まだ聞きたがる先生たちを振り切って職員室を出て、走ったらダメとカカシに言われていたけれど、小走りにカカシの元へと戻った。
足が痛かったけれど構わなかった。
「イルカ先生?」
階段の脇から出てきた口布を戻したカカシの顔を見た途端、何故か涙が浮かんだ。
「早く帰りたい・・・っ」
そう言って抱きついたイルカを、カカシは何も言わずに受け止めてくれて。
「しっかり掴まってて」
そうカカシが短く言った後、後ろで印を組む気配がしたと思ったら、もうイルカのアパートの前にいた。
足に負担がかからないように、少し抱き上げられていた体をそっと降ろされても、イルカはカカシから離れられなかった。
離れたくなかった。
そんなイルカの耳元にカカシが小さく声をかける。
「鍵は?」
そう聞かれて、カカシに抱きついたまま、ズボンのポケットの中に入っているそれを取り出そうとしたら、カカシに先に取り出された。
イルカを抱きつかせたまま、カカシが鍵を開け、ドアも開けてくれる。
そのまま何も言わずにイルカをそっと抱き上げたカカシは、玄関の上がり口で互いのサンダルを脱ぐと、躊躇うことなく中へと入った。