寄り添う心 2







カカシがイルカの家にあがったのは初めてだった。
入院中も毎日のようにイルカに会いに来てくれて、退院してからも何かと手土産を持って家まで会いに来てくれたけれど、中にあがってはくれなかったから。
「ベッドはどこ?」
カカシに抱っこされたまま突然そう聞かれて、かぁと頬が熱くなった。
そんなイルカを構う事無く、カカシが教えてもいないのに寝室へと向かい出してしまうから焦ってくる。
今までどれほどイルカが誘ってもあがってくれなかった家に、今日あっさりとあがってくれたのは、離れたくないと思ったイルカを抱く為、なのだろうか。
入院中、気持ちを確かめ合った時に一度だけ触られたけれど、怪我が完治するまではしないとカカシは言っていたのに。
(する、のかな・・・)
そっとカカシを見上げるけれど、下からではその顔の殆どが隠れてしまっているカカシの表情は分からなくて。短い言葉だけで、他に何も言わないカカシが少しだけ怖い。
カカシに触れられるのは嫌じゃない。
それどころか、カカシに好きだと言われたときから、イルカはいつだって少しの不安と期待を胸に、カカシが求めてくれるのを待っているのだ。
でも、そんなイルカの気持ちは知っているだろうに、カカシはあの日以来、イルカに手を出そうとはしなかった。
イルカの事を大切にしてくれる、カカシのそんな気持ちがすごく嬉しかったけど、少しだけ淋しいと思ったのも事実で。
早く治らないかななんて思っていたけれど、いざとなったら少しだけ怖い。
カカシが寝室になっている部屋の襖を無言で開ける。
イルカの視界に、今朝まで寝ていた自分のベッドが入ってきて。
緊張からか心臓がどきどきして、少しだけ体が震えてきてしまった。
そんなイルカを、ベッドにそっと座らせたカカシが、床に膝をついて見上げてくる。
「そんなに緊張しないで。怪我が治るまではしないって言ったでしょ?」
そう言ったカカシが、やっと素顔を見せてくれてホッとした。
そこにはいつもと全く変わらないカカシがいたから。
少し困った表情を浮かべているカカシに、さっきまで感じていたほんの少しの怖さと、アカデミーでの事を思い出したイルカは泣きそうになってしまって、それを隠すために再び抱きついた。
「怖がらせてゴメンね?イルカ先生があんまり可愛くて、一生懸命我慢してた」
あんなに嫉妬したらダメだよ。
優しい声でそう言われて、我慢してたのにちょっとだけ涙が零れてしまった。
すぐにカカシが、トントンと背中を優しく叩いて慰めてくれる。
「だって・・・っ」
「うん」
「すっごいカカシ先生有名だし、格好いいからもてるし・・・っ」
カカシに抱きついたままそう言ったイルカに、カカシがふぅと溜息をついた。
困ったなというカカシのその雰囲気に、困らせてしまったのが申し訳なくてまた涙が溢れそうになってくる。
「あぁ、泣かないでイルカ先生。前にも言ったでしょ?オレはもうあなた以外は目に入らないんだって。この能力を知ってもオレを愛してくれたのはイルカ先生だけだから、オレはあなただけのものなんだよ?」
嫉妬なんて必要ないの。
前にもカカシにそう言われて、イルカ自身もそう思ってはいるけれど、それでも不安は消えてくれなくて。
ちょっとした事で、今みたいに不安になってくる。
(・・・抱かれたら、不安にならないのかな・・・)
身も心もカカシのものになったなら、カカシがイルカのものになってくれたなら、こんなに不安にならなくて済むのかもしれない。
そんな事を考えていたら。
「だから、そんなに可愛い事を考えないでっていつも言ってるでしょ?どれだけオレが我慢してると思ってるの」
カカシが少し怒ったような声でそう言って、ぎゅっと力を込めて抱きしめてきた。
(そんなに我慢しなくていいのに)
いつもそうやって我慢してしまうカカシに、ちょっと意地悪かなと思いつつそう思ったら。
がばと体を引き離したカカシが、「ホント、意地悪な人」と軽く睨んできて。
つい、ぷっと吹き出したイルカに、カカシも怒ったようなその顔をやめて、ふわりと優しい笑みを浮かべてくれた。


泣いちゃったし、久しぶりの仕事で疲れただろうから、とカカシに少し眠るように言われた。
その間に夕飯を準備しておくからと。
眠るつもりはなかったのに、カカシに布団を被せられて、その上からトントンと優しいリズムで叩かれて。ベッドに腰掛けて微笑むカカシの顔を見つめていたら、そんなに疲れていないと思っていたのに、やはり久しぶりの仕事で疲れていたのか、あっさりと眠ってしまっていたようで。
気が付いたら、辺りは真っ暗だしカカシはいないしで、ちょっと不安になった。
でも、それは一瞬。
「起きた?」
と、カカシがすぐに襖を開けて入ってきてくれた。隣の部屋の明かりと同時にいい匂いも入ってくる。
カカシが夕飯を作ってくれたのだろう、美味しそうなその匂いを嗅いだ途端に、イルカの腹がくぅと小さく空腹を訴えてきて、イルカは慌てて腹を押さえた。
(うわっ、恥ずかしい・・・っ)
聞こえてないといいと思ったら、しっかりとカカシにも聞こえていたらしく。というか、そう思った時点でバレてしまっていたらしく、ちらと見ると、カカシが口元を押さえて懸命に笑いを堪えている。
「もう・・・っ」
真っ赤になって睨んでみたら、カカシがやっと笑いを収めてくれた。
「ごめんごめん。イルカ先生があんまり可愛いから・・・っ」
やっと笑いを収めたのに、そう言っている途中で思い出したのか、再び笑い出したカカシに「もういいですっ」と怒ったフリをして。
怒ってないのは分かっているのに、優しいカカシは、
「怒らないで?」
と、ちょっと尖ったイルカの唇にちゅっとキスをしてくれた。
途端に嬉しくなってへへと笑うイルカを見て、カカシも笑みを浮かべてくれる。
「お風呂よりも先にご飯かな?もう出来てるから、あっちで一緒に食べよ?」
そう言ったカカシに、おもむろに抱き上げられてしまったイルカは驚いた。
「ちょ・・・っ、自分で歩けますっ」
懸命に主張してみたけれど、カカシは全く聞く耳を持ってくれず。すぐそこの居間へと抱っこされたまま連れて行かれて、そっと卓袱台の側に降ろされた。
「まだ完治してないんだから、オレと一緒の時くらいは、オレが足になりますよ」
そう言って、再びちゅっとキスされて。
カカシのあまりの甘やかしぶりにイルカが呆然としている間に、カカシは台所へと消えて行ってしまった。
(うわー・・・、カカシ先生ってあんなに恋人に甘い人だったんだ・・・)
基本的に優しい人だとは思っていたが、こんなにも構いたがるカカシは想像していなくて、ちょっと驚いた。
どちらかというと、冷めたイメージがあったから。
こんな風に、じゃれあったり、べたべたとくっついたり出来ないだろうと思っていたから、カカシとべたべたしたいと思っていたイルカとしては凄く嬉しい。
「・・・これだけ構いたいと思ったのは、イルカ先生だけですよ」
そう言いながら、盆を片手にカカシが台所から戻ってくる。
卓袱台の側に座り、美味しそうな料理の乗った皿を盆から卓袱台へと並べながら、小さく笑みを浮かべたカカシが語りだす。
「今まで、イルカ先生ほどオレを愛してくれた人はいなかったからね。いつも、自分の持っている力を知られないように、気を使って付き合っていたから・・・」
皿を並び終えて、空になった盆をコトンと畳に置いたカカシが、イルカを真っ直ぐ見つめてくる。
「だから、あなたはオレの大切な人なの。オレが心から愛せる唯一の人だから、じゃれあったり、べたべたしたり、甘やかしたりしたいんです」
そう言って、今度はふわりと笑みを浮かべたカカシは、本当に幸せそうで綺麗な顔をしていて。
そんな顔をさせる事が出来て嬉しいと、イルカは思った。
カカシが幸せだと、イルカも幸せだから。
「じゃあ、これからいっぱいイチャイチャしましょうねっ!」
カカシの愛読書の題名をちょっと拝借して、ぐぐっと拳を握って力いっぱいそう言ってみたら、驚いた顔をしていたカカシが、ぷっと吹き出した。
「いいですけど。そんな事言うと、あの本に書かれてる事まで実践しちゃいますよ?」
ちょっと悪戯っぽい笑みと共にそう言われて、その顔を見たイルカは、力いっぱい握っていた拳を徐々に下げていってしまった。
「え・・・っと、読んだ事がないのでどんな事なのか分からないんですけど・・・」
18禁の小説だとは聞いているが、内容は読んだ事がないから全く知らないのだ。
自分で言っておきながら、今更ながらどんな事をしなくてはならないのかと不安になってきて、恐々とカカシを伺っていると、ちょいちょいと耳を貸せと仕草で言われて、イルカはカカシの口元に耳を寄せた。
「あのね・・・?」
声を潜めたカカシが、イルカがした事もないような事ばかりを耳元で囁く。
そのあまりの甘くて卑猥な内容に、心臓がどきどきし始めて全身がかぁと熱を持ったように熱くなる。
カカシのそんな囁きを、真っ赤になったり青褪めたりして聞いていたイルカだったが、仕上げとばかりに耳にふぅっと息を吹きかけられて、「ひゃんっ」と変な声を上げて飛び上がってしまい、慌てて耳を押さえて飛び退いた。
「ま、心配しなくても、こんな事はオレも滅多にしませんよ」
真っ赤になって涙目になってしまっているイルカに笑ってそう言うと、何事もなかったかのように「ご飯食べよ?」と箸を差し出してくるカカシを見ながら、ちょっとイルカは嫉妬していた。
(滅多にっていうことは、した事あるんだ・・・)
カカシだって男だし、派手な女性関係はイルカも噂に聞いた事があるから、そういう事をしていない方がおかしい。
こんな涼やかな顔をして、そんな事をしてたんだと、じっとりとした視線をカカシに向けていたら。
「イルカ先生、その辺りはちょっと勘弁して・・・」
本当に弱ったような顔をしたカカシが、ね?と言って誤魔化すように箸を持たせてくる。
さすがのカカシでも、イルカに過去の所業を責められるのはつらいらしい。
その顔を見たイルカは、仕方なく誤魔化されることにした。