寄り添う心 3







「ごちそうさまでした」
ぱんと手を合わせてカカシへとそう言うと、「お粗末さまでした」と笑顔で謙遜された。
今日はデスクワークだけであまり動いていないから、そんなに食べられないのではと思っていたのだけれど。
カカシの手料理はイルカが食べた事のないようなものもあったし、本当に美味しくて、お腹いっぱい食べてしまった。
「本当に美味しかったです」
イルカの感想は食事中にも何度も美味しいと思ったから知っているだろうけど、口にも出して言いたくてカカシにそう言うと、にこと嬉しそうに笑みを浮かべてくれた。
「ん、ありがと。そう言って貰えると作りがいがありますよ」
明日も作ってあげるね?
カカシにそう言われて、イルカはちょっといい事を思いついた。
(今日、泊まって貰おう)
そうしたら、カカシと明日の朝出勤するまで一緒にいられる。
自分のその思いつきに、うんうんと頷いて悦に入っていたイルカだったが、それをカカシに言い出そうとする前に、
「それはダメ」
と、冷たく言われてしまって、泣きそうになった。いい思い付きだと思ったのに。
「どうしてですか」
「今日は食器を洗ったら帰って、明日の朝また迎えに来ますから。それでいいでしょ?」
恋人同士になって間もないし、まだお互いに知らない事だって多い。
だから、イルカはカカシといっぱい話がしたいのに。いっぱい一緒にいたいのに。
カカシは一緒にいたくないのだろうか。
「オレだって一緒にいたいですよ。でもダメ」
再度言われてしまったイルカは、本気で泣きそうになってしまう。
どうしてそんなに拒絶されるのか分からなくて。
(何で・・・っ)
じわりと目に浮かんだ涙を、一生懸命零さないように我慢していたら。
「あぁ、もう・・・」
そう言ったカカシが手を伸ばしてきて、人差し指の背でそっと目じりを拭われた。
大好きなその指の小さな傷が肌に擦れて、ちりと少しだけ引き攣れる。
思わず目を閉じてしまったイルカの目から涙が零れそうになるが、カカシがその前にその涙を唇でそっと吸い取ってくれた。
「こんなに可愛いイルカ先生と一緒にいて、オレが眠れると思う?絶対に、朝まであなたの寝顔を見つめて、もしかしたら、ちょっとイタズラなんかもしちゃうかもしれませんよ?」
イタズラと言われて思い出した。
先ほど耳元で囁かれたカカシの愛読書の内容の中に、恋人が寝ている隙に服を脱がせて、じっくりと隅から隅までその体を見るという、とてつもなく恥ずかしいものがあったのを。
かぁと赤くなってしまったイルカを、カカシがそっと抱き寄せる。
「・・・それはさすがに理性が持たないのでしませんけど。でも、分かって?我慢するの大変なんです」
ちゅっちゅっと目尻や頬っぺたにキスされた後、唇にもしっとりとキスが降ってきた。
「ん・・・」
キスで無理やり誤魔化されてしまった気がしないでもないけれど。
でも、カカシとのキスは大好きだから今はそれに集中しようと、イルカは少しだけ唇を開いてカカシを迎え入れた。


「オレが食器を洗っている間に、お風呂に入っておいで」とカカシから言われたイルカは、お気に入りの広い風呂場で疲れた身体を解していた。
食器を洗ったら、カカシは帰ってしまう。それがとっても淋しい。
鼻のすぐ下まで湯に浸かりながら、イルカは何とかカカシに泊まってもらえないかと考えていた。
(引き止める方法ってないかな・・・)
イルカが今こんな事を考えている事も、心の声が聞こえるカカシには知られているのだろうけれど。
でも、これくらい一緒にいたいのだとカカシに訴えていたら、絆されて泊まってくれないかな、なんて。ちょっとずるい事も考えてしまうくらい一緒にいたい。
するりと両手で湯を掬って、それが手首を流れる様をぼんやりと眺めながら、ああでもないこうでもないと考えていたら。
少しだけ、くらりと頭が霞んだ。
お風呂大好きなイルカは、いつも熱めのお湯に長めに入るのだけれど、今日は少し長湯し過ぎてしまっている。
いい加減に諦めてそろそろ出ようと、湯船から立ち上がったところで再び軽い眩暈に襲われた。
これくらいの眩暈なら、いつもならしっかりと足に力を入れて体勢を整えれば大丈夫なのだが。
今はまだ怪我が完治していないのをすっかり忘れていたイルカは、痛いほうの足にうっかり全体重をかけてしまい。
「・・・っ」
まだ続いていた眩暈と、突然襲ってきた足の痛みに立っていられなくなって体勢を崩し、身体を湯船の外へと投げ出してしまった。
霞んだイルカの視界に、どんどん床のタイルが近づいてくるのが映る。
(ぶつかる・・・っ)
咄嗟に腕を出して体を庇おうとしたら、その前に、バンッと大きな音を立てて開いたドアから、カカシが焦った表情で飛び込んできて。
「イルカ先生ッ!」
イルカが床に叩きつけられる寸前に、イルカの体の下に体を滑り込ませたカカシの、その力強い腕にしっかりと抱きとめられた。
「あ・・・」
体を襲う衝撃を覚悟していた心臓が、痛いくらいどきどきしていて声が出ない。
ほぅと安堵の溜息をついたカカシが、腕の中のそんなイルカに心配そうな顔を向けてくる。
「ぶつけた所はない?大丈夫?」
少し息を乱したカカシにそう訊ねられて、カカシほどの忍が息を乱すほど焦って来てくれたのが、嬉しかった。
緊張からか、喉が少しだけ引き攣れたように感じたけれど、カカシに安心して欲しくて無理やり声を出す。
「・・・あ・・・の、ありがとう、ございました・・・。大丈夫です」
カカシのおかげで、どこにもぶつけずに済んだ。
がちがちになってしまっていた体からふぅっと力を抜くと、カカシもイルカの体を抱き込む腕を緩めてくれた。
と、そこで気づく。
(俺、裸・・・っ)
かぁと、茹ったように真っ赤になってしまったイルカから、カカシが「あー・・・」と言いながら視線を逸らしてくれる。
カカシには一度体を見られているとはいえ、その時だって全裸ではなかったから、今のこの状況がとてつもなく恥ずかしい。
膝を引き寄せながら身体を縮こませて、どうしようと思っていたら。
「よいしょ」
なんて言って、イルカには全く視線を向けないまま、カカシがイルカの体を抱き上げて風呂場から脱衣所へと移動した。
そして、そっと立たされたイルカの体を隠すように、ぱさりと肩にバスタオルが掛けられる。
「じゃ」
イルカを見ないようにしながら、そう短く言って出て行こうとするカカシを、呆然と見送りかけたイルカだったが、カカシのズボンがぐっしょりと濡れているのに気づいて慌てて引き止めた。