寄り添う心 4







「待って・・・っ」
言葉だけでなく、はっしとアンダーの背を掴んで、カカシの動きを止める。
「濡れてるじゃないですか!そのままだと風邪引いちゃいますっ。着替え出しますから」
ついでですから、カカシ先生もうちでお風呂入って下さい。
そう言ったイルカに、カカシは背を向けたまま断ってきた。
「いえ、もう帰ります。これ以上は我慢できそうにない」
我慢、と聞いて、カカシがさっきから言葉少ななのは我慢しているからなのだと、イルカはようやく気づいた。
(また我慢させてる・・・)
イルカだって男だから、我慢するのがどれだけ苦痛かは知っている。
大好きなカカシにそんな思いをさせているのが、すごくつらい。
どうして自分は怪我なんてしてしまったのだろう。
そうは思っても、この怪我だってカカシと気持ちを通じ合わせるのに必要なものだったから、しなければ良かったとは思えなくて。
「カカシ先生・・・」
イルカは、背を向けたままのカカシにそっと近づき、その背にコツンと額を当てた。濡れた髪がカカシのアンダーを少し濡らしてしまうけれど、そうせずにはいられなかった。
「・・・お願いだからオレから離れて、イルカ先生」
脱衣所の戸口の柱を、みしりと音がするほど強く握り締めたカカシがそう言ってきたが、イルカは嫌ですと心の中で告げた。
だって、こんなにもイルカの事を大事にしてくれるカカシと、もっと一緒にいたい。
アンダーを掴んでいた手を離して、力の込められているカカシの背にそっと添える。そして、それをゆっくりと前へと移動させた。
こくりと喉を鳴らしてから、裸の身体でカカシの背へそっと寄り添う。
カカシがせっかくかけてくれたバスタオルが、するりと肩から滑り落ち、微かに音を立てた。
すごくどきどきしている。イルカもだけど、服越しに伝わるカカシの心臓も。
「帰らないで、カカシ先生・・・」
少し震えてしまっている声でそう言って、イルカはきゅっとカカシに抱きついた。
どうか帰らないで。一緒にいて。
だって、イルカはこんなにもカカシの事が好きなのだ。
1年以上も片思いしていた人。
もっとカカシの事を知りたい。一緒にいたい。
だからもし、カカシがしたいというのなら、イルカはそれに応えたい。我慢させるくらいなら、怪我は気にしないでいいから抱いて欲しいと思う。
そして、ずっと一緒にいて欲しい。
頭の中はカカシの事でいっぱいで、カカシはそんなイルカの心の声を聞いているだろうに、身動き一つせず、声すら出してはくれない。
(カカシ先生・・・っ、お願いですから・・・っ)
カカシに回した手を強めて抱きついていると、そんなイルカの手の上にカカシの手が置かれた。
「イルカ先生の気持ちは凄く嬉しいよ。嬉しいけど・・・、やっぱり、怪我しているあなたは抱けないよ」
静かな声でそう言われたイルカは、悲しくなった。
おまけに、カカシに回していた手もそっと剥がされてしまう。
(帰って欲しくないのに・・・)
こんなにお願いしても駄目だなんて。もうどうしたらいいか分からない。
俯いて一歩下がったイルカを、振り返ったカカシが覗き込んでくる。
「でもね、そんなにオレの事を想ってくれるあなたの気持ちには負けたから、今日は泊まりますよ」
苦笑しながらカカシがそう言ってくれて、イルカは嬉しさからぱぁと笑みを浮かべた。
「本当に?泊まってくれるんですか?」
「うん。だから・・・」
カカシが、落ちたバスタオルを拾ってイルカをしっかりと包んでくれる。
「早く服を着て下さい。風邪引いちゃうでしょ?それに・・・」
その格好は、オレには目に毒です。
困ったような顔をしたカカシにそう言われたイルカは、かぁと赤くなりながらカカシが掛けてくれたバスタオルをしっかり掴んで体を隠し、服を着ようと後ろを向いた。
「カカシ先生も早く脱いでお風呂入って下さい。風邪引いてしまいます」
カカシに背を向けたまま、急いで身体を拭き、恥ずかしいと思いつつ下着を穿きながらそう言うと、カカシはちょっとだけ躊躇う気配を見せた。
(・・・?)
どうしたんだろうと後ろを振り返ったイルカの視線の先で、カカシがアンダーの裾に手を掛けるのが見えた。
そうして、思い切りよく脱いだその下から、白い肌としなやかな身体が現れる。それはまるで野生の獣のように無駄のない、とても綺麗な身体。
(うわ・・・、凄く綺麗・・・)
着替えの浴衣と帯を持ったまま、ついついイルカはぽぅと見惚れてしまっていた。
そんなイルカに、苦笑したカカシが近寄ってくる。
「ほら、貸して」
イルカの手から浴衣と帯をするりと抜き取ったカカシが、ちゃんと前を向かせて浴衣の袖にイルカの手を通させる。
そうして、前をしっかりと合わせたと思ったら、帯を片手に抱きついてきた。
(あ・・・)
背中に手が回されて、上半身裸のカカシの胸が一瞬当たったと思ったらすぐに離れていく。
脇から帯が前に伸びてきて、そのままきゅっと蝶々結びに可愛く結ばれた。
「はい、出来た。かわいいよ」
そう言ったカカシに、ちゅっとキスされたイルカはかぁと赤くなってしまった。
いろいろと恥ずかしくて。
カカシに子供のように着替えを手伝って貰ったのも恥ずかしかったし、蝶々結びなんて似合わないだろうに、かわいいなんて言われたのも恥ずかしかった。
そして、なにより。
半裸のカカシに抱きつかれたのが一番恥ずかしかった。
恥ずかしくて、そして、今のイルカは多分。
欲情してる。
だって、体がこんなにも熱くなってる。
皮膚がちりちりと痛いほどに。
「イルカ先生・・・」
真っ赤になって俯いたイルカに、カカシがそっと声を掛ける。
その潜められたその低い声にすら、イルカはどうにかなってしまいそうだった。
(どうしよう・・・収まらない・・・)
ぶると震えたイルカの頭に、カカシがタオルをぱさりと被せた。
「これで髪の毛ちゃんと乾かしておいて。それと、オレの着替えも用意して、ね?」
そう言いながら、カカシがイルカの背をぐいぐいと押して脱衣所から追い出す。
押されるがまま脱衣所を出て振り返ると、カカシは少しだけ笑みを浮かべていた。
でも、その右目は全然笑ってない。イルカを熱い眼差しで射竦める。
「オレが風呂から上がったら・・・、ソレ、収めてあげるから。ちょっとだけ待ってて?」
心臓が、耳に移動したんじゃないかと思うくらい、耳元でがんがん鳴っている。
それなのに、痛いのは胸で。
そこに手を当てて、当たり前だけどそこにはっきりとした鼓動を感じる事にどこかほっとしながら、イルカはこくんと頷いた。
「ん。いい子・・・」
そう言いながらカカシが、脱衣所の戸口に手を掛けて少しだけ体を伸ばしてくる。
イルカの唇にしっとりと唇を合わせた後、少し視線を下げたまま体を戻したカカシはパタンと脱衣所の扉を閉じた。