心が聞こえる 4






『良かった。これでもう少し・・・』

(もう少し・・・?)
「こちらです」とカカシの先に立って案内をするイルカから、それまで聞こえていた『声』が途切れる。
任務続きで疲れが溜まっているからか、『声』が聞こえなくなってしまったようだった。
極限まで疲れが溜まると、『声』は聞こえなくなる。聞こえなくなるのはありがたいが、今は少し残念だとカカシは思った。
(もう少し聞いていたかったのに・・・)
イルカが、受付所を出てすぐのドアをガラリと開ける。
「ここです。毛布持ってきますね」
案内された仮眠室は、ベッドが二つとその間に小さなテーブルが置いてあるだけの狭い質素な部屋だった。棚の中からイルカが毛布を取り出してくれる。
「どうぞ。まだ明け方は冷えますから、使ってください」
「ありがとうございます」
五月に入ったとはいえ朝晩はまだ冷え込む。
ベストを脱いだカカシは、ベッドの一つに腰掛けながらイルカが差し出す暖かそうな毛布をありがたく受け取った。
「それで、何時に起こしに来ればいいですか?」
「そうですね・・・」
自分で起きる自信はあったが、イルカに起こされてみたいと思ったカカシは「じゃあ一時間後に」と告げた。
「分かりました。それでは一時間後にまた来ますので、ゆっくりお休みになってください」
カカシにぴょこんと頭を下げて見せたイルカが、あっさりと仮眠室から出て行ってしまう。
それを見送りながら、カカシは少し淋しさを感じてしまった。
(もうちょっと声が聞きたかったな・・・)
イルカが一緒に居ないのであれば、お言葉に甘えて少しだけ休んでおこう。さすがにここ最近疲れが溜まっていた上に、今日の任務でさらに疲れてしまった。
用心の為にイルカにだけ開けられるよう扉に結界を施すと、カカシは額当てを外してベッドのそばにあったテーブルに置き、口布も下ろした。
(あー・・・疲れた・・・)
さっきのイルカ先生は可愛かったな、なんて事を考えながら履物を脱ぎベッドの上に寝転ぶ。すると、余程疲れていたのかカカシの意識はすぐに途切れていった。



『うわっ!・・・カカシ先生・・・?だよな?どうしよう・・・』

イルカの驚いたような『声』と困惑する『声』、さらに揺らぐ気配がすぐ近くでする。
ちょっとうとうとするだけのつもりだったのだが、思いかけず寝入ってしまっていたらしい。
イルカが入ってきた事に全然気付かなかった。
(寝ちゃったのか・・・)
もう一時間経って、起こしに来てくれたのだろうか。
それにしては、イルカが声をかける様子はない。とりあえず、イルカが声をかけるまではと、カカシは狸寝入りをする事にした。

『綺麗・・・』

溜息のような『声』が聞こえたと同時に、カカシの髪に何かが触れる。
(イルカ先生が触ってる)
最初触れたイルカの手はすぐに離れたが、カカシが目を覚まさないのを見て再度そっと触れてきた。
ゆっくりと髪を梳かすように指を絡ませながら、何度も何度も触れるイルカの暖かい手。

『やっぱり疲れてるのかな、触っても起きない。もう少し寝かせておいてあげたいけど・・・』

イルカの手が離れていく。それを名残惜しいなと思っていたら、声をかけられた。
「カカシ先生、起きてください。時間ですよ」
うっすらと目を開けると、少し頬を赤くしたイルカがカカシを覗き込んでいる。
「・・・あー・・・はい」
むくりと起き上がりながら、カカシはいかにも今起きましたというような声を意図的に出した。
「少しは眠れましたか?」
「えぇ。すっかり寝入ったみたいです。イルカ先生が来たのにも気づきませんでしたよ」
床に足を下ろしてベッドの端に腰掛け、銀髪を掻きながらハハと笑う。すると。
「・・・あのっ」
「はい?」
「すみません。カカシ先生の顔、俺見ちゃったんですけど・・・」
申し訳なさそうな顔で僅かに視線を逸らしたイルカがそう告げてきた。

『ナルトのやつ!タラコ唇だとか出っ歯だとか言ってたのに!・・・凄く綺麗な顔。色も白いなあ・・・』

「あぁ、構いませんよ。イルカ先生なら」
(あいつ、そんな事言ってたのか)
ナルトが自来也との修行から帰ってきたら、きつい修行を与えなければ。イルカに要らぬ事を吹き込んだ罰だ。
「いいんですか?隠してるんじゃ」
「隠してますけど、イルカ先生はこの顔、他言したりはしないでしょ?」

『あ、信頼してくれてる。嬉しいなぁ』

「はい!もちろんです!」
カカシが笑みを浮かべてそう告げると、大きく頷いたイルカの頭でしっぽがぴょこんと揺れた。


「じゃあ、俺は受付の引継ぎがあるのでこれで。今日の任務頑張って下さいね」
「はい。ありがとうございました」
ドアに手を掛けたイルカが笑みを浮かべて頭を下げてくる。ベッドに腰掛けて額当てを付けながら、カカシもイルカへとお礼の言葉と笑みを向けた。
イルカがドアを開けて出て行く後ろ姿を口布を上げながら見送った後、カカシもさて行くかと立ち上がり背伸びをした。
少しの時間だったが、ぐっすりと眠った事で体も頭もすっきりした。
それに。
(たくさんイルカ先生と話せたな)

『カカシ先生といっぱい話せた』

ベストを着込んだカカシがそう考えるのと同時に、もう出て行って姿の見えないイルカの『声』が同じ内容を綴ったものだから、ふふと小さく笑ってしまう。

『いい日になりそうだ』

(オレにとっても、いい日になりそうですよ。イルカ先生)
仮眠室のドアを開ける。そうして朝日が差し込む廊下を歩きながらイルカと同じ事を考え、カカシは笑みを浮かべていた。