心が聞こえる 6 その日は珍しく任務が入らず待機の日だった。 待機というからには待機所にいなければならない。いつ何時、緊急の任務が入るか分からないからだ。 待機所にやって来たカカシは、ソファの一角を陣取ると足を組み、いつものようにポーチから愛読書を取り出した。 カカシにとってこの愛読書は、いつでも手放せない大切なものだ。 上忍待機所は、暗部に所属していたカカシにはあまり馴染みがない。同じ上忍であっても、カカシを良く思わなかったり媚ようとする人間は多いらしく、いろんな『声』が聞こえ始める。 それに気付いたカカシはすぐに意識を本の世界へと潜り込ませた。こうしていると『声』は聞こえなくなる。 里内では寛げる場所を持たないカカシが唯一寛げるのは、こうやって本の世界にいる時だけだった。 本の世界へ入ってからどれくらい経った頃か、見知った気配が近づくのに気づいたカカシは、意識をそこから浮上させた。 「よぉ」 チラと視線を上げると、そこには咥え煙草のアスマと、珈琲が入っているのだろう。良い香りを漂わせるカップを手にした紅がいた。 『珍しいな。ここで会うとは思わなかったぜ』 『珍しいわね。カカシがここにいるなんて』 二人揃って同じ事を考えているのが可笑しくて、つい笑みが浮かぶ。そんなカカシを見た二人が顔を見合わせと思ったら、ハァと同時に溜息をついた。 「やめろよな、それ」 「やめてよね」 苦虫を噛み潰したような顔をして隣に座ったアスマと紅にそう言われ、カカシは「悪いね」と苦笑いしながら一応謝った。 この二人とは長い付き合いになる。 アスマとは暗部時代に知り合った。 任務で何度も組んで相性も良かったし、『声』で人となりも知っていた。そうこうしているうちに、カカシの能力にアスマが気づいた。 カカシがあまりにもアスマや、一緒に任務で組んでいる人間のタイミングにぴったり合わせて援護をしていたからだろう。 他の人間は写輪眼だからと考えていたのに、アスマだけは面と向かって、 「まるで考えてる事が分かるみてえだな」 なんて言ってきた。 隠しているわけでもなかったし、「うん」と返事をしてみたら「そうか」と言ったきり、その後も付き合いは変わらない。 アスマといい仲だった聡い紅が同じく気付かないはずがなく、能力を知っても去らなかったこの二人は、カカシの貴重な友人だ。 カカシに聞こえてくる『声』は相変わらず煩いが、隣に座って窓の外を眺めながら煙草を吸い出したアスマと、珈琲を飲み出した紅が黙り込むと待機所内は静かだった。 どこまで読んでたかなと、微かに音を響かせてページを捲る。それに、アスマの紫煙を吐き出す音が重なった。 「・・・最近、随分と楽しそうじゃねえか」 吐き出しきったアスマが唐突にそう話し掛けてきて、カカシは本に落としていた視線を少しだけ上げた。 『イルカと仲がいいんだって?』 そう『声』で問いかけられ、イルカの名前に危うく反応しそうになったが、カカシは辛うじてぴくりと眉を動かしただけに留めた。 仲が良いのは事実だ。 イルカと飲むのが楽しいと知ってしまって以降、夜間の任務のない日は必ずと言っていいほど飲みに誘っていたから。 「・・・それが何?」 勤めて平静を装ってそう返すと、二人がニヤニヤと人の悪そうな笑みを浮かべ始めた。 「別にー?」 「何でもないよなぁ」 『イルカ先生は特別なのかしらー?』 『おれたちとは滅多に飲みに行かないくせに、イルカとはよく飲みに行ってるんだよなぁ』 二人のそんな『声』に、カカシは眉を僅かに顰めた。 確かに、アスマや紅とは最近飲みに行っていない。だが、その原因はこの二人にあるのだ。 酒豪の二人に付き合って飲んでいたら、朝になってしまうのは分かりきった事だ。任務続きで疲れているのに、朝まで付き合うなんて出来るかと思うカカシが、気配り上手で癒されるイルカを選んでしまうのは仕方のない事だろう。 「新しい友達が出来たの。だからでしょ?」 「・・・おいおい、ただのお友達かよ」 呆れたようなアスマのその口調にいささかムッとして「何よ」と返したが、その後はアスマも紅も、その事には全く触れようとはしなかった。 『声』も意図的に考えないようにしているからか、聞こえてこなくなる。 (イルカ先生は友達でしょうが) 本に視線を戻しながら、カカシは何故か自分に言い聞かせる様にそう考えた。 そうだ友達だ。 最近やっとイルカの遠慮が消えてきて、階級も関係のない友人関係を築き始めているのだ。 その友好関係をもっと深めたいと思うのは当然だろう。 だから、飲みに誘っている。 (・・・それ以外に何がある) 本を読んでいるように見えてその実、思考の海を漂い始めたカカシをアスマと紅が呆れたように横目で見ていたが、カカシは気付かなかった。 * 七月後半にもなると、連日猛暑と言われる気温が続いた。 暑さに弱いカカシは、その暑さにほとほと参っていた。 相変わらず任務は多いし休みは少ない。唯一の救いは、イルカという癒してくれる存在がカカシにはいるという事だろう。 報告書片手に受付所に入る。カカシに気づいて笑みを浮かべたイルカの元に真っ直ぐ向かう。 「イルカ先生、こんにちは。暑いねぇ」 報告書を手渡しながら、うんざりだという顔をしてそう言えば、イルカは苦笑して見せた。 「それ毎回言ってますよ?カカシ先生」 仕方ないなぁと言いたげな表情を浮かべたイルカが、どこか砕けた口調でそう話し掛けてくる。そんな風に他愛無いやり取りが出来るくらい仲良くなれているのが嬉しくなったカカシは、その顔に少々意地悪な笑みを浮かべた。 「あれ?そうでしたっけ。じゃあ、同じく毎回言う台詞は言わない方がいいかな・・・」 顎を掴んで白々しくそんな事を口にすれば、「えぇ!?」という言葉と共にイルカの素直な『声』が飛んでくる。 『嫌だ!誘って欲しい・・・っ!』 イルカの素直すぎるその『声』が可愛らしくて、ふふと抑えきれない笑みが浮かぶ。 「はいはい。ちゃんと言いますよ。飲み、行くでしょ?」 小さく首を傾げてそう訊ねると、カカシのその言葉を待っていたかのように、イルカは「もちろん!」と満面の笑みを浮かべて誘いに乗ってくれた。 |
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