心が聞こえる 10






降り止まない土砂降りの雨が、いっそ哀れなほどにカカシを濡らしていく。銀髪から雫が滴る。
ずぶ濡れになっていつまでも動かないカカシに、パックンがそっと声を掛けてきた。
「大丈夫か」
心配そうに見つめるパックンに気付き、カカシは微かに笑みを返した。
「ん・・・。ありがと。・・・もういいよ」
「辺りを探せば聞こえるかも知れん。・・・諦めるなよ」
小さな声で礼を言ったカカシをそう励まし、パックンは煙を上げて姿を消した。
その後もその場でしばらく動けなかったカカシだったが、後から来ているはずの部隊と合流しなければと、ゆっくりと踵を返した。
人数を揃えて辺りを探索しよう。パックンの言うとおり、諦めるのはまだ早い。
そう思った時だった。

『・・・だ・・・』

(・・・ッ!)
聞こえてきたその『声』に、カカシは足を止めた。木々が覆い茂る周囲をぐるりと見回す。
今、確かに誰かの『声』が聞こえた。微かにだが、確かに。
(落ち着け・・・っ)
焦ろうとする心を、きつく瞳を閉じる事で落ち着かせる。数度深く息を吐き、ゆっくりと意識を集中させる。
違うかもしれない。もしかすると追いついて来た仲間かもしれない。

『・・・っちか・・・。どこに行きやがった、あの野郎っ』

ハッとして目を開けた。
イルカの『声』じゃない。仲間でもない。知らない『声』だ。
だが、カカシの口角が上がった。うっすらと笑みが浮かぶ。
(・・・見つけた)
恐らく、イルカを襲った抜け忍の連中だ。
次々と聞こえ出すイルカを探しているらしい男たちの『声』。
いつもは疎ましいその『声』が、今ほど嬉しいと思ったことはない。足が自然と『声』のする方向へと向かい出す。
この男たちの近くにイルカはいる。生きているのだ。
だが、イルカを探すその前に。カカシにはやらなければならない事がある。イルカを襲った代償は、その命であがなって貰わなければならないだろう。
カカシは徐々に足を速め、『声』がする方向へと眼光鋭く走り出した。
(楽に死ねると思うなよ・・・)
身の内から沸き起こる殺気をカカシはまだだと懸命に抑え、聞こえ続ける『声』に向かって走った。




高い木の枝の上に降り立ち、そこから地面を見下ろす。
下に居る十数名の男たちは、イルカへと繋げてくれた男たちだ。もうすぐイルカに会えると思うと、嬉しさからカカシの口元に僅かに笑みが浮かんだ。
「みぃつけた」
どこか楽しげな色さえ含ませたカカシのその声に、下にいた男たちがバッと振り仰ぐ。
「誰だッ!」

『写輪眼のカカシ・・・っ!?』

その中の一人が発したその『声』に、カカシは「当たりー」と返した。途端に「な・・・ッ」とうろたえた者に視線を合わせ、ニィと笑ってみせる。
「考えてる事が分かるのかっ!?どうして・・・っ!」
そんな事を尋ねてくる男に、カカシは鼻を鳴らすと不敵な笑みを浮かべた。
「オレを倒せたら教えてやるよ。・・・倒せれば、の話だけどねぇ」
カカシのその言葉に男たちがいきり立つ。それらを眺めながら、カカシは男たちの中へと降り立った。
と同時に、それまで抑えていた殺気を開放する。
ドンッと辺りをなぎ払うような風が起こり、空気がビリビリと震える。
その中心にいるカカシは笑みを浮かべたままだ。
「ヒ・・・ッ」
カカシの凍えるような殺気に当てられた男たちがジリと後退く。それを見て、カカシはその顔からスッと笑みを消した。
「仲間に怪我させたオマエらには、地獄を見せてやる。ありがたく思え」
低くそう告げ、額当てをくいと上げる。写輪眼が宿る左目を開けたカカシは、ホルスターからクナイを取り出した。
(もうちょっと待っててね、イルカ先生)
すぐに終わらせるから。すぐに見つけてあげるから。
人数を過信した男たちがいきり立つ。それを見ながら体勢を低くしたカカシは、眼光鋭く男たちへと跳躍した。




大粒だった雨が小降りになり始める。
ふぅと小さく息を吐きながら額当てを元に戻したカカシの周りには、男たちが全員地面に倒れ伏していた。
これでもかという程の苦痛を与えながら倒した為少し時間は掛かってしまったが、これで全員始末した。
後はイルカを見つけなければ。きっとこの近くにいる。
(意識があるといいけど・・・)
意識のない状態だと『声』は聞こえない。
男たちの『声』から、イルカは足に怪我を負っている事が分かっていた。
命に関わるような怪我ではありませんように。
無理に動かず、どこかでじっと隠れてくれていますように。
イルカに怪我を負わせた男にイルカ以上の苦痛を与えながら、カカシはそんな事を祈っていた。
ハァと一つ大きく息を吐き整えると、カカシはスッと目を閉じた。
(イルカ先生・・・あなたの『声』を聞かせて)
視界が閉ざされ、聴覚が鋭くなる。雨が葉に当たるポツポツという音だけが、カカシの耳に響く。
(お願いだから、何か考えて)
聞こえてこない『声』。カカシの心に焦りが生まれる。
焦ろうとするその心を懸命に落ち着かせながら、カカシは意識を集中させた。
(いつもいつも、あんなにオレの事を考えてくれてたでしょう?)
いつだって、イルカはカカシの事を心配してくれているか、想っていてくれていた。
(オレの事を考えて。お願いだから)
お願いだから今、カカシの事を想って欲しい。
そう思った時だった。

『・・・どうしよう・・・誕生日、来週だ。プレゼント、まだ用意してないのに・・・』

そんな、イルカの小さな小さな『声』が聞こえてきた。
ようやく聞けたイルカのその『声』。カカシの身体がふると小さく震える。
こんな状況なのに、いつも通りのイルカの『声』にふと笑みが浮かぶと同時に、安堵からかカカシの閉じた目尻から涙とも雨ともつかないものが流れ落ちた。
(あなたが欲しいと、言いたい・・・)
出来る事なら。許される事なら、プレゼントはイルカがいい。イルカしかいらない。欲しいのは、イルカだけだから。
そっと瞳を開けたカカシは、『声』のした方向へと走り出した。
だが、その前に。
プレゼントにはあなたが欲しいとイルカに告げる前に、イルカにカカシの能力の事を告白しなければ。
もう後悔したくない。
あんな思いをするくらいなら、イルカに能力の事もカカシの気持ちも告げてしまった方がいい。
イルカなら変わらずカカシを愛してくれるかもしれない。
そんな淡い期待をしながら、愛しい『声』のする方向へとカカシは走った。