心が聞こえる 11






カカシへと聞こえてくるイルカの『声』が徐々に大きくなってくる。
イルカが近い。
木々の合間から落ちて来る雨に濡れながら、カカシは『声』のする方向へと急いだ。
濃い雨の匂いに混じり、怪我をしているイルカのものだろう。微かに血臭がし始め、僅かに眉間に皺を寄せる。
うっそうと覆い茂っている木々の枝を伝い進んでいると、少し拓けた場所に出た。地面に降り立つ。
そうしてカカシは、イルカの『声』と血臭がする方向へと足を進めた。
目の前にそびえ立つ、樹齢数百年はありそうな大きな木の根元。そこからイルカの『声』がする。
イルカは上手い隠れ場所を見つけ、隠れてくれていた。
(あの状況で、よくこんな所見つけたねぇ・・・)
どうやら中は洞になっているらしく、雨も凌げていそうだった。
「・・・イルカ先生?」
驚かせないように小さく声を掛けたつもりだったが、中にいるイルカの気配がビクッと揺れた。それに、驚いた『声』も聞こえてくる。

『カカシ先生の声!?嘘、何で!?』

「驚かせてゴメンね?出てこれる?もう大丈夫だから」
苔で滑る木の幹に手を付き、中へとそう声を掛ける。
すると、しばらく躊躇う気配がした後「はい」という声がして、中からイルカがゆっくりと出てきた。
あれほど切望したイルカの姿が見れて嬉しい。抑えきれない嬉しさが、カカシの顔に笑みとして浮かんだ。
だが、痛むのだろう。足を庇っているのが痛々しくて、すぐに眉を顰める。
「怪我、したんでしょ?大丈夫?」
そう言って少し低い位置にいるイルカへと手を差し出す。だが、イルカはカカシのその手を取るのを躊躇った。

『本物・・・、のカカシ先生・・・?』

聞こえてきたイルカのその『声』に、カカシは小さく苦笑していた。
イルカは敵に追われていたのだ。疑うのは無理もないだろう。
「心配しなくても本物のオレですよ」
そんなイルカを安心させる為、カカシは笑みを浮かべてそう告げた。
だが。
イルカはその笑みを見て、安心するどころかさらに不安そうな表情を浮かべてしまった。

『・・・本物?幻じゃない?俺の願望が見せた幻じゃ・・・』

表情だけでなく、聞こえてきたその『声』にも不安の響きが含まれている。
それを聞いたカカシは、激しい自己嫌悪に陥った。
(あぁ、そうか・・・)
つい最近までイルカに見せていたカカシの態度は、それは冷たいものだった。いつだって無表情で、もうどれだけイルカに笑みを向けていないだろう。
それにだ。
カカシはイルカにそんな態度を取らなければならないのが辛く、ここ最近はあからさまにイルカを避けていた。
そんなカカシが助けに来てくれたなんて、信じられなくて当然だ。
幻じゃないだろうか。
そんな風にイルカが疑ってしまう程に酷い態度を取っていた過去の自分を罵倒してやりたい。
(ゴメンね・・・)
心の中でそう謝罪しながら、カカシはその身体をさらに中へと傾けた。イルカの手を取り、その手をしっかり握る。
「大丈夫。本物ですよ」
手を取られたイルカが、カカシの手をじっと見つめてくる。

『本当だ。本物のカカシ先生の指だ・・・。暖かいし、ちゃんと人差し指に傷がある』

イルカの嬉しそうな『声』が聞こえてくる。
そんな所まで見ていて、覚えてくれているイルカが愛しくて切なくなる。
(そんなに愛されてオレは幸せ者ですよ、イルカ先生)
イルカの身体を引き上げながら胸が苦しくなったカカシは、眉根を僅かに寄せ、浮かびそうになる涙を懸命に堪えていた。




イルカの身体をすぐ側にあった木の根に凭れさせる。
そうしてカカシは、急いで医療忍に式を飛ばした。
「すぐに医療忍が来るとは思いますが・・・。ちょっと傷を診せてもらってもいいですか?」
式を見送った後そう告げたカカシのその言葉に、イルカが頷いてくれる。
イルカから『痛い』という『声』が何度も聞こえてきている。怪我が酷いのだとしたら、早めに手当てを始めていた方がいいだろう。
ホルスターからクナイを取り出したカカシは、イルカの側に片膝を付いた。
「ズボン、切りますね」
そう一言断って、カカシはイルカの血が滲むズボンをクナイで切り裂いた。怪我をした箇所を顕にする。
すると、刀傷だろうか。太腿にぱっくりと裂けた傷が現れ、それを見たカカシは眉間に皺を寄せた。
それに、イルカの怪我はそこだけではなかった。捻ったのか、足首も紫色に変色してしまっている。
(これは酷いな・・・)
足首の怪我はどうにもならないが、傷の方なら痛みを和らげる事が出来る。
カカシは腰のポーチに手を伸ばし、そこから暗部時代から愛用している傷薬を取り出した。

『・・・うわ、手当てもしてくれるんだ。どうしよう・・・嬉しい・・・』

そんな事を考えているイルカに小さく笑みを浮かべて見せる。
「これね、よく効くんです。麻酔成分も入ってますから、少しは痛みがなくなると思います。塗っておきますね」
そう言って傷にそっと塗り込める。
途端、眉間に皺を寄せて痛みに耐えるイルカを視界の端に捉えながら、カカシは包帯も取り出しそこに巻いていった。
「これでよし・・・。医療忍が来れば、すぐに痛みはなくなると思いますから。それまで我慢して下さいね」
「はい。ありがとうございました」

『優しいなぁ。やっぱり好きだ・・・』

カカシへと向けられるイルカの想いと、素直なその『声』が少し面映い。
小さく笑みを浮かべると、カカシはイルカの隣に腰を下ろした。