心が聞こえる 12






まだ降り続いている雨をイルカと共に眺める。
「今回は大変でしたね。あなたが行方不明だと聞いた時は、息が止まりかけました」
「え・・・?」

『心配・・・してくれた・・・?』

しないはずがない。
だが、カカシの冷たい態度を見ていたイルカはそれが信じられないのだろう。
カカシはイルカへと視線を向けた。カカシを見つめてくる漆黒の瞳をしっかりと見つめ返す。
信じて欲しい。
カカシはイルカを見つめるその瞳にそんな想いを込めた。
「心配しましたよ、凄く。無事で本当に良かった」
そう。もの凄く心配した。
心臓が押し潰れたかと思うほどの胸の痛みを感じた。息が出来なくなった。
愛しい存在を奪われてしまったのかもしれない。失くしてしまったのかもしれない。
そう思ったら怖かった。
でも今、イルカの『声』を聞き、その存在をこの目で確かめる事が出来て嬉しい。カカシの顔に自然と笑みが浮かんだ。
「その・・・ありがとうございます。心配して下さって・・・」
カカシの笑顔を見たイルカが、真っ赤になって俯く。

『カカシ先生のこんな笑顔、久しぶりに見た・・・』

「それに、助けて頂いた事も。あ、そういえば敵は・・・?」
「あなたたちに怪我を負わせた男たちには、全員、それ相応の対応をさせて頂きました。・・・言ったでしょ?もう大丈夫ですよ」
カカシがわざわざ笑みを消してどこか慇懃すぎる態度で告げたその言葉に、イルカが可笑しそうに笑ってくれる。
やっと見せてくれたその笑顔が嬉しい。カカシも笑みを向けると、内心ホッと安堵の溜息を吐いた。
「しかし・・・、あの状況でよくこんな所を見つけられましたね」
背後にあるイルカが隠れていた洞を見遣りながらそう尋ねると、イルカはハハと恥ずかしそうに笑って頬をかいた。
「たまたまなんです。逃げる途中でこの木の根っこに引っかかってしまって。転がった先がこの中だったんです」

『うわー恥ずかしいなぁ。転んだなんて、呆れられたりしないかな・・・』

足を怪我をしていたのだから転んだ事には呆れはしないが、そう考えるイルカが可愛らしくて笑みが浮かんでしまう。
「でも、おかげで雨にそれほど濡れずにすんだし、敵からも隠れる事が出来たんでしょ?この木に感謝しないと」
そう言って木を見上げると、そんなカカシに倣ってイルカも木を見上げた。
雨を防いでくれている木の葉からぽつぽつと水滴が落ち、そんな二人を微かに濡らす。

『あれ・・・?』

不意に聞こえてきたイルカの『声』。
それに、「ん?」と答えそうになったカカシは慌てて横を向いた。そんなカカシには気付かなかったのだろう。イルカの『声』が続く。

『そういえば、どうしてカカシ先生は俺を見つけられたんだ?』

―――あぁ、気付いてしまった。
その瞬間、カカシは瞳を切なく眇めていた。
イルカと過ごす穏やかな時間。そんな時間を、カカシは自分の保身の為に引き延ばしていた。
いつか必ず来る嵐の前触れに過ぎないその時間を、出来ればいつまでも味わっていたかった。
聡いイルカの事だから、カカシがどうしてイルカを見つけられたのかきっと不思議に思うだろうとは思っていたが、こんなにも早くその時が訪れようとは。

『あ、忍犬・・・?いや、でもこの雨じゃ匂いなんて消えてるはず・・・』

徐々に核心へと近づくイルカの考えに、カカシの胸がざわめき始める。

『どうしてだろ?』

本当に、素直に不思議だと思っている事が分かる。
カカシがイルカの心を聞いているなんて、少しも思っていない『声』。
この『声』が、カカシの能力を知った後も変わらないでいてくれるだろうか。
変わらず、カカシを愛してくれるだろうか。
こんなにもカカシの事を愛してくれているイルカなら、大丈夫かもしれない。
そう期待は募るが、怖い。
過去の辛い出来事がカカシの頭を過ぎる。
だから、カカシはイルカが答えに辿り着くまで待った。
僅かな時間だろうが、もしかするともう聞けなくなるかもしれないイルカの『声』を少しでも長く聞いていたかったから。
カカシが黙り込んだ事に、考える事に集中しているイルカは気づかない。

『写輪眼・・・じゃないよな、白眼じゃないし・・・』

匂いでも眼でもないなら、耳。そう考えるのは自然な流れだった。

『じゃあ、何かが聞こえた、とか・・・?』

ついにイルカが答えに辿り付いてしまう。カカシは一度きつく瞳を閉じると、覚悟を決めた。
「・・・正解。凄いね、イルカ先生」
「え・・・?」
それまで黙り込んでいたカカシが急に口を開いたからだろう。イルカが驚いた表情を向けてくる。

『何・・・?正解って・・・?』

「聞こえる、が正解」
呆けたようにカカシを見ていたイルカが、その言葉に目を見張る。立ち上がりかけて足の痛みに呻く。
慌てて「大丈夫?」と支えようとしたカカシの手は、イルカのその手で遮られた。
「ちょっと待って下さいっ。聞こえるって、まさか、俺の考えている事が・・・ですか?」
「そう」
「・・・ッ」
カカシがあっさりとそう認めると、イルカは絶句してしまった。

『そんな・・・嘘だろう?・・・まさか。まさか、俺の気持ちとかも聞かれて・・・っ』

「聞きました。あなたの気持ちも知ってる」
「な・・・っ」
そう告げるカカシのその表情はどこか冷ややかで、それを見たイルカの顔がサッと青褪めた。