心が聞こえる 13






そんなイルカを見つめるカカシの心の中は今。
浮かべているその表情とは裏腹に、期待と後悔が渦巻き、さながら嵐のようだった。
その漆黒の瞳を見開いて見つめてくるイルカが、次に発する言葉が怖い。
もう告げてしまったというのに、どうして告げたのだと後悔する自分がカカシに罵声を浴びせてくる。
あの素直な『声』を手放すつもりか。
イルカが去ってもいいのか、と。
けれど、もう告げてしまったのだ。もう後戻りは出来ない。
カカシは、イルカが出す答えを聞かなければ。
覚悟なら決めてきた。
イルカがどんな『声』を向けてこようと、カカシのイルカを愛する気持ちは変わらない。
それはイルカだって同じかもしれないではないか。
変わらずカカシを愛してくれるかもしれない。
今までの女たちとイルカはきっと違う。
そう期待していても、今まで愛した女たちの『声』が甦りカカシを恐怖が襲う。

『信じられない』
『気持ち悪い』
『バケモノ』

怖い。
青褪めて、微かに震え出したイルカの口が、そして『声』が。
どんな言葉を向けてくるのか、聞くのが怖い。
「うそ・・・」
イルカが小さく呟く。

『・・・信じられない・・・』

続いてイルカから聞こえたその『声』は、過去に女たちから言われた言葉と同じだった。
カカシの心が抉られる。悲しみに浸される。
(・・・オレは馬鹿か・・・)
少し考えれば分かる事なのに、はっきりとその言葉を聞くまでカカシは気付けなかった。望んでしまった。
イルカなら愛してくれるかもしれない。
変わらず愛してもらえるかもしれない。
傲慢もいいところだ。
こんな能力を持つ限り、自分にそんな望みは決して叶えられるはずがないのに。

『凄いな、はたけ上忍。これだけの人数を一人でやったのか』

不意に聞こえてきた聞き覚えのあるその『声』に、後から来ていた部隊が追いついてきたのだと分かる。
医療忍に飛ばした式で場所は伝えてあるから、ここにもすぐに辿り着くだろう。
その前に、イルカに告げなければ。カカシの気持ちを。
「信じられない気持ちは分かります。あなたの心を聞いていた事、それも・・・申し訳ないと、思っています。・・・でも」
オレもあなたが好きなんです。
そう続けようとしたカカシの言葉を、両耳を押さえて俯いたイルカの『声』が遮った。

『信じられないッ』

同時に、『恥ずかしい』『どうして』『嫌だ』という声が何度も伝わってくる。
羞恥と激高にだろう。赤くなったそのうなじを見て、カカシはそれを告げるのを止めた。告げられなかった。
代わりに、謝罪の言葉を口にする。
「・・・ゴメンね、イルカ先生」

『謝られても、困る・・・っ』

「うん。・・・それでも」
謝らせて。
そう続けようとしたが、カカシはそれも止めた。

『・・・お願い、心を聞かないで・・・っ』

耳を押さえて蹲るイルカが、そんな『声』を向けてきたから。
(胸が痛い・・・)
心の中で何を考えているのか。
そんな事、誰だって知られたくない。

『聞かないで・・・っ』

当たり前だ。
(オレだって・・・)
知りたくない。
あなたが今、何を考えているのかなんて。

―――知りたく、ない。

カカシはゆっくりと立ち上がり、一歩イルカから離れた。仲間の『声』と気配がすぐ近くまで来ている事を確認する。
そうして。
「・・・ゴメンね」
顔を上げないイルカにもう一度だけ謝ると、カカシはイルカに背を向け、逃げるようにその場を後にした。
イルカから次に出てくるだろう言葉を聞きたくなかった。

『気持ち悪い』
『バケモノ』

そんな言葉を、イルカから聞きたくなかった。


雨が降る中、里へと戻りながら。
カカシは血が滴るほどに拳を握り締め、誰の『声』も聞こえて来ない森の中でただ一人慟哭した。
自分の持つこの能力を、この時程捨てたいと強く思った事はなかった。