心が聞こえる 14






イルカが入院した事は、里に戻った翌日には知っていた。
足の傷はカカシの傷薬が効いたのかそれほどでもなかったようだが、足首が捻挫だけではなく骨折もしていたらしく、安静の為に一週間程入院する事になったらしいと、見舞いに行ったアスマと紅から聞かされた。
「あいつ、おまえの事気にしてたぞ」
「見舞いに行かないの?」
二人のそんな言葉に、カカシは曖昧な返事をするしかなかった。
行けるわけがない。あんなにイルカの心を傷つけたのに。
そのイルカに『聞かないで』と言われたのに。
会いに行ったら、また聞いてしまう。聞きたくなくても、聞かないでくれと言われても、カカシの意思に構わずこの能力は『声』を聞かせ続けるのだから。


それから数日間、カカシは再び任務に忙殺される日々を送った。
以前と変わらない任務続きの日々。
変わったのは、あれほど暑かったのがだいぶ和らいで、秋の風が吹き始めた事と、受付所へ行ってもイルカの姿が見れない事。
どれだけ疲れていてもイルカの『声』は聞けない事。
そして今日。一つ年を取った事。


任務を終わらせて報告書も提出すると、カカシは夕方には暇を持て余していた。
誕生日を一緒に過ごしたいと思う人とは会えない。
かといって、代わりに適当に選んだ女と一緒に過ごそうとは思えなかった。
(聞きたい・・・)
誕生日にプレゼントを贈ろうとしてくれていたイルカの『声』が、どうしても聞きたかった。
少しだけ―――。
そう心に決め、カカシはイルカのいる病院へと向かった。
部屋には行けない。病院から少し離れた建物の上にカカシは立った。
キラキラと夕日を反射する病室の窓を少し遠くから眺めながら、イルカの姿を探す。
(いた・・・)
2階の窓。ちょうどサクラが見舞いに来ていて、ベッドに座るイルカと談笑する姿が見えた。
ここからだと遠過ぎて声は聞こえてこないが、『声』なら聞こえる。
意識を集中させると、イルカとサクラの『声』が聞こえてきた。

『サクラもすっかり女性らしくなったなぁ』

(・・・それには同意見ですよ、イルカ先生)
聞こえてきたイルカの『声』に思わず笑みが浮かんだ。相変わらず教え子を優しく慈しむイルカのその『声』が、カカシには随分と懐かしく思えた。

『先生って昔から女っ気なかったけど、今でも見舞いに来る恋人とかいないのかしら・・・』

(好きな人はいたらしいけどね、その人に・・・裏切られたんだよ、サクラ)
そんな自虐的な事を心の中でサクラに返して小さく苦笑する。僅かに浮かんでいたその苦笑も、すぐにかき消えてしまった。
カカシがした事は、裏切った、なんてものじゃないだろう。

『頑張れよ、サクラ』

帰るのだろう。病室を出て行くサクラにイルカがそう『声』をかけているのを聞きながら、カカシはその『声』で充分だと思った。
自分に向けられた『声』ではないが、イルカの『声』が聞けた。
それまで誕生日なんて何とも思っていなかったが、イルカに気に掛けて貰いとても嬉しかった。カカシにとっても特別な日になった。
その特別な日に、遠くからでもイルカの姿を見る事が出来、イルカの『声』が聞けた。
(それで充分だ・・・)
心に暖かいものが満ちる。
これさえあれば耐えられる。
たとえこれから先、イルカともう二度と会う事がなくても。
誕生日にイルカの『声』が聞けただけで充分幸せを貰った。
(さよなら、イルカ先生・・・)
最後に、少し俯いたイルカの姿をその目に焼き付けるかのように見つめる。そうして、帰ろうとカカシが病院に背を向けた時だった。

『今日・・・だよな。誕生日・・・』

聞こえてきたイルカのその『声』に、カカシは足を止めてしまった。

『カカシ先生、どうしてるかな・・・。これも聞こえてたり、するのかな・・・』

だが、その『声』が聞こえた瞬間、カカシは慌てて跳躍した。
急いで病院とは反対の方向へと向かう。
(早くここから離れないと・・・っ)
イルカに『聞かないで』と言われていたのに。
誕生日だからといって、聞いていいわけがない。
聞いてはいけない。イルカをこれ以上傷つけたくない。
病院から急いで離れる。だが。

『会いたい・・・』

背後から聞こえてきたその『声』に、カカシは屋根を伝っていた足を再び止めた。

『カカシ先生に会いたい』

その『声』に泣いてしまいそうになる。顔を歪め、ゆっくり振り返る。
病院の方角を見るが、ここからではもうイルカの姿は見えなかった。

『もし、聞こえているのなら。会いに来て欲しい』

きつく目を閉じ、その『声』に意識を浸す。
(イルカ先生・・・っ)
自分に向けられたその『声』に、カカシの心が震える。

『カカシ先生、あなたに言いたい事があるんです。会いに来て・・・』

その『声』を聞きながら、カカシはゆっくりと病院へと戻り始めた。
たとえイルカの言いたい事が、酷い言葉だったとしても構わなかった。
会いに来て欲しいとイルカが思ってくれた。
誕生日に、遠目での姿だけでなく。そして、『声』だけでなく。
イルカに会える。
それだけで、カカシは充分幸せだった。