愛しき猫 3 『毛並みが以前より良くなっていて、良いものを与えて下さっているのだと分かります。しばらく来なかったので心配していたのですが、そちらの居心地が良かったからなのでしょうね』 もう返事は書かなくてもいいかとも思ったのだが、手紙の人ともう少し手紙のやり取りがしたくて、そう返事を書いて猫の組紐に折り込んでみた。 すると。 『そんな事はないと思いますよ。こちらにずっと居続けるわけではなく、フラリと出て行くので、そちらも居心地が良いのでしょう。こちらに来るときは、いつも石鹸の良い香りがします』 一週間後くらいにやってきた猫と共にそんな返事の手紙が来て、嬉しかったイルカはその手紙を手に、くふくふと怪しい笑みを浮かべてしまった。 (文通してるみたいだ) 手紙の文章がだんだんと長くなっていっている。 猫と言う共通の話題を通じて、手紙の人と文通をしているようで楽しい。 手紙の人が、嫌がる事無く返事をくれるのも嬉しかった。 『この子、猫のくせに風呂が大好きなんです。来るときは必ず一緒に風呂に入っています。そちらでは入りたがりませんか?』 今度はちょっとだけ返事を望む手紙を送る。 返事がくるといいなと思いながらしばらく過ごしていると、猫が再び返事の手紙を届けてくれた。 『そうなんですか?時々は入りますが、嫌がることが多いので風呂好きだとは知りませんでした。どうしてうちでは入りたがらないのかな・・・』 手紙の人の少し落ち込んだようなその手紙の内容に、イルカはちょっと慌てた。 「お前、なんであっちで風呂に入りたがらないんだよ」 座布団の上で丸くなって眠っている猫にそう聞いてみるが、猫が答えられるはずもなく。 イルカにチラと視線だけ向けて再び眠り始めた猫を、むぅと軽く睨みつけながら、どうしてだろうと考えて、そういえばと心当たりに思い至った。 その事を手紙の人に教えてあげようと、急いで返事の手紙を書く。 『私と一緒で熱めの風呂が好きなんです。温めだと寒いらしくて。熱めが苦手でなければ、試してみて下さい』 そう書いた手紙をさっそく組紐に折り込む。 そして。 「熱めにして下さいって書いておいたから、あっちでもちゃんと風呂に入るんだぞ」 イルカは眠っていた猫をわざわざ抱き上げて起こし、迷惑そうな顔をしている猫に視線を合わせてそう言い聞かせた。 それから猫はイルカの手紙を付けたまま、しばらくの間イルカの家に滞在した。 手紙の人に早く手紙を届けて欲しかったが、気紛れな猫の配達だから仕方のない事で。 イルカがじりじりと焦れ始めた頃、やっと猫がふらりといなくなった。 猫がいなくなった事を初めて喜んで、再びやってくるのを今か今かと待ち続け。 そうして、前回の手紙から約一ヶ月ぶりに、返事を携えた猫がやってきた。 『手紙、久しぶりですね。熱い風呂で試してみました。本当に熱い風呂が好きなんですね。あんまり気持ち良さそうにしてるので、つい長湯し過ぎてのぼせるところでした』 そんな事が手紙に書いてあって、それを読むイルカの頬が緩んだ。 その情景が思い浮かぶようだと思った。 わざわざイルカに教えられた事を試してみてくれて、さらにはその結果をきちんとイルカに報告してくれる手紙の人の心遣いがとても嬉しい。 猫の世話をしてくれて、イルカの手紙の返事もしてくれる手紙の人は、とても優しい人なのだろう。 誰かも分からない手紙の人。 (どんな人なんだろう・・・) 手紙を胸に、手紙の人に想いを馳せる。 猫がやってくるのが以前よりも待ち遠しい。 最近は、猫が元気かどうか確認するよりも前に、組紐の手紙を確認するようになってきてしまった。 手紙が変わっていないとガッカリするし、変わっていると喜び勇んで手紙を読む。 男なのか女なのかも分からない手紙の人に、イルカは少しずつ好意を持ち始めていた。 そんな手紙のやりとりが一年近く続いていたある春の日。 ずっと気にかけていた教え子たちの初任務があり、受付所で子供たちの上忍師から報告書を受け取ったイルカは、そこに書かれた文字を見た途端、しばらくその文字に釘付けになった。 (似てる・・・?) 手紙の人の少し特徴のある筆跡に良く似た文字。 もう何度も見た手紙の人の文字に凄く良く似た文字が目の前にある。 文字から外れたがらない視線を無理やり外して、そろそろと上げる。 「ん?不備でもありました?」 目の前に立って少し首を傾げているその人は、はたけカカシといって、里一番と言われるほどの凄い忍。 手紙の人と似た筆跡で書かれているこの報告書を書いたのは、カカシなのだろうか。 それを確かめたいけれど、カカシは中忍であるイルカがおいそれと声を掛けられるような人ではなくて。 「いえっ、大丈夫です。お疲れ様でした」 「ん、ありがと」 唯一見えている深い蒼色の瞳を弓なりに細めてそう言って、くるりと踵を返して受付所を後にするカカシの少し丸まった背中を、イルカはたくさんの質問を胸にただ見送るしか出来なかった。 |
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