愛しき猫 4






それからというもの、イルカはカカシが気になって気になって仕方がなくなった。
目の前に差し出された報告書を食い入るように見つめる。
(やっぱり似てる・・・)
比べていないから同じだとは言い切れないが、何度も読み返した手紙の文字と報告書に書かれた文字はとてもよく似ていると思う。
聞いてもいいものだろうか。
この報告書を書いたのはカカシ本人かと。
ちらと目の前に立っているカカシを伺うと、ん?と首を傾げて少しだけ笑みを浮かべてくれる。
その優しそうな笑みに励まされたような気がしたイルカは、勇気を振り絞って声を掛けてみることにした。
「あの・・・っ」
「はい」
「この報告書なんですが、カカシ先生が書かれた・・・んです、よね?」
「はい、そうですよ。・・・って、あれ?何か不備がありました?」
あっさりとイルカの気になって仕方の無かった事に答えをくれたカカシが、ひょいと腰を屈めてイルカの手に持った報告書を覗き込んでくる。
「っ!いえっ、大丈夫です!お疲れ様でしたっ!」
カカシとの距離が突然近くなった事に驚いたイルカは、慌てていたから、とてつもなく大きな声でそう言ってしまい。
目の前のカカシが驚いた表情を浮かべ、それだけではなく、周りの視線をも一身に集めてしまった。
(うわ・・・っ、恥ずかしい・・・っ!)
かぁと真っ赤になったイルカに、目の前のカカシがふっと笑みを浮かべて少しだけ近づき、その体で周りの視線からイルカを隠してくれる。
そうして。
「・・・ん。ありがと」
そう言って、あまりの羞恥に俯いてしまったイルカの頭を、ポンポンと優しく撫でてくれた。


自分のあまりの慌てぶりに、どっぷりと落ち込んでいたその日の夕方。
猫がいつものように手紙を携えてやってきた。
待ち望んでいたその手紙に、イルカの落ち込んでいた心が一気に浮上する。

『ちょっと環境が変わって忙しくなり、疲れが溜まり始めていますが、あなたの手紙を読むと疲れも吹き飛んでしまいます』

書かれている字が、やっぱりカカシの字と似てる気がすると思いつつ、笑みさえ浮かべて読み進めていたイルカだったのだが、疲れが溜まり始めているというその内容に、途端にイルカの眉間に皺が寄る。
「大丈夫かな・・・」
読み終わった手紙を卓袱台の上に置いて、胡坐をかいたイルカの足の上で寝ている猫をそっと撫でる。
イルカは会った事のない手紙の人に、この猫は会っている。その姿を見て、触ってもらい、その声も聞いているのだ。
疲れた表情も、もしかしたら見ているのかもしれない。
「なぁ。大丈夫なのか・・・?」
猫に聞いても答えが返ってくるはずないとは分かっているが、それでも聞かずにはいられなかった。
疲れが溜まり始めているという手紙の人が心配で堪らなかった。

『大丈夫ですか?無理はされないで下さいね。この子があなたを癒してくれているといいのですが・・・。季節の変わり目ですし、体調に気をつけて下さいね』

そんな手紙の人を気遣う手紙を書いて、猫の組紐に折り込んだ。
そうして、猫の身体を抱き上げ、きゅっと抱き締める。
(伝わるといい)
イルカがこんなにも心配しているという事が、猫を通じて手紙の人に伝わるといいと思った。
手紙の人が触れるだろう猫に、たくさん触れて自分の気持ちを込める。
そうして。
「あの人の事、ちゃんと癒してくれよ・・・?」
小さな猫の額に額をこつんと合わせ、猫の深い深い蒼の瞳を覗き込んで、そう頼み込んだ。


それからしばらくしてやってきた返事の手紙は、イルカをとても嬉しくさせるものだった。
猫をいつものように膝の上に乗せ、手紙を読む。

『心遣いありがとうございます。あなたからの手紙に癒されていますよ。それに、この子から漂うあなたの所の石鹸の匂いを嗅ぐと、とても暖かい気持ちになれます。だいぶ暖かくなってきて、過ごしやすくなってきましたね』

癒されているという手紙の人の言葉に、手紙と猫に込めたイルカの気持ちが伝わったような気がして嬉しくなる。
(俺だって・・・)
膝の上の猫を抱き上げ、その身体から僅かに漂うイルカの家の石鹸とは違う石鹸の香りを嗅ぐ。
イルカだって、猫から漂う手紙の人の所の石鹸の香りに胸が暖かくなっているのだ。
以前、風呂に関する助言をしてからというもの、猫はあちらでもちゃんと風呂に入るようになったのか、毎回いい香りをさせている。
それがとても嬉しい。

『最近、本当に暖かくなってきましたね。この子も暖かいからすぐに眠くなるのか、うちに来ても寝てばかりいます。でも、飯が出来るとすぐに起きるので、食い意地が張ってるなといつも笑ってしまいます。そちらでもそうですか?』

そして、こんな他愛無い話題を書いたイルカの手紙にも。

『うちでもよくソファで腹を出して無防備に寝てますよ。食事の時間になるとすぐに起きるのは、そちらでも同じなんですね。食事も本当によく食べるので、少し心配しているところなのですが・・・。そちらでは食事に何を与えていますか?』

そんな他愛無い話題を返してくれる、優しい手紙の人。
(誰なんだろう・・・)
最近のイルカは、手紙の人が誰なのか、気になって仕方がなくなっていた。
手紙の人と似た文字を書くカカシと出会ってからは特に。
もしかすると、手紙の人はカカシなのかもしれない。
カカシの書いた報告書の文字を、イルカは相変わらず食い入るように見てしまっているのだが、そんなイルカを不審がる事もなく、カカシは毎回「不備はない?」と優しく訊ねてくれるのだ。
唯一見えている優しそうな深い蒼色の瞳。
あの瞳に視線を向けられると、とてもドキドキする。
この人が手紙の人だったら嬉しい。
最近のイルカは、受付所に報告にやってきたカカシに笑みを向けられるたび、そんな事を思っていた。