心からの祝福を 3






重厚な門扉に、イルカの荒い息遣いが僅かに反響する。
西門に到着したイルカは、まだ荒い息を吐きながら門の外を不安を抱えて見つめていた。
「カカシさんは大丈夫なのかな・・・?」
まだ到着しないカカシをまだかまだかと待ちながら肩のパックンにそう訊ねると、大きな溜息が返ってきた。
「怪我はそれほどでもないがな・・・。チャクラ切れ寸前のくせに、おまえさんに早く知らせたいと拙者を呼び出しおったから、しばらくは動けんじゃろう」
それを聞いたイルカはきゅっと眉根を寄せていた。
やはりカカシは、イルカの誕生日に間に合わせようと無理をしたのだ。
イルカの胸を後悔が襲う。
カカシに無理をさせたのはきっとイルカだ。
あんなに楽しみにしていた。誕生日はいつも淋しかったなんて思ってしまった。カカシに祝って欲しいと思った。
カカシにだけ届く『声』で、イルカは毎日のようにそれを伝えていた。
イルカは、そうと気付かない内にカカシに無理を強いていたのではないだろうか。押し付けていたのではないだろうか。
(ごめんなさい・・・っ)
無理をさせてごめんなさい。押し付けたりしてごめんなさい。
掌をきつく握り締め、そろそろ姿が見えるだろうカカシに届く『声』でそう謝るイルカの瞳にじわりと涙が浮かぶ。
泣いては駄目だ、泣くんじゃない。自分にそう言い聞かせながら、浮かんだ涙を忍服の袖でごしごしと拭ったその時だった。
「イルカ、戻ってきたぞ」
聞こえてきたパックンのその声にハッとした。急いで顔を上げ、遠くへ目を凝らす。
小さい影が見えたと思ったら、それがどんどん大きくなってくる。その姿がカカシとアスマだとはっきり視認出来た途端、イルカは堪らず門から飛び出していた。
「カカシさん!」
側に駆け寄り、アスマの手に支えられているカカシの顔を急いで覗き込むが、いつも柔らかな色を湛えてイルカを見つめてくる蒼い瞳は閉じられていた。それを見たイルカの眉根が不安からきゅっと寄る。
「カカシさん?カカシさんっ」
声や『声』で懸命に呼びかけているのに反応がない。そんなに酷い怪我なのだろうか。イルカの瞳に再びじわりと涙が浮かび始める。
「カカシさん・・・ッ!」
「落ち着けイルカ。命に別状は無い。気を失ってるだけだ。少々怪我はしてるがな」
涙目でカカシの身体を揺さぶろうとしていたイルカに、アスマがそう告げてくる。
(そうだ!病院・・・っ)
その言葉に、綱手に言われていた事をようやく思い出したイルカは、アスマを急いで見上げた。
「綱手様が病院でお待ち下さっています!カカシさんを早く・・・っ」
「分かった」
一つ頷いたアスマが、カカシを抱え直し病院へと向かいだす。
その後を追いながら、イルカは心配で胸が張り裂けそうだった。




暗い病室内に月明かりが差し込む。
ベッドの側に椅子をそっと置いたイルカは、そこに座り、ベッドの上で眠るカカシを見つめた。ゆっくりと手を伸ばし、月と同じ色を湛える髪にその指を絡ませ梳いていく。
(良かった・・・)
カカシの怪我はイルカが思っていたほど酷いものではなかった。
ただ、ここ数日間寝る間を惜しんで奔走していた事と、チャクラ切れに陥る寸前まで急激にチャクラを使用した事で、意識を失ってしまったらしい。
カカシを診てくれた綱手に、少し休めば目を覚ますだろうと言われホッとした。
―――時間を掛ければ、こんなボロボロにはならなかったんだがな。止めるのも聞かずに一人で突っ込みやがった。
カカシを病院まで運んでくれたアスマが、火の点いていない煙草を口に咥えて弄びながらそう教えてくれた。
イルカの誕生日がある。どうしてもその日までに帰還したい。
カカシは、友人で副隊長だったアスマや紅にそう零していたらしい。
任務中ずっと惚気られて辟易したと苦笑したアスマにそう言われ、イルカは嬉しいのと恥ずかしいのとで、まともにお礼も言えなかった。
(後でちゃんとお礼言わなきゃな・・・)
カカシが無事だったのは、アスマや紅が援護してくれたお陰だろう。それに、残って後始末を引き受けてくれたらしい紅にも、きちんとお礼を言わなければ。
そして、無理をして帰ってきてくれたカカシにも。
少し疲れた顔をして眠るカカシをこうして見つめていると、一年前の出来事が思い浮かぶ。
あの時も五月で、まだ少し夜は冷える時期だった。
疲れた顔に笑みを浮かべて帰還したカカシが心配で、イルカは受付所の仮眠室で仮眠を取る事を勧めた。
随分としつこく勧めた記憶がある。カカシも困っただろう。けれど。
過度の親切は逆に迷惑だとそう思ったイルカが謝ると、カカシは笑みを浮かべて了承してくれた。
―――これでもう少しカカシ先生と一緒に居られる。
その当時、既にカカシに恋心を抱いていたイルカはそんな事を考えていたりしたのだが、イルカが気付けるくらい疲れた顔をしていたその時のカカシに、その『声』は聞こえていなかったのだろう。
それから一時間後。カカシを起こしに行った仮眠室で、イルカはカカシの素顔を初めて知った。
白い肌と銀髪がとても綺麗で、イルカは自分でも気付かない内にその手を伸ばしていた。
その時のようにゆっくりと、カカシの銀色に輝く髪を梳く。
月明かりに浮かび上がるカカシの寝顔を見つめるイルカの瞳が、沸き起こる恋情から切なく眇められる。
(好き・・・)
叶うことのない片恋だとずっと思っていた。カカシに気持ちを伝えるつもりはなかった。伝えられるはずがなかった。
カカシは里の誉れと言われるほどの素晴らしい忍だ。階級だって違う。
イルカはただ、僅かな時を共に居られるだけで良かった。飲みに誘ってもらえるのが嬉しかった。一緒に酒を呑み、他愛ない話で笑い合えるだけで充分だった。
それが、イルカの『声』という思わぬ形でカカシへと気持ちが伝わり、嫌われてしまったのだろうと思っていたのに思いがけず成就された。
今では一緒に生活までしている。こんなに近くにいる。触れられる。
カカシを愛す事が出来、そして、カカシに愛されている。
(こんな幸せがずっと続けばいい・・・)
そっと立ち上がり、眠るカカシの口布に手を伸ばす。
イルカは、その口布を下ろしながらゆっくりと顔を近づけると、その唇にそっと口付けを落とした。