心からの祝福を 4 少し休めば目を覚ますと綱手に言われていたが、カカシが目を覚ましたのはイルカの誕生日前日だった。 カカシの病室へと向かうイルカの頬が赤い。 目覚めたとの知らせを受け、じりじりしながらその日の仕事をようやく終えたイルカが、夕刻病院へやってきてすぐだった。 以前イルカが入院していた時に顔馴染みになった看護師から、丸二日眠っていたカカシの第一声は「今日は何日ッ!?」で、第二声は「良かった、イルカ先生の誕生日に間に合った・・・」だったと病院中の噂ですよと笑みと共に教えられ、イルカはあまりの羞恥に泣くかと思った。 カカシはイルカとの仲を隠す事をしない。以前はそうでもなかったのだが、最近は言いふらしているような気さえする。 カカシの友人であるアスマと紅には早々にカカシが伝えたと言っていたし、火影である綱手も伝えてはいないが知ってますとカカシは言っていた。 多分、この病院の職員にも既に知られているのだろう。カカシの言動などから、二人の仲を知っている人はここの他にもたくさんいるに違いない。 (もう・・・っ、すっごく恥ずかしかったんですからねっ!) 病室まで待ちきれず、心の中でカカシにそう叫びながら歩いていると、そのカカシの病室から誰かが出てくるのに気付いた。 イルカよりも少し年上だろうか。落ち着いた雰囲気の女性だ。すらりとした体型はとても魅力的で、綺麗な長い栗色の髪を高い位置でひとつに纏めたその姿は、活発そうな印象をイルカに与えた。 イルカが見た事のない人だ。という事は、恐らく忍ではないのだろう。 柔らかな笑みを浮かべたその人が、病室の中に向かって軽く手を振った後、イルカの方へと歩いてくる。 (誰だろう・・・。綺麗な人だな・・・) すれ違った女性の後姿を見送り、ちょっと嫉妬心を抱えながら病室のドアを開けると。 「・・・ああいう女性が好みなんですか、イルカ先生・・・」 枕を背にし、ベッドの上で上体を起こしたカカシから、じっとりとした視線とそんなおどろおどろしい声が向けられてしまった。 「あ・・・」 口布をしていて顔色は分からなかったけれど、元気そうなカカシのその姿を見た途端、イルカの眉根がきゅっと寄った。いつもと変わらないその姿に涙が溢れそうになってしまう。 大丈夫だと綱手には言われていた。けれど、なかなか目覚めないカカシが心配で堪らなかった。 カカシが眠っていた二日間、イルカは時間があればここに来ていた。カカシの髪を梳き、カカシの名をそっと呼んだ。声でも『声』でも。 イルカのその呼びかけにカカシが応えてくれないのが淋しくて堪らなかった。 カカシがふと苦笑を浮かべる。おいでおいでと仕草でイルカを呼ぶ。 それに操られるように側に行くと、ベッドの上から見上げてくるカカシにそっと手を取られた。 「心配掛けてゴメンね・・・?」 その言葉を聞いたイルカの瞳から、耐えられず涙が溢れ出す。 (カカシさんっ、カカシさん・・・っ) 声にはなりそうにない。だから、『声』で何度もカカシの名前を呼ぶ。 「・・・うん。ただいま、イルカ先生」 そう応えてくれたカカシにそっと手を引かれ、イルカの背中に優しい手が回される。抱き締められる。 その優しくて力強い腕に、カカシの無事をようやく確かに感じる事が出来たイルカは、カカシの身体に抱き付き、声を押し殺してしばらく泣いた。 ベッドの端。 「ん・・・」 カカシの側に腰掛けさせられたイルカは、口布を下ろしたカカシに口付けられていた。 ゆっくりと口付けを解いたカカシが、優しい笑みを湛えて見つめてくる。その指先が涙の残っていたイルカの頬をそっと撫でる。 「・・・もう大丈夫?」 そう言われて初めて、涙が止まっているのに気付いたイルカは羞恥に顔を染めた。「はい」と小さく頷く。 イルカの涙が止まらなくなると、カカシはよくこうして口付けてくる。突然の事に驚いてしまうからなのかは分からないが、大抵その口付けでイルカの涙は止まってしまう。 激しくは無い。泣いている子供をあやすような優しい口付けなのだが、それをされると自分が子供のように思えて少し恥ずかしい。 (うー・・・) イルカがちょっと拗ねていると、ふと笑みを浮かべたカカシがイルカの少し膨らんだ頬を突いてきた。 「ゴメンね。でも、もうそろそろオレの診察の時間らしいから。こんなに可愛いイルカ先生の泣き顔は誰にも見せたくないもの」 カカシのその独占したいというような言葉が嬉しい。一気に浮上したイルカは、口元に面映く笑みを浮かべるとベッドから腰を上げた。診察があるのならイルカは帰った方がいいだろう。 「じゃあ、俺はそろそろ・・・」 帰ります。 というイルカの言葉は、カカシの「ダメ」という言葉に遮られた。離れようとしていたイルカの手をカカシが取る。 「今日はココに泊まって?」 「え・・・?でも・・・」 告げられたカカシのその言葉にイルカは困ってしまった。 この病院は完全介護だ。付き添いは余程の事が無い限り認められていない。 カカシが運ばれた初日は、心配だったイルカが無理を言って付き添いをさせてもらったが、それ以降は面会の時間ギリギリまで眠るカカシの側に居て、それから一人きりの部屋に帰っていた。 カカシはもう目覚めて元気だし、付き添いの許可はきっと下りないだろう。 「じゃあ、許可が下りたら泊まっていってくれる?今夜だけでいいから」 イルカの手を握るカカシの手が少し強められる。迷うイルカをカカシが見上げてくる。 「ね?お願い。明日はイルカ先生の誕生日でしょ?あなたの誕生日をどうしても一緒に迎えたいんです」 その言葉にイルカは小さく苦笑していた。 イルカだってそうだ。こんな事になってしまい殆ど諦めかけていたが、出来ることなら誕生日をカカシと共に迎えたい。 それに、大好きなカカシにそうお願いされてしまっては断れなかった。 「・・・許可が下りたら、ですよ?駄目だったら諦めて下さいね」 「ん、分かった」 イルカのその言葉に、本当に嬉しそうな笑みを浮かべたカカシがイルカの手を引いてくる。 「ありがと、イルカ先生」 カカシと共に誕生日を迎えられるかもしれない。 再び引き寄せられたカカシの腕の中、イルカは許可が下りるといいなと思った。 |
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