正しい犬のしつけ方 7






「・・・貰って?お詫びのつもりなんです」
お詫びというカカシのその言葉に、見返りを求められるのではないのだと安心はしたが、それでも高すぎるそのお詫びに、やはり気が引ける。
「頂けませんって」
膝に置かれた高級弁当を丁重に返そうとしたイルカに、へにょと眉尻を下げたカカシが、再度「貰って?お願い」と言って来る。
垂れた犬耳がセットになって。
(う・・・)
カカシのその表情に滅法弱いイルカが、それを見て強くつき返す事が出来るはずもなく。
「・・・分かりました」
しぶしぶといった表情で、膝の上に高級弁当を戻した。
それを見て、カカシが「よかった」と笑みを浮かべる。
カカシには迷惑そうな顔をして見せたが、とても美味しい弁当が予期せず食べられる事になって嬉しくて、さっそく風呂敷を解いているイルカのその頬が緩み始める。
自分でも気づかないうちにニコニコと笑みを浮かべていたらしく、風呂敷を解いて出てきた漆塗りの高そうな器を満面の笑みでパカと開けた所で、隣でニコニコと嬉しそうな笑みを浮かべて見つめてくるカカシに気づいた。
慌てて笑みを消す。
「・・・頂きます」
「はい、どうぞ」
カカシに貰ったのだからと、そう告げて。
綺麗に巻かれた出汁巻き玉子をさっそく箸で取り、口いっぱいにほおばった。
途端に広がる卵と出汁の甘みに、顔が再度緩む。
「美味し?」
口の中がいっぱいで、声が出せないからこくんと頷いた。
そんなイルカに、カカシが唯一見えている右目を弓なりに細くして、笑みを深くする。
「あ、そうだ。ねえ、イルカ先生。コレ、オレが食べてもいい?」
「ぐ・・・っ!?」
イルカの弁当を掲げたカカシにそう訊ねられて、口いっぱいに入っていた玉子焼きを慌てて飲み込もうとしたイルカは、まんまとそれを喉に詰まらせた。
ゲホゲホと咳き込むイルカに、カカシが慌てて背中を叩いてくれる。
(お茶・・・っ)
苦しみながら水筒に手を伸ばそうとしているイルカに気づいたカカシが、水筒からお茶を注いで差し出してくれる。
ごくごくとそれを飲んで、喉に詰まった玉子焼きを流し込むと。
「駄目ですよっ」
涙目になりながらカカシにそう言った。
イルカの弁当は、自分が食べると思っていたから、昨日のおかずの残りの煮物だったり、焦げた玉子焼きだったり、今イルカが食べている高級弁当とは程遠い、適当に作ったものなのだ。
そんなものを、上忍であるカカシに食べさせるなんて気が引ける。
それなのに。
「でも・・・、それじゃ、オレ、お昼抜きになるんですけど・・・」
小首を傾げたカカシが困った顔でそう言ってくる。もちろん、犬耳付きで。
「う・・・」
カカシに貰った高級弁当は、もうイルカが箸をつけてしまったし、カカシはどうやらイルカにくれた一個しか買ってきていないらしいから、他に食べるものがないのだろう。
里の重要な戦力であるカカシに、イルカが弁当を食べさせなかった為に力が出なくて任務失敗したなんて事になると困るから、仕方なく、本当に仕方なくしぶしぶ了承した。
「・・・いいですけど。多分、口に合いませんよ?」
「大丈夫だよ。イルカ先生が作ったものなら、きっと美味しいから」
嬉しそうにイルカの弁当を開けたカカシがそう言ってくる。何の根拠もないのに。
「頂きます」
「・・・どうぞ」
高級弁当の、さわらの味醂干しを口に運びながら、イルカに笑みを向けるカカシにそう言って。
これまで誰かに手料理を食べさせた事のなかったイルカは、カカシの食べた時の反応が気になって、横目でその様子を伺った。
ちょっと焦げた玉子焼きをカカシが口元に運ぶ。
口布をしたままのカカシに、口布取らないのかなと思って見ていると、口布の手前で玉子焼きが不意に消えた。
(あれ?)
と思ったら、もぐもぐと咀嚼している。
(速・・・っ)
口布を取った所を目で追えなかった。
その速さに、やはり素晴らしい忍なのだと感心する。
「ん。やっぱり美味しい」
「・・・口布、取らないんですか?」
玉子焼きを飲み込んだらしいカカシの、美味しいというその感想にホッとしつつ、口布を取らずに食事するカカシにそう訊ねてみると。
「顔、誰かに見られると困るから」
と、苦笑が帰ってきた。
「困るって・・・。俺には見られてますけど・・・?」
「あぁ、イルカ先生はいいの」
どうして?
そう訊ねたかったけれど、聞けなかった。
カカシが、イルカは特別と言ったように聞こえて恥ずかしくて。
ちょっと赤くなった頬を隠すように俯いて高級弁当を突いていると、カカシがつんつんとイルカのベストを引っ張ってきた。
「イルカせんせ」
「何ですか?」
「あの・・・、キス、していい?」
ちょっと困った顔でカカシがそんな事を言ってきた。
「・・・もうしないんじゃなかったんですか?」
たっぷりと間を空けて、冷たい声と表情でそう言ったイルカに、カカシが「うっ」と詰まる。
昨日、もうしないと言ったくせに再びイルカに手を出したカカシに、今度は気を失わなかったイルカは最後に鉄拳を下したのだ。
カカシは上忍なのだから中忍のイルカの拳くらい軽く避けられたはずなのに、少しは悪いと思っていたのか、それを甘んじて受けたのだが。
手加減なしのイルカのゲンコツはかなり痛かったらしく、しばらくの間、頭を抱えて動かなかった。
その時に「もうしません」と誓ったのに。
「またゲンコツしましょうか?」
はぁーと握りこぶしを作って息を吐きかけるイルカを見て、カカシがガバリと両手で頭を抱えて首を竦める。
その時の痛みを思い出したのか、イルカを伺ってくるその瞳はちょっと涙目だ。
「でも、あの・・・。キスだけでも、ダメ?」
本当に困ったように、再度カカシが聞いてくる。
「ホントは、触りたいんだけど・・・」
「だ・・・っ」
「ダメ、でしょ?」
駄目だとイルカが言う前に、カカシが言う。ちょっと淋しそうな目で。
(ずるい・・・)
そんな淋しそうな瞳で見つめられると、その姿が捨てられた仔犬のように見えてしまうイルカは強く出られなくなる。
「キスだけ、なら・・・」
アカデミーの中庭なんて、誰に見られるか分からない所で身体を触られたりしたら困るから。快楽に弱いイルカは抵抗出来なくなってしまうから。
思いっきり妥協して、仕方なくそう告げた。
キスしていいなんて言ってしまったのが恥ずかしくて、真っ赤になって俯くイルカの肩に、カカシの手が置かれる。
「こっち向いて・・・?」
その囁くような低い声に、そっと顔を上げると。
いつの間に口布を下ろしたのか、すぐ近くにカカシの端正な素顔があって、それに見惚れているうちに、イルカの唇にカカシの少し冷たい唇が押し当てられた。
啄ばむような軽いキス。



カカシとはあんな事までしていたのに、キスしたのはこの時が初めてだった。