正しい犬のしつけ方 8






どうやらカカシに懐かれた。
ここ最近、イルカの元にかなり頻繁にカカシが訪れてくる。
「もうしません」と誓ったからか、それともイルカの鉄拳が余程怖いのか、イルカに手を出そうとはしないが、暇があればイルカの側にいるようになった。
アカデミーで残業していると、そのイルカの後ろで如何わしい本を読みながらイルカの仕事が終わるのを忠犬宜しく待つし、昼休みには毎日と言っていいほど高級弁当持参でやって来て、イルカの弁当と無理やり交換して一緒に食べる。
今だって、七班の報告書を提出したカカシがどこからか椅子を持ち出してきたと思ったら、受付所のカウンターに座っているイルカの後ろにそれを置いてちょこんと座り、イルカの腹に腕を回してベッタリと背中に引っ付いた。
これを初めてされた時、大慌てで腹に回されたカカシの腕を引き剥がそうとしたイルカだったのだが。
イルカの腹にしっかりと腕を回して、引き剥がされないように踏ん張るカカシの姿が、飼い主の側を離れたがらない犬のようで。
カカシが犬耳付きで可愛く見えてしまうイルカが、そんなカカシをいつまでも冷たく引き剥がせるはずもなく、引き剥がす力が日を追うごとに弱まっていき、今ではすっかりそれを許している状態だ。
「カカシ先生」
「んー?」
カカシの眠そうな声が背後から聞こえてくる。それに、すんと鼻を鳴らす音も。
「嗅がない」
「・・・はーい」
「それと。眠たいのなら、家に帰って寝たらどうですか?むしろ、仕事の邪魔ですから。さっさと帰って下さい」
「えー」
殊更冷たい声でそう言ったイルカの腹に回ったカカシの腕が、剥がされると思ったのかきつくなる。
(剥がしゃしないって)
上忍のカカシの腕を剥がすなんて、中忍のイルカに出来るはずないのは分かっているだろうに。
剥がさないでと言わんばかりに強められる腕に、イルカの胸が擽られる。
こうやって、どれだけイルカが冷たい態度を取ろうが、邪険にしようが、カカシはそれでも纏わり付いてきて。
周囲の人間も、初めは驚いていたが、今では当たり前の光景になりつつあるのか、受付所でこんな状態の二人を見ても、報告にやってきた者たちは、揃ってイルカに大変だなと苦笑してみせる。
今も、目の前にいる報告者に苦笑されて、受理しながら苦笑して返すイルカの背中に、カカシがすりすりと頬を寄せてくる。
「・・・一緒に帰りたいから待ってる」
その言葉に、一つ溜息を吐いて。
今受理したので報告者の列が途切れたのを幸いに、ちょっと首を捻って後ろのカカシを見ると、本当に眠そうな目をしたカカシがいて。
(疲れてるだろうに・・・)
昼間は七班と上忍師としての任務、夜間は上忍として高ランクの任務をこなしているカカシは、どれほど疲れていたとしても、イルカの仕事が終わるのをいつもこうやって待つ。
「・・・分かりましたから。椅子、こっちに移動させて下さい」
そう言って、イルカは隣を指差した。
カカシが不思議そうに首を傾げながらも、素直に座っている椅子をズリズリと引き摺って隣にくる。
イルカもちょっとだけ自分の椅子を後ろに引くと。
「まだ仕事が終わるまで時間がありますから。終わるまでここ、使って寝てていいですよ」
疲れてるんでしょう?
そう言って、イルカはポンポンと自分の太腿の上を叩いた。
そんなイルカを見てしばらく呆然としていたカカシが、ぱぁと表情を明るくする。犬耳をピンと立て、尻尾をブンブンと振って。
わぅんっとでも言いそうな勢いでイルカの太腿に頭を乗せ、再び抱きつくと、イルカの腹に顔を埋めてスリスリと頬を寄せ、そして。
「ありがと」
イルカにしか聞こえないような小さい声で、嬉しそうにそう言ってきた。
それに、ふと苦笑して。
イルカの腹に顔を埋めたまま、眠りに入ったのか動かなくなったカカシの頭をひと撫でしてから、イルカはやってきた報告者へと笑みを見せて再び仕事を始めた。


もう辺りがすっかり暗くなってしまった頃。
そろそろ交代の時間になったイルカが、引継ぎの書類を書き始めると、太腿の上のカカシがモゾと身じろいだ。
「もうすぐ終わりますよ」
「ん・・・」
イルカにそう声を掛けられて、銀髪をかきながらむくりと起き上がったカカシを見て、周りの人間が「居たのか」とギョッとする。
さすがに上忍だからか、いつも完璧に気配を消しているカカシは、イルカの膝の上、カウンターの下に隠れる形で寝ていれば、覗き込まれでもしない限り気付かれない。
気づいたのは、子供たちの様子を報告ついでに親切に教えてくれたアスマと紅くらいで。

「随分とでっかい猫が寝てるな」
咥え煙草のアスマが、カウンター越しにひょいと覗き込んでそう言うのに、
「あぁ、これは・・・」
と、イルカが説明しようとすると、呆れたような顔でアスマと同じく覗き込んでいた紅が、
「・・・猫じゃなくて・・・犬、じゃない?」
カカシがうるさいとでも言うようにイルカの腹に顔を押し付けながら、すんと匂いを嗅ぐのを見てそう言って。
(やっぱり犬に見えるんだ)
イルカはもう、二人に苦笑して見せるしかなかった。

イルカの仕事につき合わせて少し遅くなってしまった。
(お腹空いてないかな)
書類を書き終えて立ち上がり、まだ眠そうにあくびをしているカカシに声を掛ける。
「帰り、どこかで夕飯でも食べますか?」
「・・・イルカ先生の家がいい」
「それは駄目です」
「うー・・・」
イルカの匂いに発情するカカシが、イルカの匂いが充満するイルカの家に行ったりしたら、何をされるか分かったものじゃない。
即答するイルカに、カカシが呻りながらベストを掴んでくる。
「じゃあ、居酒屋でいいから。個室で二人きりになれるところ」
「それは・・・」
それも十分危険な気がするのだが、縋るような瞳で見つめてくるカカシに断りの言葉が出てこない。
口篭るイルカに、カカシがちょっと首を傾げて見せる。
「ね?お願い」
犬耳を付けたカカシの「お願い」攻撃に弱いイルカは、つい頷いてしまっていた。