正しい犬のしつけ方 10






どうやって家まで帰ってきたのか、あまり覚えていない。
額を畳に擦りつけるようにひたすら謝るカカシに、ろくに返事もせず逃げるようにして居酒屋を出た気もするが、その時のイルカには、カカシに対する失礼なその態度を申し訳ないと思う余裕もなかった。
早く帰りたかった。逃げたかった。知られたくなかった。
隆起する自らの浅ましい欲望を。
そんな身体を抱えたまま家に辿り着いてすぐ、イルカは寝室へ入り、ベッドの布団の中に篭った。
暗い布団の中、震える指でズボンの前を焦ったように寛げ、中ではち切れんばかりになっている欲望を急いで握り込む。
「・・・っ」
途端に背中から脳天にまで広がる甘い痺れ。
唇を噛み、眉間に皺を寄せながらゆるゆるとそれを扱き始めるイルカの閉じた瞳には。
先ほど見た、カカシの自慰する姿が映し出されている。
きつく眉を寄せ、端正なその顔を快楽に歪ませて熱い吐息を吐くカカシの姿が。
浅ましい。
なんて浅ましい。
これではあんな事をしたカカシを叱れない。叱れやしない。
カカシよりもイルカの方がよっぽど酷い。
あんなに拒絶したくせに、その身体はカカシの手が与える快楽を求めている。
淫乱な自分の身体。
快楽に弱い自分の身体。すぐに快楽に流される意思。
それらがとてつもなくいやらしいものに思える。
カカシの痴態をオカズにして自慰をするなんて、カカシを最も穢す行為だ。
イルカの言いつけをきちんと守ってイルカに手を出さなかったカカシに申し訳なくて仕方がないのに、イルカの手は一向に止まらない。
それどころか、気持ち良過ぎて止められない。
手が以前、カカシにされた手順を踏む。カカシの手管を追う。
イルカを簡単に快楽の海へと落とし込むカカシの手馴れた手管を。
「ぁ・・・っ、ん・・・っ」
イルカが濡れ始めると、その先端を重点的に弄るカカシの指を真似て、イルカも執拗にそこを弄る。
くちゅくちゅと水音がし始め、耳に届くその音もイルカの自らを扱く手を加速させる。
絶頂へと向かってただひたすら。
カカシの手と、カカシの痴態を想像して自らを慰める。
駄目だと思うのに。
こんな事、したらいけないと思うのに。
身体はカカシに教えられた快楽を追い求める。
カカシの手を。
カカシの唇を。舌を。
カカシがイルカの匂いを嗅ぐ時に鳴らす、すんという音を。
いやらしい事を低い声で囁くカカシの声を。
色を含んだ眼差しで見つめてくるカカシの蒼い瞳を。
自らの手をカカシの手にすり替え、目蓋の裏にカカシの姿を思い浮かべ、耳にはカカシの声を再生して。
「ゃ・・・ぁあ・・・ッ!」
カカシで頭の中をいっぱいにさせて、イルカは遂情した。
びくびくと身体を震わせて、とくりとくりと吐き出される濃厚な廃液をその掌に受け止める。
遂情の余韻漂う荒い息を吐きながら、イルカは震えるその身体を小さく小さく丸めた。
恋人でもないカカシが過去に与えた快楽をオカズにして自慰をする自分が、とてつもなくいやらしく思えた。
「・・・っく・・・っ」
涙が零れる。
唇をきつく噛み締める。
大量の精を吐き出し切り、その掌もきつく握り締めたイルカは、布団の中でいつまでも自分を責め続けた。


その翌日。
アカデミーに少し腫れた目蓋で出勤したイルカは、いつもの中庭ではなく食堂で昼食を済ませた。
弁当は作ってこなかった。というか、作れなかった。
いつものように弁当持参で中庭に行けば、高級弁当を持って昨夜の事を謝りにやって来るだろうカカシと会ってしまう。
謝るカカシに合わせる顔がなかった。
イルカだって謝らなければならない事をしてしまっていたから。
それに、カカシに会ったりしたら顔に出ない保障がなかった。
あの蒼い瞳を真っ直ぐに見る自信がない。
重い溜息を何度も吐きながら、その日の授業を済ませると。
受付業務のなかったイルカは、カカシが来ないうちに早く帰ろうと、鞄を肩に掛け職員室を出た。
(と言っても、いつかは会わなきゃいけないんだよな・・・)
廊下を歩きながら、もう何度目になるか分からない溜息を吐く。
今日はアカデミーだけだったから昼休みさえどうにかすればカカシを避けられたが、いつまでも避けていられるはずがない。
受付業務に入れば、必ずと言っていいほど七班の報告書を手にしたカカシと顔を合わせるのだ。
こんな後ろめたい気分のまま、いつものようにベッタリと懐かれたりしたら。
絶対にその手を振り払ってしまう。
受付所なんて人の多い場所でそうなったとしたら、気まずい事この上ない。
それを思うと今から気持ちが沈む。
それに。
今のイルカの身体をカカシに触れらるのはまずい。
カカシの手に反応しない自信がない。
少しの触れ合いでも、カカシの手がもたらす快楽を思い出して、勝手に体温が上がってしまいそうだった。
(浅ましいな・・・)
カカシが与える快楽の虜になってしまっている自分の身体が疎ましかった。
はぁと再度溜息を吐きながら、いつの間にか俯いてしまっていた視線をふと上げたイルカは、その視線の先、夕日に照らされてキラキラと輝くものを見つけて目を見開いた。
「・・・っ!」
歩みを止めてしまったイルカの視線の先。
廊下の隅に、申し訳なさそうな表情でイルカを見つめるカカシがいた。
カカシと視線が合った途端、胸の痛みに襲われる。
じっと真っ直ぐに見つめられて、後ろめたいものを感じたイルカは、すっと視線を逸らしてしまった。
(馬鹿か俺は・・・っ)
視線を逸らした事をすぐに後悔し、くっと眉根を寄せた。
何でもない振りをしなければならなかったのに。
苦笑でもいい。笑顔で、「あれは気にしないで下さい」と言わなければならなかったのに。
逸らした視線をカカシに戻せない。
そんなイルカに近付きながら、カカシがそっと声を掛けてくる。
「・・・イルカ先生・・・」
その声を聞いたイルカは、何て声だと思った。
普段のカカシの艶のある声とは程遠い、後悔が滲み出ているような掠れた声。
そんな声をカカシに出させているのはイルカなのだ。
その声を聞いて唇を噛み締めたイルカの少し先。
イルカの視界に入るか入らないかの所で、カカシは足を止めた。