正しい犬のしつけ方 16






「開けて」
再度聞こえてきたカカシのその声に、顔を覆っていた両手をぎゅっと握ったイルカは、それを胸に抱えて何度も首を振った。
「嫌です・・・っ」
搾り出すような声でそう告げると、イルカの背に当たっている扉がドンッと揺れた。
イルカの身体がビクリと震える。
「・・・ここ開けないと・・・、ブチ破りますよ」
何故か怒っているらしいカカシの呻るようなその声に、本当に扉を壊されかねないと思ったイルカは、そろそろと立ち上がり、カチリと微かな音を立てて鍵を開けた。
途端に扉が外側から開かれ、眉間にくっきりと皺を寄せたカカシの姿が視界に映る。
「・・・っ」
カカシの蒼い瞳と視線が絡んだ途端、イルカはぶわと涙が溢れ出すのを止めることが出来なかった。
久しぶりにカカシの瞳を真っ直ぐに見る事が出来て嬉しいはずなのに。
失恋が決定している今のイルカには、カカシを真っ直ぐに見る事がつらかった。
慌てて俯いて涙を隠すイルカの腕を、カカシがきつく掴む。
「・・・ここで何してたの」
そう言いながら、カカシはイルカの身体を押してきた。
「え・・・?」
言われた事の意味が良く分からず、カカシに押されるがまま後ろに下がると、狭い個室の中に入ったカカシが、後ろ手に扉と鍵を閉めた。
「・・・あの男に抱きつかれて匂い嗅がれてたでしょ。イルカ先生の事だから、感じちゃってこんな所に逃げ込んだんじゃないの?」
「な・・・!ちが・・・っ」
違うと言おうとしたイルカを、カカシの鋭い眼差しが遮る。
「じゃあ、何で泣いてるの!あの男に触られて、匂い嗅がれて感じて、それがイヤで泣いてたんじゃないの!?」
「違うッ!感じてなんていません!これは・・・っ」
カカシの言葉を否定する為、涙の理由を説明しようとしたが、その途中でイルカはくっと唇を噛んだ。
(・・・言えない・・・っ)
言えるはずがなかった。
カカシの事が好きだと今更ながらに気付いて、気付いた途端に失恋した事に涙していたなんて。
唇を噛んだまま、カカシの強い視線から逃れるように顔を逸らすイルカに、カカシが詰め寄る。
「・・・ま、感じてたか感じてないか、身体を触ってみればすぐに分かりますけど」
そう言ったカカシが、口布を下ろしながら身体を寄せてくる。
「ちょ・・・っ」
すると、カカシに触れてもらえると期待したイルカの素直な身体が早くも熱を持った。
酔っているからか、いつもより余計に身体に熱が回るのが早い。
ゆるりと緩く勃ちあがりかけたイルカの熱に伸びてきたカカシの手を、イルカは懸命に阻止しようとしたが、そんなイルカの手を構う事無くカカシは強引にズボンの上から握ってきた。
「ぅあ・・・っ」
カカシの腕に身体を力強く引き寄せられ、その手に触れてもらって身体が蕩けた。
「・・・ちょっと勃ってる・・・」
上から聞こえてきたカカシの呟くようなその声に、俯いていたイルカはかぁと顔を赤らめた。
「やっぱり感じてたんだ・・・。ここで自分で出してたんじゃないの?」
「違います!これは・・・っ!」
カカシに勘違いして欲しくなくて、イルカは急いで顔を上げた。
思いの他、すぐ近くでカカシが眼光鋭く見つめていて、それを見たイルカの胸が高鳴る。
その力強い瞳に見惚れそうになって、イルカは切なく瞳を眇めた。
やっぱり好きだと思った。
(もう・・・)
カカシの勘違いを解くにはもう、事実を告げるしかない。
その事でイルカの恋心を知られるかもしれないが、もしかしたら。
イルカのこの気持ちを受け入れてくれるかもしれない。
まだ間に合うかもしれない。
そう思ったイルカは、恐る恐る口を開いた。
「これは・・・その・・・。カカシ先生が触るから・・・」
「え・・・?」
恥ずかしくなってきて、見つめるカカシから視線を逸らしながら、だんだんと小さくなる声でそう告げたイルカに、聞こえなかったのかカカシが聞き返してくる。
「・・・同僚にベタベタ触られて匂いを嗅がれましたけど、気持ち悪いとしか・・・」
「え、だって・・・。オレが触った時はあんなに・・・って、ちょっと待って」
小さな声でまるで告白のような事を告げたイルカの言葉に、そう答えていたカカシが言葉を止めた。
イルカの気持ちに気付いただろうか。
恐る恐るカカシの反応を伺うと、そのカカシは口元を片手で押さえて、それまで見たことも無いほど真っ赤になっていた。
(え・・・?)
目を見開いた。カカシのその反応が信じられない。
信じられなくて、カカシをつい、まじまじと見つめていると。
「あんまり見ないで・・・」
小さく笑みを浮かべたカカシが、恥ずかしそうな顔でそう告げてきた。
「どうしよう・・・」
そう言ったカカシに、赤くなった顔を隠すように抱きつかれて。
(うそ・・・)
イルカの胸がドキドキと高鳴り始めた。
もしかして同じなのだろうか。
カカシも、イルカの事を好きだと、そう思ってくれているのだろうか。
そう思ったら、徐々にイルカの体温が上がり始めた。
カカシがイルカの忍服の隙間から首筋にそっと顔を埋めてくる。
すぐにも匂いを嗅がれるかと思ったが、そこでじっと動かないカカシをドキドキしながらも拒絶しないでいると。
しばらくして、カカシがすん、と控えめに匂いを嗅いできた。
久しぶりに聞いたその音に、今度は別な熱が高まりだす。
「ねぇ、イルカ先生」
「・・・はい」
「・・・これから、イルカ先生のおうちに行ってもいい?」
カカシのその言葉は、イルカを抱きたいと言ったも同然だ。
イルカの匂いが充満するイルカの家にカカシが来たりしたら、カカシはきっと我慢できない。
どうしようと思ったのは一瞬だった。
次の瞬間には、嬉しいと思うと同時に、イルカの身体の熱がさらに上がった。
(あ・・・)
素直な自分の身体が恨めしい。
イルカの言葉よりも、身体の方が先に答えを返してしまった。
けれど。
「行っていい?」
カカシはイルカの答えを分かっているだろうに、イルカの言葉を待ってくれた。
先ほどから、イルカの身体よりも気持ちを優先してくれるカカシの行動に、イルカの胸は擽られていて堪らなくなる。
カカシの背に手を回し、ぎゅっと抱きつく。
「はい・・・」
イルカがそう答えると、「ありがと」と小さく答えたカカシが、イルカの後ろで印を組んだ。
煙を上げて現れた小鳥に、カカシが「アスマに、オレとイルカ先生は先に帰るからって伝えて」と、随分と恥ずかしい事を告げる。
きっとアスマには、バレてしまうだろう。
小鳥が飛び去った後、再度カカシが印を組む気配がした。
軽い酩酊感に襲われたイルカがぎゅっと目を閉じた次の瞬間にはもう、二人はイルカのアパートの前にいた。