幸せな時をいつまでも 2






ケーキが入った小さな箱。
イルカが作ってくれた食事を二人で美味しく食べた後、冷蔵庫から取り出したその箱を開けたイルカの顔が、ぱぁと嬉しそうに綻ぶ。
「凄い。小さいのに、ちゃんとサンタさんが乗ってるんですね」
たくさんのベリーで彩られた小さなケーキの上には、クリスマスらしい砂糖細工のサンタが乗っている。
いくつかあったケーキの中でカカシがそれを選んだ理由は、美味しそうだったというのももちろんあるのだが、このケーキが一番クリスマスらしかったからだ。
恋人と過ごすクリスマスに、らしくなくはしゃいでいる自覚はある。
女子供じゃないのだからと呆れられるかもしれないと思っていたのだが、喜んで貰えたようで嬉しい。
(・・・もう渡しておいた方がいいかな)
箱の中からそっと取り出したケーキを皿に置き、美味しそうに食べ始めたイルカに笑みを浮かべながら、カカシは背後に置いておいた鞄に手を伸ばした。
楽しかったからか、時間が過ぎるのが早い。もうだいぶ遅い時間になってしまっている。
明日も仕事がある二人だ。終電の事もあるし、そろそろプレゼントを渡しておいた方がいいだろう。
美味しいのか、その頬を緩ませているイルカの前に、鞄の中から取り出した小さな箱を置く。
「もう渡しておくね。クリスマスプレゼント」
「あ・・・っ」
それを見てケーキを口に運んでいた手を止めたイルカが、コタツから慌てたように立ち上がった。向かったクローゼットの中から、小さな箱を取り出し持って来る。
「俺も、プレゼントです」
側に座り、面映そうな笑みを浮かべたイルカから渡された小さな箱。
それを受け取るカカシの顔に、自然と柔らかな笑みが浮かぶ。
クリスマスにプレゼントの交換なんてするのは初めてだが、こんなに嬉しいものだなんて思いもしなかった。
「ありがと。開けていい?」
小さく首を傾げてそう問うと、イルカの面映そうな笑みが深くなる。
「はい。俺も開けてもいいですか?」
「もちろん」
カカシがイルカの為にと用意したプレゼントは、学校でもして貰えるようなカジュアルな黒の腕時計だ。
イルカが古びた懐中時計を持っている事は知っている。
大切な物なのだろう。肌身離さず持っているらしい懐中時計だが、イルカがその懐中時計で時刻を確認する事は滅多に無い。
カカシと同じく携帯電話で時刻を確認する事の多いイルカに聞いてみたところ、古いからか、しょっちゅう狂ってしまうのだと言っていた。
訊ねた事は無いが、イルカにとって懐中時計は、時刻を確認するためのものではなく、大切な思い出の品なのだろう。
イルカに肌身離さず持ち歩いて貰っている懐中時計が羨ましいと思い、時計としての役割を持っていないのなら大丈夫だろうかと、常に身に付けて貰える腕時計を選んでみたのだが、カカシのプレゼントはどうやら喜んで貰えたらしい。箱を開けたイルカの瞳が一瞬驚きに見開かれ、続いて、それはそれは嬉しそうに綻んだ。
(良かった・・・)
それを見て安堵の溜息を内心吐きつつ、イルカに貰ったプレゼントを開けたカカシの深蒼の瞳が大きく見開かれる。
「コレ・・・」
小さな箱に入っていたのは、スーツに合いそうな銀色の腕時計だった。
「凄い偶然ですね」
照れ臭そうに鼻頭の傷を掻くイルカから苦笑と共にそう告げられ、カカシの胸に喜びが溢れ出す。
アクセサリーを贈るのは、それを身に付け目にする時、自分の事を思い出して欲しいからだ。
腕時計を見るたびに自分の事を思い出して欲しい。
学校で時間を確認する事が多いだろうイルカに腕時計を贈ったのにはそんな理由もあったのだが、イルカも同じ理由で腕時計を贈ってくれたのなら、これほど嬉しい事は無い。
イルカを見つめるカカシの瞳が、愛おしさから切なく眇められる。
「・・・ありがと、イルカ先生。凄く嬉しい」
柔らかな笑みを浮かべたカカシがそう告げると、イルカの漆黒の瞳がふと綻んだ。
「俺も凄く嬉しいです。この腕時計、大切にしますね」
手に持った小さな箱。それを両手で大切そうに包んだイルカに笑みを向けられ、カカシの胸に愛しさが溢れ出す。
「イルカ先生」
そっと名を呼び片手を付いたカカシは、傍らに座るイルカへと顔を寄せた。その唇にちゅっと軽く口付けると、イルカの頬が羞恥に染まる。
(かわいい・・・)
手に持っていた箱をコタツの上に置き、その手をイルカの頬へ添える。顔を僅かに上向かせたところで、カカシは再び、今度は深い口付けをイルカの唇に落とそうとした。
だが。
「あ・・・」
深いキスをされると気付いたのだろう。イルカが顔を俯かせる事でカカシの口付けから逃げた。
それを見たカカシの瞳が、僅かだが切なく眇められる。
イルカに逃げられたのはこれが初めてではない。
こういう雰囲気になると逃げてしまうイルカに淋しさが湧き起こるが、付き合っているとはいえ、二人は世間一般では異端とされる男同士だ。
カカシはイルカに触れたいと思っているが、イルカは躊躇いがあるのだろう。
「・・・そろそろ帰ります」
無理を強いて嫌われるのはカカシの本意ではない。理性があるうちに帰ろうと、小さく笑みを浮かべて暇を告げると、イルカがハッとしたように顔を上げた。
「あの、俺・・・っ」
不安そうな表情を浮かべたイルカが何かを言いかけるが、再びゆっくりと俯いたイルカの口から出てきたのは小さな謝罪の言葉だった。
「その・・・、すみません・・・」
それを聞いたカカシから小さく苦笑が零れ落ちる。
「・・・ううん。気にしないで」
カカシが夜の雰囲気を纏うと躊躇いを見せるイルカだが、カカシの事を受け入れたいと思ってくれているのは気付いている。
避けた後、イルカが必ずと言って良いほど不安そうな表情を浮かべるからだ。
いつまでも受け入れようとしない自分を、カカシが呆れたり嫌うのではとイルカは心配しているのだろう。そんな心配をする必要なんてないのに。
嫌われるとしたらカカシの方だ。躊躇っていると分かっているのに、イルカの側に居ると触りたいと思ってしまうのだから。
今にも泣き出しそうなその顔を上げたイルカが、縋るような眼差しを向けてくる。それに気付いたカカシは、その頬にそっと手を伸ばした。
「そんな顔しないで・・・?正直に言えば、あなたに触りたいとは思うけど・・・」
イルカの頬を優しく擽りながら告げたカカシの正直な気持ち。それを聞いたイルカが、その身体を小さく震わせる。
それに気付き、浮かべていた苦笑を深めるカカシは、イルカを見つめるその瞳に、ありったけの愛しさを込めていた。
「・・・あなたが大切だから、あなたが嫌がるような事はしませんよ」
カカシはイルカの身体が目当てな訳ではない。こうして側に居られるだけでも充分なのだ。
充分だけれど、欲を言うなら。
(いつか・・・)
すぐじゃなくていい。
いつか、イルカの心の準備が出来た時に受け入れてくれたら。
そう願いながら告げたカカシに、イルカがふるふると首を振ってみせる。
「そうじゃないんです・・・っ」
そうして聞こえてきたイルカの声は、不安からか僅かに震えていた。