明けぬ夜 9 イルカの口腔内を探り、隠れていた舌を絡め取り強く吸い上げる。 「んぅ・・・っ」 初めて聞くイルカの甘い吐息。それを聞いたカカシの中で、もっと聞きたいという欲求が高まる。イルカの身体の上に伸し掛かり、その手に指を絡ませシーツへと縫い止める。 身を捩りカカシから逃れようとするイルカを叱るように体重を掛けたカカシは、顔を傾け、その口付けをより一層深くした。甘く感じるイルカの口腔内を貪る。 「カカ・・・さ・・・っ、待・・・んんッ!」 我を忘れていたとしか言いようが無い。 首を振ってカカシの口付けから逃れ、待って欲しいと告げようとしていたイルカの唇を、愛しいイルカとの口付けに夢中になっていたカカシは塞いでしまった。 突然始められた激しい口付けに戸惑っていただろうイルカに、カカシは気付く事が出来なかった。 抵抗するイルカをベッドに押さえつけ、その脇に片手を滑らせる。 「・・・ッ」 そうしてアンダーを少し引き上げ、そこに現れた肌の艶やかなその感触にカカシはさらに我を忘れた。大きく息を呑み、身体を強張らせたイルカに気付く事無く、そのままイルカの下衣の中へと手を差し入れる。 途端、イルカの抵抗が強まり、髪紐が弾け飛ぶほどに首を振ったイルカがカカシの口付けから逃れた。 「ぃや、です・・・っ、カカシさんッ!」 「・・・ッ!」 イルカから叫ぶように名を呼ばれた途端、カカシはハッと我に返った。 そうしてようやく気付く。 黒髪を乱し片腕を突っ張るイルカが、カカシを見上げる漆黒のその瞳に涙を滲ませ、僅かに震えている事に。 それを見たカカシは、ひゅっと一瞬息を止めた。その深蒼の瞳を大きく見開く。 イルカのこの状態は一体何だ。身体を小さく震わせ、カカシを見上げるその瞳は見た事が無い程に不安に揺れている。 イルカを不安にさせているのは、一体―――。 (何をやってるんだオレは・・・ッ!) 自分のしでかした事にようやく気付き、カカシは愕然とした。 ほんの少し好意を示されただけでこんな事をするなんて、いくら焦がれるほどの恋心を抱いていたからと言ってもどうかしている。イルカの身体を無理矢理押さえ付けているこの状況は、強姦しようとしていたと思われても言い訳出来ない。 慌てて身体を起こし、押さえ付けていたイルカの身体を解放する。 「・・・すみません」 そうして、きつく眉根を寄せて見つめてくるイルカの視線から逃れるように俯いたカカシは、呻るような声でそう謝った。ベッドに腰掛け、僅かに震える手で落ちてきた銀髪をかき上げる。 何と言う事をしてしまったのだろう。 カカシはまだ、この胸に抱える恋心をイルカに伝えていない。伝える前に、その身体へと手を伸ばしてしまった。 気持ちが通じ合っていなければ、この行為は伽と一緒だ。イルカはきっと、伽を要求されたと思っただろう。 その証拠に、ベッドの上に上体を起こし、うな垂れるカカシを恐る恐るといった様子で伺っているイルカへと視線を滑らせると、イルカの身体が僅かに震える。 それを見たカカシは、その顔に力ない笑みを浮かべていた。 (伝えられない・・・) もうイルカに気持ちを伝える事は出来なくなった。 伝えられるわけが無い。 伽を要求されたと思っているだろうイルカにとって、好意を示す言葉はただ、抱きたいだけの言い訳にしか聞こえない。 「すみません、どうかしてました・・・」 告げられなくなってしまった恋心の代わりに、カカシは再度、謝罪の言葉を口にした。その顔をきゅっと泣きそうな程に顰め、真っ直ぐに見つめてくるイルカへと向き直る。 恋心は伝えられなくなってしまったが、せめてイルカを守る事だけは続けさせて欲しい。今、イルカに恋人役を降りられたら、イルカを守る事すら出来なくなってしまう。 「こんな事をしておいて何をと思われるかもしれませんが・・・。これからも、恋人の振りだけは続けて貰えませんか・・・?」 「え・・・?」 それを聞いたイルカが瞳を揺らし、戸惑った表情を浮かべる。そんなイルカに、カカシは真摯な眼差しを向けた。 「あなたにはもう決して触れないと約束します。だから、恋人役だけは続けて下さい」 お願いしますと言いながら、カカシはイルカへと頭を下げた。 断られるかもしれない。顔も見たくないと言われるかもしれない。 逡巡しているらしいイルカがどんな答えを返すのか不安が募るが、カカシはただ頭を下げ続ける事しか出来なかった。 「それは・・・」 しばらくして、イルカの僅かに震える声がカカシの耳に届く。 「どうしても、俺じゃないと駄目なんですか・・・?」 聞こえてきたその声に、カカシはその眉を僅かに寄せていた。 イルカの疑問は当然だろう。恋人役をするだけなら、イルカでなくてもいい。 だが、カカシの恋人役はイルカでなければ意味が無いのだ。他の誰かでは意味が無い。 イルカを守りたいのなら、あんな事をしたカカシよりも、信頼できる他の人間にイルカの恋人役になって貰った方がいい事は分かっている。イルカだってその方が安心だろう。 けれど、イルカの恋人役を誰かに譲るなんて、カカシには到底出来そうに無かった。 ゆっくりと顔を上げ、イルカを見つめる。 イルカが好きだ。堪らなく好きだ。狂おしい程に。 そんなイルカを守りたい。 カカシの中でその想いは、例えイルカに嫌われてしまっても構わないと思う程に強かった。 (・・・ゴメンね、イルカ先生) 心の中でイルカへと謝り、カカシはその口を開いた。 「・・・どうしてもです。これは、上忍命令と受け取ってもらって構いません」 「・・・ッ!」 静かな声でそう告げたカカシを、大きく息を呑み、信じられないという表情を浮かべたイルカが見つめてくる。 中忍であるイルカにとって上忍命令とは、何も聞くことは許されず、選択の余地すら与えられない。受け入れるしか無いのだ。 イルカにそんな命令、したくはなかった。 けれど、それでも命令という言葉をカカシが口にしたのは、イルカにどうしてもカカシの恋人役を続けて欲しかったからだ。 今にも泣き出しそうな程に顔を歪ませたイルカが、カカシからゆっくりとその視線を逸らす。 「・・・わかり、ました・・・」 そうして告げられた言葉はカカシが望むものであったが、その声は辛そうで、それを聞くカカシの胸を激しく痛ませた。 イルカの口からようやく了承の言葉を引き出したカカシは、腰掛けていたベッドからおもむろに立ち上がった。 イルカを傷付けただろう自分が、これ以上イルカの側に居続ける事は出来なかった。 「・・・ちょっと用事を思い出したので出てきます。帰りは遅くなると思いますから、イルカ先生は先に寝てて下さい」 「え・・・?」 ベッド脇のテーブルに置いておいたベストと額当てを手にしたカカシは、それらを身に付けながらテント出入り口へと歩みを進めた。激しく痛む胸に歪み始めたその唇を、口布を引き上げる事で覆い隠す。 「・・・おやすみ、イルカ先生」 背後にいるイルカを振り返る事無くそう告げたカカシは、イルカの挨拶を聞く事無くテントを出た。大きく跳躍し、木々の合間を縫ってテントから急いで離れる。 愛しいイルカの名を今にも叫び出しそうになる自分。そんな自分を懸命に抑えながら夜闇の中を駆けるカカシは、その夜、イルカが居るテントへと戻る事は無かった。 |
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