明けぬ夜 11 足にチャクラを集中させ、木々の合間を疾走する。 イルカに何かあったのだろうか。 それまで聞こえていたイルカの笛の音が途絶えてしまった。それに気付き、本陣へとさらに急ぐカカシの眉根がきつく引き絞られる。 本陣で何かが起こるとしたら、それはきっと敵襲だろう。けれど。 (タイミングが良過ぎる・・・っ) 今夜、カカシたち主力部隊が本陣を空けるのを知っていたとしか思えない、絶好過ぎるタイミングでの襲撃。 敵方にしてみれば、今夜は本陣を叩く絶好の機会だ。カカシたちの手によって戦力を削られている大名側にとっては、最後の機会と言っていい。 考えたくは無いが、味方に内通者が居ると思った方が賢明だ。 カカシは森の中を駆けながら、その奥歯をぎりと鳴らした。 油断した。本陣に残す人員をもう少し裂いていれば良かった。 カカシたちの留守中に敵襲があったとしても、それを撃退するだけの人員が揃っていれば、イルカは笛の音でそれを知らせ、助けを求めたりしていない。 助けを求めたという事は、それだけ本陣が危険な状態だという事だ。 飛ばしただろう敵襲を知らせる式が、カカシたちに届くのを待てない程に。 イルカが危険に晒されている。 その事実に、今にも止まってしまいそうになる胸を抱えながら疾走するカカシの元へ、夜だというのに木々の合間を縫って一羽の小鳥がスィと近付いてくる。足を止める事の無いカカシに並行して飛ぶそれは、緊急時連絡用の式だ。 敵襲を知らせる式だろうというカカシの予想は、外れる事はなかった。 『本陣に敵襲!』 だが、小鳥の口から発せられたその声は予想しておらず、カカシはその瞳を大きく見開いていた。 『敵の数が多過ぎて、俺たちだけでは対応出来ません!戻ってきて下さい、カカシさん・・・っ!』 イルカの声でカカシの名を叫んだのを最後に、小鳥が煙を上げて消える。それを視界の端に捉えるカカシは、枝を蹴る自らの足にさらにチャクラを集中させていた。イルカの切羽詰ったようなその声に、カカシの焦りが頂点に達する。 (間に合ってくれ・・・っ) 震えそうになる足を叱咤して本陣へと急ぐカカシの眼前に、炎にだろう。木々の合間から赤く染まった空が見え始める。 それと同時に、殺気を纏った複数の気配が近付いて来るのに気付いたカカシは、ホルスターからクナイを取り出した。疾走を続けるカカシの前方に男たちが立ちはだかる。 その姿を見たカカシは、チッと舌打ちしていた。 イルカたちだけでは対応しきれないはずだ。大名側は最後の足掻きとばかりに、性質の悪い抜け忍を雇ったらしい。それぞれの額当てに横一文字に走る傷を有する彼らは、どこかで見たような顔ばかりだ。 イルカの無事を確認するまで、一々相手はしていられない。本陣に向かうスピードを落とす事無く、起爆札の付いたクナイを男たちに投げつけ、爆破の土煙に紛れて擦り抜ける。 イルカが伝えて来たとおり、敵の数がかなり多い。本陣に近付くにつれ、敵忍が次から次へと襲い掛かってくる。 それらを倒しながらイルカの姿を探していたカカシは、ふと味方の数が少ない事に気付いた。 本陣に残っていたのはその殆どが下忍だったはずだが、本陣に辿り着くまでカカシの目に止まった仲間は中忍以上で、下忍が全くと言っていいほど居なかった。 足手纏いにならないようにと、どこかに身を潜めているのだろうか。 (隠れる場所なんて・・・) あっただろうかと考えて、ふと思い出した。湖のあの仕掛けの事を。 もしそうだとしたら、札を発動させているだろうイルカもそこに居るはずだ。 しつこく追って来る敵を振り切り、湖へと急ぐカカシの視界が、湖に近付くにつれ徐々に霧に覆われ始める。やはりあの札が発動しているのだ。 前後不覚になりそうな程に真っ白な視界の中、霧が濃くなる方向へと進み、静かな水面を保つ湖にようやく辿り着いたカカシは、その湖畔をあの札が埋めてある場所へと走った。 (居た・・・っ) もう何度も札を発動させているのか、地面に両手を付き、荒い息を吐いているイルカの姿がそこにある。そのすぐ側には、下忍たちを幻術から守っているのだろう大きな結界も。 「イルカ先生・・・ッ!」 「カカシさん・・・っ」 少し遠い場所からそう叫んだカカシに気付いたイルカが、カカシを見止めた途端、安堵したような表情を浮かべる。 「良かった・・・っ、笛の音が聞こえ・・・っ!」 ふら付きながらも、そう言って立ち上がったイルカの側に駆け寄ったカカシは、その暖かい身体を、堪らずきつく抱き締めていた。 「無事で良かった・・・っ」 こうして無事な姿を見る事が出来てホッとした。 式よりも早く届く笛の音で敵襲をいち早く知らせたり、無茶をせず防御に徹したりと、何かと機転を利かせてくれたお陰で、深刻な事態になる前に戻ってくる事が出来た。 イルカの首筋に顔を埋め、イルカの無事を確かめていたカカシの耳に、イルカの戸惑ったような声が聞こえてくる。それと。 「あの・・・っ、カカ」 「・・・イチャつくのは結構だがな」 「・・・ッ」 イルカの声に重なるように聞こえてきた第三者の声に驚いた。 慌てて声のした方向へと視線を向けてみると、すぐ側にある結界の角から大きな背が覗いている。 聞き覚えのある声とその背中で気付いた。イルカと仲の良かった炊飯部の人間だ。 札の仕掛けが発動している今、ここには誰も近付けないはずだが、どうやら彼はカカシが仕掛けた幻術を解いたらしい。やはり優秀な忍だったのだろう。今の彼からは、気配なんて殆ど感じない。 その彼が、結界の影からひょいと顔を覗かせる。 「そういうのは敵さんをやっつけてからにして貰えないか?これだけ大きい結界だと、保つのが大変なんだ」 そういうの、と言われてカカシはようやく気付いた。もう触れないと約束したのにも関わらず、イルカを抱き締めてしまっていた事に。 慌ててイルカの身体を解放する。 「ゴメン・・・」 彼に聞こえないよう小さな声でそう謝ると、イルカは少し淋しそうな笑みを浮かべ小さく首を振った。 「あまり時間が無いぞ、総隊長。おれも厳しいが、イルカもチャクラが殆ど残ってない」 結界を保持する為だろう。再び結界の方へと顔を戻した彼のその言葉にイルカが頷く。 「すみません。俺のチャクラ量では、あと一回くらいしか・・・」 「大丈夫」 謝る必要は無いというのに、謝ってくるイルカに僅かに苦笑する。 本陣に残っていたそれぞれが、カカシたちが戻ってくるまではと頑張ってくれたのだ。その頑張りを無駄にするつもりはない。イルカに一つ頷いて見せる。 「他の部隊にも連絡してあります。すぐに戻ってくるでしょうから、それだけあれば充分です。・・・あと少しだけ頑張って」 「はい」 カカシの励ましの言葉にイルカが頷く。 「・・・御武運を」 心配してくれているのだろう。少し眉尻を下げたイルカから告げられたその言葉が嬉しかったカカシは、ふと小さく笑みを浮かべ「ん」と頷いた。不安そうな表情を浮かべるイルカの頬を擽り、大丈夫だと慰めてやりたい衝動を抑え、イルカに背を向ける。 ここに居る限りイルカは無事だ。それが分かったのなら、もう遠慮する事はない。 (さぁて、暴れますか・・・) 霧が立ち込める中、本陣へ向けて眼光鋭く走り出したカカシは、それまで上げる事のなかった自らの額当てをぐいと引き上げ、その左目をゆっくりと開眼した。 |
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