明けぬ夜 12 綺麗な秋色に染まり始めていた森は、無残な程に焼け、その姿を変えてしまっていた。 夕焼けに染まるその森の中、まばらになったテントの一つへ数名の部下と共に向かうカカシは、内心切ない溜息を吐いていた。 火の手を免れたテントは数少なく、あの夜の襲撃で本陣はボロボロの状態だったが、仲間を誰一人として犠牲にする事無く敵を退けられたのは、何かと頑張ってくれたイルカのお陰だろう。 そのイルカに、カカシはあの夜以来会っていない。 頑張ってくれた礼をというのを口実に、カカシに助けを求めてくれたイルカに会いに行きたいという思いはあるのだが、本陣の建て直しと作戦の練り直しで忙しく、会いに行く時間が取れないというのが現実だ。 (どうしてるかな・・・) イルカの事を想いながら、先に立っていた部下が開けてくれたテントの中へと入る。 灯りの点されていないそのテント内は暗かった。 中に一人入ったカカシは、出入り口付近に置かれていた椅子に座り、足を組みながら大きく溜息を吐いた。 カカシの呆れたというその溜息に、テント中央に座らされ、後ろ手に縛られたその身体を盛大に震わせたのは、仲間に伽を強要していたあの上忍だ。 目隠しをされていても、カカシに冷たい眼差しを向けられていると敏感に察しているのだろう。男の身体が小刻みに震えている。 「仲間を傷付けるだけじゃ飽き足らず、売るとはね・・・」 本陣を危険に晒した内通者はこの男だった。金で情報を売ったのだという。 いくつもの戦地を渡り歩いてきた手練の戦忍として、この男を尊敬していた部分もあったというのに、調べてみれば、以前から木の葉の情報を敵方に売っていたというのだから呆れる。 イルカを危険に晒した男だ。正直に言えば、ここで制裁をという考えもチラと浮かびはしたが、それよりも里に戻した方がこの男にとってはより効果的だろう。 カカシは、腰掛けていた椅子からゆっくりと立ち上がった。男をひたと見つめる。 「・・・あなたは里に護送します。五代目は厳しい方です。伽の事も含め、厳罰に処されると覚悟しておいて下さい」 猿轡をされ、喋る事を許されていない男にあえて敬語でそう告げると、カカシは懇願するように呻き始めた男を他所に踵を返した。暗いテント内から、まだ明るい外へと出る。 「今から書状書くから。明日の朝、里に送り帰してきてくれる?」 「分かりました」 会議用にと新たに建てられたテントへと向かいながら、信頼出来る部下の一人にそう指示していたカカシは、頭上から聞こえてくる聞き覚えのある鳴き声にふと気付き、茜色に染まる空を見上げた。 悠々と旋回する大きなその鳥は、里が伝書に使役している鷹だ。 部下の一人が指笛を鳴らし、その鷹を呼び寄せる。それに応え、ゆっくりと降りて来た鷹が大きな翼を羽ばたかせ、部下が差し出すその腕に止まった。 「どうぞ」 鷹の背に付けられていた巻物を取り出した部下が、カカシへとそれを差し出してくる。 「ありがと」 まだ任務は終わっていないのだが、任務命令書らしいその巻物に小さく首を傾げる。 印を組み封印を解いたカカシは、その場でその巻物を読んだ途端、その瞳を大きく見開いていた。 「・・・ねぇ、今日って何日?」 命令書を見つめたままのカカシの突然のその問いに、部下が小さく首を傾げながらも「十四日ですが」と答える。 それを聞いたカカシは、その眉をきつく寄せ俯いていた。手にした命令書がくしゃりと歪む。 『アカデミー再開の為、九月十五日付けで中忍うみのイルカを解任。速やかに里に帰還させるように』 カカシが手にする命令書には、今のカカシにとっては非情とも言える文面が書かれていた。 (明日じゃないか・・・っ) 明日付けでこの任を解かれたイルカは、明日の朝には、遠く離れた里へ戻らなければならない。 イルカが里に戻ってしまえば、戦地から戦地を渡り歩いているカカシは、この次、イルカにいつ会えるか全く分からない。 アカデミー再開をみても里の復興は着実に進んでいるようだが、だからと言って、カカシがすぐに里に戻れるという訳ではないだろう。 イルカに会えなくなる。 突如目の前に突き付けられたその事実に、愕然と俯いていたカカシは、ふと自嘲の笑みを浮かべていた。 (いいじゃないの・・・) 木の葉崩しから約一年。イルカは、アカデミーの再開を今か今かと待ち望んでいた。 カカシの腕の中で子供たちの事を話す時のイルカはとても可愛らしく、見ていて飽きる事がなかった。 里に戻ったイルカは、アカデミーの子供たちに囲まれて、大声で叱ったり、あの太陽のような笑みを浮かべて毎日を過ごすのだ。 それに、イルカが里に戻るのなら、もうイルカを伽から守る必要は無い。イルカを恋人役から解放してやれる。 あんな悲しそうな顔をさせる事も、泣かせる事もなくなるのだ。 里に戻った方がイルカは幸せだ。そんな事は嫌と言う程に分かっている。けれど。 「・・・っ」 カカシの胸に抱える恋心が、嫌だと悲鳴を上げる。息が苦しくなる程に。 「はたけ総隊長?」 俯いたままのカカシを部下がそっと伺ってくる。それに気付いたカカシは、ゆっくりと顔を上げた。その顔に力無い笑みを浮かべて見せる。 「アカデミーが再開されるらしい。明日、イルカ先生を戻せだって」 偽りではあるが、イルカはカカシの恋人だと知れ渡っている。カカシがそう告げた途端、部下たちは揃って気遣わしそうな表情を浮かべた。 そんな彼らに苦笑して見せながら、カカシは向かおうとしていた会議用のテントへと歩き始めた。明朝、あの男を護送して里に戻る予定の部下を振り返る。 「オレの忍犬も付ける予定ではいるけど、オマエの部隊と一緒の方が安心だから、イルカ先生も一緒に連れて帰ってくれる?イルカ先生にはオレから伝えておくから」 「承知」 力強く頷いてくれた部下が頼もしい。 「頼んだよ」 そう言いながら、カカシはテントの中へと入った。そこにあった椅子に腰掛け、ベストから巻物を取り出す。 今夜は、イルカが居るだろう自テントへ戻ろう。 話さなければならない事はたくさんある。 あの夜、怖がらせてしまった事を謝り、襲撃の際に頑張ってくれた事を褒め、もう恋人役をしなくてもいい事と、アカデミーが再開される事。そして、明日、里に戻れる事を伝えなければ。 そうして、この胸に抱える恋心も伝えてしまおう。 最後だからと、抱かせて欲しいなんて言うつもりはない。もうイルカを怖がらせるような事は決してしない。 戦地を渡り歩くカカシは、明日をも知れぬ身だ。しばらく会えなくなるのなら、後悔しないよう恋心を伝えておきたかった。 巻物に男の所業をしたためていきながら、小さく溜息を吐く。 神様といわれる存在が本当に居るのだとしたら、何と意地悪な事だろう。 (誕生日だってのに・・・) 誕生日を迎える明日、カカシは恋しいイルカから引き離されてしまう。 その事が、より一層カカシの胸を痛ませていた。 |
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