恋情に舞う夜 5 舞扇の飾り紐を揺らし、カカシがその動きをゆっくりと止める。 それに呼吸を合わせてイルカも演奏を止め、掲げていた笛を下ろした途端。 (ぅわ・・・っ) いつの間に増えていたのか、料亭中の人間が集まったのではと思う程のたくさんの人たちから、割れんばかりの拍手喝采が舞台上に居る二人へと送られた。 イルカの瞳が驚きに見開かれる。里一番の舞手と云われるじい様と何度も共演しているイルカだが、こんな事は初めてだ。 そんな中、舞台中央に佇むカカシが振り返り、イルカへおいでというようにその手を差し伸べてくる。 奏手のイルカが、舞台に上がってもいいものだろうか。 少し不安になりながらも、カカシの誘いを無碍にしたくなかったイルカは、一つ頷き立ち上がった。段を上ってカカシの側へと歩み寄り、その横に並び立つ。 「・・・どうでした?」 鳴り止まない拍手の中。再び前を向いたカカシに、面の下からくぐもった声でそう訊ねられたイルカは、僅かに俯き小さく苦笑していた。 「危うく演奏が出来なくなってしまいそうになる程に素晴らしい舞でした」 イルカのその答えにカカシがふと笑う気配がする。 「オレもですよ。あなたの想いがたくさん伝わってきて、舞に集中するのが大変だった」 触れ合う衣装に紛れ、カカシの指先が隣に立つイルカの指先に触れる。きゅっと握られる。 最高の舞を見せてくれたのだろう。体温を調節する事すら止めて舞に集中していたのか、いつでも冷たいはずのカカシの指先がほんのりと温かい。それに気付いたイルカの口元に、面映い笑みが浮かぶ。 (嬉しい・・・) 僅かに頬を染めるイルカが、色んな意味を込めた感謝の言葉を発しようとした時だった。 「・・・素晴らしい演舞、大儀であった」 拍手の合間に遠くから聞こえてきたその声を耳に拾い上げたイルカは、カカシに握られている手を軽く引く事で促し、その場にすっと片膝を付いた。 その声は、座敷の奥に居る大名のものだ。イルカに促されたカカシもそれに習ってくれ、まだ続いていた拍手が鳴り止む。 「イルカの笛の音も素晴らしかったが、今宵の舞手は一段と優美であった。じい以上の舞手は、この木の葉の里にはおらぬと思っていたが・・・」 座敷の奥からそう声を掛ける大名が、カカシへと視線を向ける。 「そなた、名は何と申す」 「・・・・・・」 大名のその問い掛けに、だが、カカシはピクリとも動かず、応える事をしなかった。 じい様の代わりとはいえ、あれだけ素晴らしい舞を見せたのだ。名乗ってもお咎めを受ける事は無いと思うのだが、舞手がカカシであると分かると何か問題があるのだろうか。 (カカシさん・・・?) 小さく首を傾げたイルカがカカシへと視線を向ける。すると。 「・・・ちょっとだけ目を瞑っててくれる?」 前を向いたままのカカシから、イルカにだけ届くような小さな声でそう告げられた。訝しがりながらも、カカシから視線を逸らし、言われた通り瞳をそっと閉じる。 カカシが手を上げたのだろう。狩衣が擦れる音がし、面を外す気配がする。それに気付いたイルカは、内心焦った。 掛けている面の下は、カカシが普段隠している素顔だ。外したりして大丈夫なのだろうか。 不安になりながらも、カカシに言われた通り瞳を閉じているイルカの耳に、再び大名の声が聞こえてくる。 「・・・今宵は、いつも以上に素晴らしい舞であった。久しく健康にな。じい」 (え・・・っ?) それを聞いたイルカは、閉じているようにと言われていたのにも関わらず、その瞳を開いてしまっていた。周囲を見回し、じい様がどこにも居ない事を確認したイルカの視線が、少しずらされた面から深蒼の瞳を覗かせるカカシへと向けられる。 それに気付いたカカシの瞳が、ふと柔らかく綻ぶ。 「今夜の演舞はじい様が舞ったと、ココに居る皆にそう暗示を掛けておきました。オレはじい様の舞をマネただけですし、その方が何かと都合が良いだろうから」 小さな声でそう言いながら、手にしていた面を再び掛けるカカシを見つめるイルカは、内心感嘆の溜息を零していた。 (凄い・・・) 注目されていたとはいえ、大名だけではなく、ここに居る人間全てに暗示を掛ける技量はイルカには無い。木の葉の里を探しても、幻術の得意な紅と、その左目に写輪眼を宿すカカシくらいのものだろう。 「・・・さて。役目も終わりましたし、戻ろっか」 そう言いながら立ち上がったカカシが、大名へと軽く会釈して見せる。 「あ、はいっ」 慌てて立ち上がったイルカもそれに習い、大名へと会釈して見せると、白い狩衣の袖を靡かせながら先に立って戻るカカシの後を追った。 衣装部屋へと戻り着替えを済ませた所で、その栗色のつぶらな瞳に涙を滲ませたじい様が、子供たちに支えられながら二人の元へとやってきた。 カカシが、じい様が舞ったと暗示してくれたお陰だろう。大名から、今後もより一層の温情をと約束されたのだという。 「何とお礼を言ってよいやら・・・」 子供たちと代わったイルカに身体を支えられながら、そう言ったじい様がカカシへと頭を下げる。それを見たカカシは、照れ臭そうに銀髪をかきながら唯一見せている片眉を下げ、苦笑を浮かべて見せた。 「オレはじい様の舞をマネただけですよ。大役でしたが、無事にこなせてホッとしました」 そう謙遜したカカシの手甲に覆われた手を、じい様の年齢を感じさせる皺々な手が取る。そうして頭一つ分背の高いカカシを見上げるじい様が、その顔に優しい笑みを浮かべ、いいやと首を振ってみせた。 「あの拍手喝采は、はたけ上忍とイルカ。お二人に送られたものじゃよ。わしの舞では、あれだけの拍手は送られん」 そう言ったじい様が、続いてイルカの手も握った。カカシとイルカ、二人の手をじい様の暖かい手が握り込む。 「この子には随分と心配を掛けさせられたが・・・」 そう言ったじい様に、慈しむような笑みを向けられ苦笑してしまう。いい大人であるイルカを『この子』扱いするのは、じい様くらいのものだが、子供扱いされても仕方の無い姿ばかり見せている気がするから反論出来ない。 「わしを煩わせる事はもう無いじゃろうて。・・・これからも、互いを想うその気持ちを大切にな」 優しい声でそう言われ、カカシとイルカは二人揃ってその顔に柔らかな笑みを浮かべて見せた。 「・・・はい」 そんな二人に嬉しそうに頷いていたじい様は、何度も何度も「ありがとう」と感謝の言葉を述べ、子供たちに支えられながら帰っていった。 じい様の随分と小さく感じる背を見送りながら。 「・・・今日は色々とありがとうございました」 傍らに立つカカシへと、舞台では伝えられなかった感謝の言葉を告げ、軽く頭を下げたイルカに、カカシはその深蒼の瞳を柔らかく細めて見せた。 「ううん。・・・人に感謝されるのは照れ臭いけど、嬉しいね」 カカシのひんやりとした指先に頬を擽られながら告げられたその言葉は、カカシに感謝する立場であるイルカまで嬉しくさせてくれた。 |
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